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#68「哀しさ、優しさ、あたたかさ。人間の感情のすべてがここにある」『この夏の星を見る』(著:辻村深月)を読んだ感想【読書日記】

辻村深月さんの『この夏の星を見る』
2023年6月30日に発売された辻村さんの最新長編作品です。

「哀しさ、優しさ、あたたかさ。人間の感情のすべてがここにある」

あらすじに書いてある言葉の通りでした。
今年読んだ本の中で一番印象的な作品になりました。



読んだきっかけ

きっかけはただ1つ。

「好きな作家さんの最新長編作品だから」

辻村さんの長編作品は印象に残る作品が多く、書店にあったポスターを見ながらワクワクして発売を待っていました。運良く発売日に購入して、すぐに読みました。

このような方にオススメの本です

  • コロナ禍でままならない思いをした全ての方

  • 好きなことがあるけど、それを何かと比較したり、活かせるかどうかを考えてしまう

  • あらすじにある天文活動に興味がわいた

  • 『家族シアター』を読んだことがある

あらすじ

この物語は、あなたの宝物になる。

亜紗は茨城県立砂浦第三高校の二年生。顧問の綿引先生のもと、天文部で活動している。コロナ禍で部活動が次々と制限され、楽しみにしていた合宿も中止になる中、望遠鏡で星を捉えるスピードを競う「スターキャッチコンテスト」も今年は開催できないだろうと悩んでいた。真宙(まひろ)は渋谷区立ひばり森中学の一年生。27人しかいない新入生のうち、唯一の男子であることにショックを受け、「長引け、コロナ」と日々念じている。円華(まどか)は長崎県五島列島の旅館の娘。高校三年生で、吹奏楽部。旅館に他県からのお客が泊っていることで親友から距離を置かれ、やりきれない思いを抱えている時に、クラスメイトに天文台に誘われる――。
コロナ禍による休校や緊急事態宣言、これまで誰も経験したことのない事態の中で大人たち以上に複雑な思いを抱える中高生たち。しかしコロナ禍ならではの出会いもあった。リモート会議を駆使して、全国で繋がっていく天文部の生徒たち。スターキャッチコンテストの次に彼らが狙うのは――。

哀しさ、優しさ、あたたかさ。人間の感情のすべてがここにある。

辻村深月『この夏の星を見る』特設 | カドブン より

感想

  • 辻村さんの良さが凝縮された1冊

  • 生徒たちが青春を掴みに行く様子に、途中から感情が揺らぎっぱなし

  • 「好き」を肯定する描写に力をもらった

  • この夏は、いつも以上に夜空を眺めよう

  • 2023年に読んだ本の中でのベスト本になりそう


辻村深月さんの作品の良さで思いつくものが、

  • 物事の状況や人物の心理描写がすごく繊細に描かれていること

  • 瑞々しい青春模様が描かれていること

  • 各作品での登場人物の繋がりの仕掛け

  • 時に響いたり、時に刺さるメッセージ性の強さ

  • 魅力的な登場人物たち

  • 何よりも温かみがある

『この夏の星を見る』は、これらが凝縮された1冊でした。

コロナ禍で様々なことが制限された状況。誰が悪いわけでもなく、どこに感情をぶつけたらいいのか分からない。本作の登場人物も、それまでは何事もなかった生活様式や人間関係に変化が生じて、思いもよらなかった「生きづらさ」を抱えてしまいます。

「もし、コロナがなかったら」

でも、そんな状況下だからこそできることは何か。自分たちで考え、想いが次第に繋がっていく。生徒たちが青春を掴みに行く様子に、途中から感情が揺らぎっぱなしでした。

「学生生活は今しかない」

そんな切実な思いが伝わってきて、読んでいくうちに登場人物たちのように感情をぶつけている自分がいました。

コロナ禍での、あのやりきれないもどかしさ、モヤモヤとした感じ。その時の状況や心理描写がすごく繊細に描かれていたと思います。表立って見える良くない面から、実は密かに感じている良かった面。そういったのがありのままに描かれていました。

生徒たちだけでなく、綿引先生をはじめとした、大人たちも魅力的な方々でした。生徒たちを信頼する、新しいことを積極的に学ぶ、生徒の立場になって寄り添うなど……。大人たちの姿勢に学ぶことが多かったです。


