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いじめ・虐待・孤立状態での考え方

割引あり

1.戦争は無くせない

ちょっと隣近所と揉めたりしただけでも?心底ムカついたり、爆発しそうな怒りが抑えられなくなったり、そいつがとても憎らしくなる。そんなとき、あぁやっぱり戦争は無くせないな~と思ってしまう。

自分が悪かった場合はもちろん反省すべきですが、向こうが100%悪いのに何の悪びれた様子もなく、まるでこっちが悪者みたいに言われたりしたなら尚更、その相手を憎しむ気持ちは到底抑えられません。

俺には俺の言い分。
隣のヤツには隣のヤツの言い分。

人間が存在する所には常に衝突が発生し、近隣トラブルは絶対に避けられません。なぜなら人は誰しもがどうしても、大小あれど「気に食わない」「気に入らない」が発生してしまう生き物だからです。それは約20万年前、ホモサピエンスに進化する以前からも、きっと人は何も変わらない。

しかしここでは進化論のことはちょっと忘れて、少し非科学的な想像もしてみませんか?もしも本当に宇宙の支配者(大いなる存在・創造主・神様など)というものが存在するのであれば、その支配者はひとまず人間同士を上手くいかないように造ってみた。

そしたら世の中がどんどん悪くなってしまったので、ジーザスキリスト・預言者ムハンマド・ゴータマシッダールタという実在する3人の人物を利用して、それが克服できるものかどうかを試してみた。

生まれつき他者よりも超越した能力を持つその3人が、同じ神からの試練を受け入れ、キリスト教・イスラム教・仏教に分かれ、それぞれの地域でその宿命=「すべての人と人が上手くいくことはない」を解決すべく、世の人々にあるべき考え方を伝えた。

そして、それから2000年以上経った現在でも、残念ながらすべての人と人とが上手くは?いっていない。それでもいつの日か、何らかの方法で、それとも何者かによって?それが避けられる完全な教えが完成すれば、人間社会はどのような世界になると思いますか?皆がとても幸福でしょうか?誰もが皆平等でしょうか?

もしも本当にそのような時代が訪れるとすると、まず弁護士という仕事はこの世から必要とされなくなります。それはそれで現弁護士の方々も少し困るかもしれませんが、弁護士を必要としない世の中こそが、人間が完全に成熟したという証になります。
※注:イスラム教は成立からまだ1400年しか経っていません。

でも動物と同様「怒り」の要素が人間に備わっている以上は、どんなに成熟した宗教の教えでもっても、人間から「気に食わない」「気に入らない」という感情の発生を取り去ることはできません。

ましてや今ではその宗教ですら「憎しみ合い」の原因にもなってる始末ですから。どんな時代でもどんな時期でも、世に存在するすべての人と人とが上手くいくことはない。

上手くいかないようにできている?どんなに努力しても、どんなに前向きに考えても、どんなに長所だけを見ようとしていても、自分から好きになろうと骨身を削るようなプラス思考をしても、どうしてもその人とは反りが合わない。どうしても上手くいかない相手がいる。それは誰にでも。

人と人とが争わなくなることは本当に可能なのでしょうか?人と人とが衝突することなく、心から互いを許し合えることは本当にできるのでしょうか?

じつは解決などというものはこの先にもなく、人間はそれをテーマに永遠に学び続け、努力し、精進することが、宇宙から与えられた宿命なのかもしれません。

すべての人と人とが初めっから上手くいってしまうと、そこには「学び」が無くなってしまうから?それを何とかしよう、克服しよう、と努力しなくなるから?だからきっと人間である以上は、戦争もなくならないし、人間はそうやっていつまでもモメるようにできているのかもしれません。

しかしやはり「まあ人間そんなもんだ」と諦めてはいけません。なぜなら争うと人が死ぬからです。誰かの大切な人が無意味に亡くなってしまうから。なのでこれからも皆で知恵を出しあって、完全な教えが完成することを目指すことが、われわれ人間にとっての使命ではあると思います。

これだと何だか?大いなる神の手にまんまと乗せられちゃってるような気にもなりますが、しかし決して悪い方向ではないので、そう考えるようにしたいと思う。でもよくよく考えてもみると、つい150年前までは日本でも、まだ国内で殺し合ってた時代ですから、そのころに比べたらまだ十分マシになったのかな?とも感じます。

2.戦争とイジメの根源は同じ

戦争とイジメの問題はよく似ている。こっちが白と思っていても、向こうが黒と思っていれば、意見が合わなくなり対立します。人間の考え方は人それぞれですし、ましてや国をまたげば文化も歴史もまるで違うので、そんな者同士が何の悶着も起こさずに、意見を一致させるなど至難の業です。

