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【短編小説】風をあつめる

【あらすじ】

「僕、風をあつめてるの。」
クラスの小林君は、小さな瓶に「風」を集めているという。
「僕」になら見せてくれる、と言うので付いて行くと…

かつて小学生だった二人の、短い物語です。




「僕、風をあつめてるの。」

 
仲の良かった小林君が僕に教えてくれたのは、小学四年生のときだった。

「えっ、カゼ?くしゃみとか出るやつ?」 

「違うよ、だからひく風邪じゃなくて、吹く風。」

「風?でもさ、そんなもん、あつめられないでしょ。」

「できるよ。あつめたの僕んちにいっぱいあるもん。」

「うそだあ。」

「うそじゃないよ。じゃあ、見に来る?」

「うん。いくいく!」

 

次の日の放課後、僕は小林君の家にいた。小林君の家は古い木造の一軒家で、両親は共働きらしく、家の中はひっそりと静まり返っていた。

「ほら、これだよ!」

小林君が見せてくれたのは、段ボール箱にきっちりと詰め込まれた小瓶だった。
ラベルには「1983年8月20日 映画館」などと、小林君の几帳面な字で書かれていた。

「これさ、開けたらそこの匂いがする、とかじゃないんだ。」
小林君は少し声を落として「その場所に行けるんだよ。」と、付け加えた。

「え?でも全部何年か前の日付じゃん。」

「だって、記憶の風だから。」

「じゃあ、どれか一個開けてもいい?これとかさ…。」

「だめっ!!」

小林君はものすごい速さで、僕が手に取ろうとした「一番大事な風」と書かれた小瓶を奪い取った。

「なんだよっ。やっぱり嘘ばっかじゃん!」
僕が言うと、小林君は黙ってしまった。

「ただその場所で、空気を入れてるだけなんでしょ?すごいもの持ってるように言ってたから、わざわざ見に来たのにさ!」

「…もういいよ。」

僕が言うと、小林君はうつむきながら、ぼそっと言った。

「君なら、分かってくれるような気がしたからさ…。変なこと言って、ごめんね。」

突然謝られて、僕はどうしたらいいかわからなくなってしまった。

「…僕、帰る。」

僕は黙ったままの小林君を一人残して、玄関のドアを開け、外に出た。

小林君のがっかりしたような声が、耳の中でうわんうわん響いて、僕は耳をふさぎながら走りだした。

 

次の日から、小林君は学校に来なくなった。
小林君が風邪をこじらせ、入院していると聞いたのは、一週間くらい経ったころだった。
小林君は身体が弱く、これまでも何度か入院していた。クラスで寄せ書きをしたが、僕は「早く元気になって下さい」としか、書くことができなかった。
結局小林君はそのまま、もっと空気の良い土地に引っ越してしまった。
そして僕はあの日から、一度も小林君に会うことはなかった。

 

そして、今日。

僕の家に小包が届いた。中には小さな瓶と、手紙が入っていた。

『お久しぶりです。突然の手紙、失礼致します。お互いもう、30歳ですね。
僕は今は元気で、長野の高原で小さなレストランを経営しています。

僕のことやこの瓶のこと、もうお忘れでしたら、この小包はそのまま処分して下さい。

それから、あの時は本当にごめんなさい。』

 

 古くなって黄ばんだ小瓶のラベルには、

 『1983年4月21日 一番大事な風』

と、懐かしい、几帳面な字が並んでいた。

僕は小瓶のコルクの栓を、そっと開けた。

その途端、小さな瓶の中から、台風のような風が流れ出てきて、僕の部屋に置いてある紙やら、空き缶やらが吹き飛んだ。視界はぼやけ、僕は目をこすった。

目を開けると、八歳の小林君が教室の席に座っていた。そして僕も同じ八歳だった。

「小林君、よろしくね。一緒に遊ぼう。」

僕の口は、ひとりでに動いていた。

「あ…あ、うん。」

その日から、僕たちは仲良くなったんだ。小林君の友達は、僕以外にはいなかった。

そのときまた視界がぼやけ、僕は三十歳の自分に戻っていた。


僕はしばらく、動けなかった。小学生の、遠い記憶が、どんどん蘇ってきていた。

「…小林君、ありがとう。」

次の休みには、長野の高原レストランに行ってみよう、そう考えながら、僕は空っぽの小瓶を見つめていた。

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