【連載小説】ぼくは、なつやすみの『すきま』に入った。 (第1章) ※「水の中の時計」から、改題しました。
あらすじ
【川底に沈む石の力で、自分以外の人々の時が止まった。
夏休みに家族で川遊び、というありふれた一日。しかし五年生の冬里にとって、それは木陰のまだら模様の日差しとともに、キラキラとした忘れられない一日になった…】
「キラキラしてる川、久しぶりにみたなあ」
パパが、魚とりの網を振り回しながら、子供みたいな口ぶりで言った。
小学校五年生の夏休み、僕は家族で川遊びに来ていた。
家から車で二時間半。自然に飢えている都会の家族連れに、人気の観光スポットだ。水深は深いところでも膝から下くらいしかなく、歩き始めの子も楽しめるような、整備された川原だった。
すぐ横にはバーベキュー場もあり、多くの人でにぎわっていた。
パパは、とにかく自分が遊びたい、というタイプなので、僕を連れてよく公園へ行っていた。
キャッチボールやサッカー、アスレチックなど張り切ってやるのだが、普段の運動不足がたたり、数日間は「体が痛い…」とこぼしていた。
パパが小さい頃は両親が忙しく、遊びに連れていってもらった思い出があまりないらしかった。その頃の埋め合わせのつもりなのだろうか、僕や妹と遊ぶ時は全力だった。
でも元来子供好き、というわけではないらしく、僕や妹が「遊んで!」と言うと、自分がやりたいような遊びじゃないときは、あからさまに嫌そうな顔をするので、すぐに分かった。
だから僕は、パパがやりたそうな遊び以外は、やりたくても誘わないようになった。
パパは最近仕事が忙しく、不機嫌な日が多かった。帰ってきたときの表情でわかる。そんなときは、なるべく話しかけないようにしていた。
ママへの口調がきつくなることが多く、ママも、僕や妹がそばにいるときは何も言わないが、我慢の限界が来ているような気がしていたので、久々にパパの機嫌が良いのは嬉しかった。
「おにいちゃん、とってー!」
妹の夏乃が、川を指差しながら言った。
「どこ?」
「ほら!ここにいる!!アミアミ!!」
キラキラと揺れる水面をのぞき込むと、小さなおたまじゃくしが、石の隙間に見えた。
そっと、網を近づける。
バシャッ!!
「とれたっ?!」
夏乃がのぞき込む。簡単にとれそうな気がしていたのに、黒い小さな影は、一瞬で岩影に隠れてしまった。
「…ううん、逃げたみたい」
「なーんだ!もっと、そっとすればよかったのに」
僕は、ワガママな夏乃に、むっとした。
「そんなこというなら、夏乃、やってみろよ」
「かの、まだねんちゅうさんで、ちいさいから、とれないもん」
上手くとれなかった自分と、夏乃の言い訳にイラッときて、
「じゃあ、文句ばっかり言うなよな。パパに頼めばいいだろ」
と言うと、僕は上流に向かって川の中を歩きだした。
「おにいちゃーん、どこいくのー?」
僕は聞こえないふりをして、バシャバシャと川をのぼっていった。
足首位の深さでも、流れのある川は思ったより歩きにくいんだな、と思ったが、焼けつくような日差しの下、足に感じる水の重さと冷たさが、心地よかった。
しばらくして振りかえると、夏乃とパパが、一緒に川をのぞきこんでいるのが見えた。
川は少し行くと滝のようになっていて、その手前にはロープが張ってあり、立ち入り禁止になっていた。
「あそこまで行けたらいいのに」
二メートルくらいの高さしかない滝なので、がんばればよじ登れるように見えた。けれど、まわりにはたくさんの人がいるし、そんなことをやったらすぐに怒られてしまいそうだった。
あきらめて引き返そうとしたそのときだった。
「あれ?あんなところに…」
滝の上に人影が見えた。
よく見てみると、網をもって紺色の海パンをはいた、少年のようだった。
「すげーな。おこられるぞ」
今にも周りの大人に声をかけられるかと思いきや、だれも気づいていないようだった。
少年は、滝の上で網をバシャッ!と大きく振った。水しぶきと同時に、銀色の魚が宙を舞った。
少年はそれを網で器用に受けとると、驚いている僕を見て、ニカッと笑った。
まわりを見てみたが、僕のほかに、少年に注目している人はいなかった。
ザッバーン!!!