そして、中高生の方だけでなく多くの方に響くメッセージ性の強さがあります。
場面ごとに響く言葉がありますが、特に印象的なのが、

「何かに活かせるかどうかに関係なく、好きなことへの情熱は捨てることない」

という言葉です。

辻村さんの作品では「好き」を肯定する描写がこれまでの作品でもありましたが、今回改めてそのような言葉に力をもらいました。即物的なものを求められがちな今の世の中だからこそ、強く響くものがあるのではないでしょうか。真っ直ぐに熱心に取り組んでいる姿は、何をやっているかに関係なくすごいことだと思います。

青春小説だけど、コロナ禍という未曾有の状況を経験した多くの方に響くと思います。


五島列島が舞台の1つなのもあって、『島はぼくらと』にどこか雰囲気が似ているように感じていました。

そんな中で読み進めていくと、『家族シアター』に出ていた人物が!その後の様子や繋がりにも興奮と感動が止まりませんでした。印象的な短編でその後が気になっていたので、分かった瞬間の感情の高ぶりはすごかったです(笑)


天文に関する知識にも詳しくなった気がします。これまでと夜空の見え方が変わりそうです。スターキャッチコンテストって響き自体がかっこいいですね。

物理的には離れていても、夜空を通じて心理的には繋がっているような感じがする。直接的な繋がりはほとんどないけど、みんなは密接に繋がっていた、繋がれるんだ。

この夏は、いつも以上に夜空を眺めよう。


印象的なフレーズ

「悲しみとかくやしさに、大きいとか小さいとか、特別とかないよ」

『この夏の星を見る』

「円華さんや、お母さんがいいと言っても、私はよくないと思う。『しばらくはそれもいい』なんてことはない、高校三年生の一年は今年しかないから、部活に戻ってきてほしい、あきらめないでほしいって言いよった」

『この夏の星を見る』

「大人はこの一年を、コロナがどうなるかわからない中で、『様子見』の年にしてしまいたいのかな、と、私はそれも悔しいです。今年の私たちだって、何か、『これをやった』と胸を張れるものは必ず作れる。大人たちに見せつけてやりましょう」

『この夏の星を見る』

「流されないんだよな」
「みんながこれをやるから、とかじゃなくて、自分がこれをやりたいっていうのを持ってる生徒が、うちの理科部には多い気がする」

『この夏の星を見る』

「”ただちょっと、軽く興味がある”んだったら、”ちょっと、軽く”連絡してみたら?そしたら、向こうも”ちょっと、軽く”返事くれると思うよ」

『この夏の星を見る』

「違う場所にいても、空はひとつだから星は見られる」

『この夏の星を見る』

そんな壮大な時の流れを、星空をを通じて体感したばかりなのに、今、円華たちの生活はこんなにもままならない。宇宙から見たら本当に小さな、些末なことだ。けれど、その小さな世界で自分たちはあれこれあがくしかない。

『この夏の星を見る』

ひとりというなら、最初からこの部屋で自分はひとりだった。「ひとり」って、いったい何を基準に「ひとり」なんだろう?コロナになってから、こんなふうにこれまでは考えてもみなかったことに思いを馳せることが多くなっている。

『この夏の星を見る』

「――だけど、要するに、うみかさんが言ってくれたのは、進学とか就職とか、何かに活かせないとしても、好きなことへの情熱は捨てることないって、そういうことを言ってくれたんだよ。問題なのは、即物的な何かに対して役に立つかどうかじゃないんだよなぁ」

『この夏の星を見る』

ただ、同じ時間帯に空を見る。そのための約束をした、というただそれだけのことが、どうしてこんなに特別に思えるのか。

「これくらいの特別は――お願い、私たちにください」

『この夏の星を見る』

「辻村深月先生、素敵な作品をありがとう」

本を読んで号泣することはめったにないのに、途中で読むのを中断するくらいでした。その時に、最近はどこか冷静になって本を読んでいたんだなと思いました。言葉にはできない「好き」という感情を持っていることを確認したような、そんな感じさえします。余韻が残っていて、しばらくは小説が読めないかもしれない。

2023年の下半期に最初に読んだ本が下半期のベスト本、いや、2023年全体でのベスト本になりそうです。僕がこれまで読んだ辻村さんの作品の中でも、ベスト3に入るくらい好きな作品になりました。

一読者の立場で言うのも何ですが、この夏、多くの方に届いて欲しいです。

すごくまとまりきらない感想になってしまいましたが、最後にこれだけは言いたいです。

「辻村深月先生、素敵な作品をありがとう」

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