クラスでも目立つグループやカースト上位、陽キャの子たちが黒と言えば、これって白じゃないの?と思っていても、あまり目立たない子や陰キャの子が「それって白じゃないの?」と言ってしまうと、そこから早速壮絶な攻撃が始まってしまいます。

イジメの問題は日本だけではなく、世界中どこの子供の世界でも(大人の世界でも?)イジメはあるそうです。日本人は陰湿だからイジメが多いと言ってる専門家も見受けられますが、アメリカなんかもあの気質ですからね。学校でのイジメはヒドいらしいです。韓国とか中国でもスゴいみたいですよ。

逆に子供の世界でイジメのない国など?ないのかもしれません。大小あれど、どこの国でも必ずといっていいほど発生してしまうのが、仲間外れ=イジメです。世界から戦争をなくす方法が誰にも分からないように、子供の世界からイジメをなくす方法も、戦争と同じくらいに解決は難題です。

たとえばLINEひとつを取ってみても、LINEを楽しんでるというよりは?LINEで苦しんでる中高生のほうがよっぽど多い。これは中高生に限った話ではなく、大人の社会ですら頻繁に起きている現象です。

LINEイジメとも言われてるそうですが、リーダー格の子が誰かのことを「ムカつく!」「気に入らない!」という対象に決めてしまった場合、それが自分的には不本意だったとしても、やはりその流れには従う子が多いです。

グループライン内でのやり取りで、15人くらいが連続的にトークでわ~っと盛り上がっていて、そこにその対象と決められた子が何かトークを入れたとしても、誰一人そのトークには反応しない。シ~~~ン。

でまた他の子がまったく別のトークを始めると、さっきまでいた15人達がわ~っと、そこからまたトークを繰り広げるそうです。でまたその対象の子が入ってくると、またそれには誰も絡まないし反応もしない。かなり陰湿で残酷な手法ですよね。あからさまに仲間外れにされるそうです。

そこで自分が可哀想だと思って何かトークを入れたりすると、今度は自分がその対象にもなりかねない。だから誰もそのルールは破らない。みんなそれが恐いからビクビクしてる。こういったケースは特に女性のグループに多い傾向で、心底面倒くさい厄介な関係です。

でも、そこで正義の味方になるのは、やはり難しいかもしれない。小中高だとなおさら難しいと思います。なぜなら学校というのは、一匹狼で生きていくには、あまりにもしんどい空間だからです。

大人だったらそこから逃げればいいし、逃げることもできますが、小学校や中学校には逃げ場がありません。なので学校では多数派になびいていれば安心、主流派に席を置いていればあんな目には遭わない、と考えるのは当然だと思うのです。少数派、もしくはたったの独りで?多数派に抗える空間ではまったくないのです。

でもじつは大人でも、似たようなことをやるんですよ。特定の組織に属した場合、形は違えどそのようなノリが、生涯に渡り続いてしまうことは否めません。これは日本人だからとか日本がそういう社会だからとか、そういったことではなく、他の国でもどんな小さなコミュニティーでも、人間が3人集まれば似たようなことは必ず起きます。

たとえば3人グループで、その中の1人がいない場合、そこにいる2人はその1人の悪口を言ってるかもしれません。大人数であったとしても、その中には必ず悪口を言う人と、言われる人がいます。

だからそのようなノリが苦手な子は、とりあえず小中高はひたすら我慢して、社会人になったら会社に入ったりどこかに勤めるのではなく、自営業とかフリーで活躍できる職業に就くべきです。自分で選択できる年齢になったら、そのようなノリが発生しそうなものには、自分から近づかなければいい。いまの環境がどんなに苦しくても、どんなに居心地悪くても、大人になるまで我慢してください。大人になれば、大人は何でも「自分で選択できる」のです。

3.イジメと麻薬組織の共通点

イジメをこの世から無くすのと、麻薬組織をこの世から無くすのには、同じ手法を取らなければならない。つまり、末端をどれだけ叩いても、大元を根絶しない限り、イジメも薬物の問題も解決はしないということ。

麻薬組織の大元とは?もう説明するまでもありませんのでここでは省略しますが、ではイジメの大元とは?ボス猿です。これはどこにでも発生しませんか?幼小中高のみならず、大学でも、会社でも、母親になってからの公園デビューでも、60才を過ぎたオバサン仲間で旅行先を決めるのでも、どこにでも発生する。つまりイジメの構造は、形を変えながらも一生続いていくということです。

・大学生で20才も過ぎてるのに、まだ仲間外れを作りたがる。
・会社に入って、もう社会人なハズなのに、まだやる。
・主婦になって、もう人の親なハズなのに、まだやる。
・お迎えが近い老人になっても・・まだやる人すらいる。