少年は、網をもったまま、滝壺に飛び降りた。そして片手で器用に泳いで、立ち入り禁止のロープをくぐると、僕の方へやって来て、言った。
「ほら、きれいだろ!」
網の中をのぞき込むと、銀色でヒレが水色に光る魚が入っていた。
「すごい!!」
僕が言うと、少年は嬉しそうに鼻をふくらませた。
「それ、貸してよ。」
少年は、僕が持っていた、生き物採集用のプラスチックのケースを指差した。
僕がフタを取ると、少年はケースを川の水にザブンとくぐらせ、水を入れた。
魚を入れると、サイズが合わなくて斜めにしか入らず、だいぶ窮屈そうだった。
「これ、なんていう魚?」
僕は普段人見知りで、初めて会う人とは、ほとんど目も合わせられないのだが、川に遊びに来ている解放感もあってか、素直に言葉が出てきた。
「これは、オイカワっていうんだ。きみ、とったことないの?」
少年が言った。
「うん、僕、あんまり川には来れないし…」
僕の住んでいる場所は、近くに小さな公園しかないような住宅地だったので、自然で遊ぶとなると、遠くまで出掛けなければならなかった。
僕も妹も、小さな虫も怖がるくらい、自然に触れる機会は少なかった。
「オイカワって、きれいだねぇ。」
僕が言うと、少年は嬉しそうに「だよな!」と笑った。
「他にも、カニとか、カエルとか、色々いるぜ!」
「えっ?おたまじゃくしくらいしか、見かけなかったけど…」
「そりゃあ、あんなに混んでるところで探したって、なかなか見つかんないよ。もっと、上流の方に行かなきゃ。」
少年は、さっき飛び降りてきた滝の方を指さした。
「でも、こっから先は立ち入り禁止だって…」
僕は、張ってあるロープを見ながら言った。
「ああ、そっか。そうだよな。なら、あれを探せばいいや。」
「あれ?あれって?」
少年はニカっと笑ってから、足元の水をのぞきこんで、何かを探し始めた。
「ねえ、なに探してんの?」
僕が聞くと、少年は水から目を離さないまま言った。
「えっと…なんて言ったらいいのかな。緑色っぽい感じで…小さな出っ張りがついてるようなやつだよ」
「え?緑の?でっぱり?意味がわかんないんだけど…」
「ああ、そっか。ごめんごめん。石だよ、石」
「え?石なんか探してなにすんの?」
少年は顔を上げて、僕の目をじっと見た。
どこか印象的な細い目に、心の中まで入り込まれているような感じがした。
「うん、やっぱりそうだ。君なら見つけられるはずだよ!」
「僕なら、って…?」
「とにかく、探してみてよ!」
少年が言うので、良くわからないままだったが、僕は川の中をのぞき込んだ。
「…これ?」
僕は、目についた緑色の石を拾ってみた。
「全然違うよ。もっと、濃い色だよ。」
浅いところでは石がよく見えるので、言われた通り探してみたが、変わった石は見当たらなかった。
「ないんだけど…」
「君、あきらめるの早すぎ!もっと深いところは?」
僕は少しムッとしたが、素直に深いところも探してみた。
(こんなに石だらけなのに見つかるわけないよ。だいたい、いきなり魚じゃなくて石を探すなんて、意味わかんないし。)
僕は首も腰も疲れてきたので、探すのをやめようと思った。
するとその時、他の石とそんなに変わらないのに、なぜだか目が離せない石があるのに気がついた。
じっと見ていると、まわりが見えなくなるような、吸い込まれそうな感じがする。僕は水の中の石に手をのばした。
「待って!気を付けて!!」
少年が叫んだので、僕はビクッとして手を引っ込めた。
「ごめんごめん。動いちゃうといけないから、そーっと、拾って!」
動いちゃう、って…?
僕は訳が分からなかったが、言われた通りに石にそっと手をのばし、拾い上げた。
少年は石をのぞき込むと、嬉しそうに言った。
「ああ、それだよ、それ!やっぱり、君なら見つけられるって思ったんだ!」
「これのどこが…あれっ?!色が?!」
僕がつかむ前は確かに、そこら辺のものと同じような、緑色の石だった。
ちょうど僕の手のひらに納まる位の大きさのその石は、いつの間にかきれいなエメラルドグリーンになっていた。楕円形で、とがった方の少しずれたところに、小さなボタンのような突起がついていた。
「水から上げたからかなあ?…でもこれ面白い形だね。色もきれいだし。だけど、なんで川にこんな石があるの知ってるの?」
僕が聞くと、少年は僕の耳の近くに顔を寄せて、小さな声で言った。
「石、ただきれいなだけじゃないんだぜ。すっげえ、秘密があるんだ」
「…秘密?」
「そう」
「秘密ってなに?」
「まあ、そうあせるなって」
少年は得意気に、ニカッと笑った。
(第二章に続く)
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