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【短編小説】水の中の時計 (第2章)

川遊びをしていた僕は、ある少年に出会った。
そこで見つけた石を拾うと、少年は
「その石には秘密があるんだ」と告げる…

「おにいちゃーん!!おにいちゃんってばーー!!」

そのとき、夏乃かのの声がして、浅い川をよろけながら登ってくる姿が見えた。

「ママが、おべんとうにするってーー!!」

僕は、お腹がペコペコなのに気がついた。
「じゃあその石、そこの岩の影に隠しておきな。弁当食ったら、またここで待ち合わせしようぜ。」
少年が言った。

「あ、魚!えっと、オイカワは?」
僕は、透明なケースに入ったきれいな魚に、顔を近づけながら聞いた。

「ああ、やるよ!」
「ほんとに?いいの?ありがとう!!」

顔をあげ、僕は振り返った。すると、少年はもうそこにはいなかった。

「あれ…?」
「おにいちゃーん!それ、さかな?!すごーい!みせて!!」
「あ、ああ…うん」
僕はキョロキョロしながら少年を探したが、たくさんの人の中にまぎれてしまったようだった。

僕は、夏乃が魚に夢中になっている隙に、石を岩影に隠した。


冬里とうり、おまえ、こんな大きな魚とったのか?すごいなあ!パパはオタマジャクシしかとれなかったよ」
パパが、お弁当のおにぎりをほおばりながら言った。
冬里、というのは僕の名前だ。冬生まれだから。ちなみに夏乃は、夏生まれだ。
パパに大袈裟にほめられて、僕は自分がとったんじゃないと、つい言い出せなくなってしまった。
「くやしいなあ。よーし、パパは、もっと大きいのとるからな!」
「それもいいけど、ちゃんと夏乃のことも、みててよね。小さい子は浅くたって危ないんだから。」
ママが言った。

ママは心配性で、パパとは真逆の性格だった。運動神経も悪く、河原に降りる足場の悪い階段も、一歩一歩慎重に降りるので、パパが「おばあさんみたい」と笑っていたくらいだ。
普段は運動はしないのだが、今日は河原の日差しやせせらぎの気持ちよさに誘われたのか、夏乃とオタマジャクシをつかまえたり、浅瀬を歩き回ったりしていた。

「久しぶりに運動して、気持ちいい!」
ママが言った。
「運動?どこが?」
パパが笑った。
パパや僕からしてみたら、河原を歩き回ったり、腕をぐるぐる回したりしているだけで「それ、運動?」って思うようなことだったが、ママにしてみたら違うらしい。
でも今日はパパの機嫌が良いから、ママの機嫌も良い。それだけで僕は嬉しかった。

「じゃあ、そろそろ行こうかな。冬里、その魚とったところに案内してよ。」
パパが言った。
「えっ…えっと…」

僕は何でかわからないけれど、あの少年のことは言いたくなかったので、どうしようか迷った。けれど、パパはすっかりやる気で、アミを持って歩き出していたので、慌ててついていった。
「カノもいく!」
夏乃も慌てて立ち上がった。
「パパ、冬里、夏乃をちゃんとみててよ!」
ママがお弁当を片付けながら言った。


「この辺か?」
さっきの少年と話していた場所に着くと、パパは魚を探し始めた。こっちが引くくらい全力だ。一応僕も探してみる。
「なんだ、いないなあ」
パパが言うと、
「いないねえ」
夏乃も言った。

午後になり、ますます河原は混んできていた。そこらじゅう、人でいっぱいなのもあるのか、魚の姿は全く見えなかった。
僕は、少年と待ち合わせていたのが気になってしょうがなかった。すぐ近くに、石を隠した大きな岩があったので、そちらのほうをチラチラ気にしていた。

「なんだ?あっちの方に、なにかいるのか?」
パパが聞いてきたので、慌てて「ううん」と答えた。

何回目かに岩のほうを見たときだった。岩の影から、魚とりのアミがのぞいていて、その影から少年が手招きしているのが見えた。
僕はパパと夏乃の方を見たが、川の中に夢中になっているようだった。その隙をねらって、僕は少年の方に行ってみた。