でもボス猿というのは、じつは気が小さい人間が多いので、足元をスコーンと払えば、むしろ人並み以上に「気ぃ使い」になる場合も多いです。一見気が強そうに見えますが、本当は臆病だったり小心者だったり、人に嫌われることを過剰に怖がるタイプが多いので、何かしらの弱みをつかめば、案外扱いやすかったりもする。

じつは本当に厄介なのはボス猿よりも、その周囲でやんややんや言ってる手下みたいな存在が一番悪質なんですよ。裏を返せば、ボス猿のほうがまだ人格者だったりもするのです。

常に周囲や大多数の意見に同調させ、ボス猿の背後からまるで自分も強者にでもなったつもりで弱者を攻撃する。じつはボス猿よりもよっぽどタチが悪いのは、そっち側にいる人間たちです。(炎上に加担するタイプの人は、100%この手下タイプの人間)

しかしこの手下たちは、決して自らは行動は取りません。ボス猿がいるから自分もやるのです。ということは、その学校や組織内で、もしもイジメが発生していたら、まずボス猿を徹底的に叩けばいいのです。そしたらそこで止まります。この構造は麻薬組織もまったく一緒です。

自主性を持たない陰険な手下たちの存在。主婦たちがたむろしている公園でも本当によく見られる光景です。一見平和そうな公園も、フタを開ければ地獄の修羅場であったりもします。

どうかそんな人間にはならないでくださいね。親にその傾向があると、子供は学校で必ず真似しますよ。なんだかんだいって子供は、親のことをよく見てますから。

親がイジメの在り方を子供の前で実演してるんだから、それを見ている子供が保育園や学校で真似しない訳がない。我が子に「イジメってのは、こうやるんだよ!」って?自らが模範的なお手本を見せているようなものですね。いま一度、ご自分の在り方を客観視、再確認してみるのも大切なことかもしれません。

4.「する側」の母親が変わればイジメは減る

とくに女性の世界を見ていて不思議に思うのは、小中高ではサンザン女の子同士、女のイヤな部分をたくさん見てきてるのに。女同士って面倒くさいなぁ~~とウンザリした経験も多いはずなのに。オトナになったら、こんな面倒なことはもうないんだろうなぁ~~と期待していたはずなのに。

何でまた親になってまで?子供を連れてまで?同じノリをくり返すのだろうか?先にもあったように、たいがいはそこのエリアで目立ってるボス猿や、毎日がとても暇な人、または幸せな家庭が築けない人などが、その発端を引き起こすのだと思いますが。

親がそんなことしてるのを見たら「これは正しいことなんだ!」と子供は思うでしょうから、学校へ行ったら親と同じことをしでかすとは考えませんか?

陰湿な徒党を組んで、そこに部外者が入って来たりすると、最初は満面の笑みでやさしく招き入れときながら、ちょっとでも気に食わない発言でもしようもんなら、巧みに陰から一斉攻撃をかける。あくまでも一部の人たちの話ですが、男性よりも女性のほうが、学校然り、会社然り、グループ然りで、常にみんなで攻撃できるターゲットを誰かひとり作りたがりませんか?

そこで誰かが消えたり、もうされなくなったりして、「おぉ、これで安心安心」と思っていると、また他の誰かがその対象にされ始める。みんなその対象になるのが恐いから、それぞれ常に周囲の顔色をうかがって、ひたすら安全地帯にしがみつく。

いくら子供のためとはいっても、そこにしがみつくことが果たして本当に、子供のためになっているのでしょうか?「とにかく引っ越すまでの我慢!」「学校が変わるまでの我慢!」なんて割り切ってる人もたくさんいますよね。

しかし子供の世界とは違って、大人は選択できる「自由」を持っていますから、自分はそれには参加しないというスタンスも選べるはずです。自身の行動でもって、子供に良い見本を見せる勇気は持てませんか?ボス側チーム員たちに媚を売って、それに対して常にビクビクと、恐れおののく母親の姿を見てたら、その子はきっと学校でも同じ態度を取るのが正しいことだと思うでしょう。

でも本当は子供が見たいのは、母親の堂々とした姿と、自分を絶対に守ってくれるという強さです。そしてその反対側ともいえる、ボス側寄りの”根が意地悪”なママさん達も、見た目の優雅さばかりを追求するのではなく、こころの優雅さをまず身に付けてほしいものです。あなたの子供が「悪質な加害者」にならないためにも。