「これ、押してみな!」
少年は、さっきの石を渡しながら言った。

「えっ?」

「だからさ、この出っ張ってるとこ。押してみな」

「え?石の?押すって?」

「だからさ…」

「冬里ー!あれ、どこだ?」
そのときパパが呼んだので、僕は急いで石を後ろに隠した。

「ここだよ!」

「おにいちゃん、なにもってんの?」
夏乃が言った。
「なんでもないよ、ただの石だよ」
僕は慌ててごまかした。

パパが興奮気味に言った。
「それより今、なんか見えたような気がしたんだけど、魚かもしれないから、冬里もよく見てみろよ」
「うん」

そのとき、本当に魚の黒い影が足元を横切った。
「おっ!いたぞ!!」
パパが叫んだ。

「冬里、そっちから追い込め!俺はこっちから…」
パパがアミを構えた。そっと近づく。

僕もアミを構えたが、岩影の少年と目があった。石を押してみて!というようなジェスチャーをしている。
何でこんなときに…と思ったので、僕は気づかないふりをした。

そのとき、川底の石につまづいたのか、夏乃が後ろにひっくり返りそうになった。

「きゃっ!」

「わあ!」

夏乃が僕にぶつかったので一緒によろけ、その拍子に僕は、持っていた石の突起を押してしまった。


……ここから先に起こったことは全て本当のことなんだけど、信じられなくたって、当然だ。
そのくらい、不思議なことだったんだ。


世界から、音が消えた。


最初はそう思った。

「あれ?パパ?水の音が…パパ??」
パパを見ると、アミを構えたまま、動かない。夏乃も、転びそうな不自然な姿勢のまま、動かなかった。

「え…パパ?!夏乃??」
ふざけているのか思ったが、何か違う。

辺りをみると、他の人達も止まっていた。

人だけではない。
川の流れも、魚も、飛んでいる蝶々も、空の雲さえも。

全て、止まっていた。

「おっ、やっと押したな!」
少年が、岩の影から出てきた。唯一動いているのは、僕と少年だけだった。

「あ、あ、あ、えっ、あ…」
僕はあまりのことに、言葉が出なかった。

「ごめんごめん、怖がらなくて大丈夫だよ。時間が止まってるだけだから。」

「時間…?!止まって…?!えっ?!」

「うん。みんな大丈夫。石の時計が動けば、また元通りになるから。」

「石の時計…??…でも、どうやって…」
僕は、あらためて周りを見てみた。

水の流れも、風も、すべて止まっている。録画していた番組を、一時停止したかのようだった。

「ほら、足元の魚、簡単にとれるぜ」

少年が言うので見てみると、魚も止まっていた。
恐る恐るアミですくってみると、午前中もらったのより少し小さいサイズのオイカワが、簡単にとれた。
しかし、すくいあげた途端、急に動き出したので、僕はビクッとしてしまった。少年が笑いながら水の入ったスチール製のバケツを差し出したので、僕はそこにオイカワを入れた。

「触った生き物は動きだすんだ。だから、人にはぶつからないように気をつけろよ」

「あ…うん…」

僕は夢をみているような感覚で、ふわふわしてきた。

「じゃ、行こうか。」

「えっ?行こうって…どこに?」

少年は、ニカっと笑った。
「俺の秘密基地。特別に案内してやるよ。川の上流の方にあるんだ」
少年が言った。
「上流って…でも勝手に行ったら、怒られるよ」
すると、少年が大きな口をあけて笑った。
「時間、止まってんだぜ。みんな、気づかないよ。」
「あ、そっか…でも…」

僕はちょっと怖くなってしり込みしていたが、少年はもう、先に立って歩き始めていた。僕は迷ったが、全てが止まったこの空間に置いて行かれるのが嫌で、慌てて歩き出した。


(第三章へ続く)


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