子供たちの世界からイジメをなくせる方法の第1段階として、まずお手本となっている大人たちの社会、とくにボス側チーム員に属している方々が、自分は悪い見本になってしまっていないか?悪い見本を見せてしまっていないか?無意識にイジメに近いような行動を取ってしまっていないか?まずそっち側の人から自身の行動を見つめ直し、自らを省みてみることが、「する側」の人口を減らすことができる1つの方法になります。

5.日本人の無宗教感こそが平和の秘訣

少し余談になりますが、「憲法第9条」もやっぱりアリなのかもしれませんね。じゃないと、このイジメの問題も同じで、結局いつまでたっても世界は同じことをくり返すだけかもしれません。

日本だけでもひたすら貫き通せば、何があっても貫き通していれば、評価されるのは500年か1000年後だと思いますが、「第9条」は世界のスタンダードになるかもしれません。日本は世界よりも先を行き過ぎたのかもしれないですね。

でもそれを貫き通しているその間、国としては経済が耐えきれないと思いますが。国家はキリストやガンジーじゃあるまいし、右の頰を殴られたら今度は左の頰を差し出せばいいという姿勢では、国民の生活は守れませんから。

でも貫き通せば、ジーン・シャープ氏のように非暴力の姿勢を貫き通せれば、数百年か後に日本は、世界からもっとも尊敬される奇跡の国になるかもしれません。

キリスト教を国の宗教として建国されたにも関わらず、ひたすら自国の経済を豊かにするために、国民の一部の層を守るために、表向きにはあくまでも美しく、常に正当な理由を仕立て上げ、あらゆる争いを量産し続けてしまう以上、世界がそれに引っ掻き回されてしまうという悪循環は、今後もなくすことはできないでしょう。

残念な話ですが、経済と平和は相容れないんですよ。アメリカのみならずで、これまでの歴史で見ても、平和に比重を置いた政策をすると、その国の経済は落ちています。経済が困窮するのは困りますが、しかし争い続けるのも進歩がありません。どっちも!というのは、国でも個人でもなかなか、成立させてはもらえないものです。

でも宗教に関しては、日本くらいの無宗教感、無関心、無頓着さもあったほうが良いのかもしれませんね。政治に関しても同じかもしれませんが、あまり熱くなりすぎるのも、それはそれで危険です。

絶対に自分たちが正しいと思うことは、絶対に相手が間違ってると思うことでもありますから、そもそもが争いの元になりますし、いったん争いあってしまうと、よりいっそう自分たちの考えが強まってしまいます。

日本の新興宗教でもそうですよね?「あそこは間違ってる!」「自分のとこが一番正しい!」と常に小競り合いをしています。熱心にやりすぎるからそうなるんですよ。あまりにも信仰をし過ぎるから、自分たちと違う考えのものは、すべて受け入れられなくなる。

マルチ商法などでも「あっちはニセモノ」「こっちがホンモノ」と似たような状況になりますが、客観的立場の私から言わせれば、どっちもニセモノじゃねーか?と思うんですが。

でもそうはいっても、日本の新興宗教の小競り合いなんて、まだまだ全然かわいいもんですよ。熱狂的なイスラムの信者や、狂信的なユダヤの信仰者は、戒律をガチガチに守りますからね。イスラムのモスクやユダヤの嘆きの壁などを見ていると、本当に信仰に熱心だと思います。

日本人もお経を聴いたり、神事に参加したりすると神聖な気持ちにはなりますが、他国の信奉度合いと比較すると、まったく全然と言っていいほど、宗教意識の低さが際立ちます。しかしもしかしたらですが、そんな宗教観の薄い日本人こそが、世界でもっともバランスの取れている国民なのかもしれませんよ。

不思議なことに多くの日本人は、クリスチャンでもないのに教会で結婚式を挙げ、2人の愛をなぜかジーザスキリストに対して誓います。しかし元旦や受験の神頼みのときには、神社へ行って日本古来の神様に都合のいいお願いをし(縁結びの神様に結婚をお願いしておきながら、結婚式にはキリストに誓いを委ねるなど、外国人の感覚では絶対にあり得ません!)

はたまた最終的に自分が亡くなるときには、インドの神様である大日如来さまや阿弥陀如来さまに死後のお世話をヨロシク頼むなど、外国人からすれば言語道断でもあるこの日本人のあいまいさや無頓着さこそが、世界が争いを避けて暮らしていける、平和の秘訣だとも考えられるのです。

3つの神様を同時に掛け持ち=3股もかけられる日本人の無邪気さは、他の国にもぜひ学んでいただきたい楽天性です。自身の信仰するものをあまりに狂信してしまうと、それ以外のものはすべて間違っていると決めつけてしまうため、攻撃的な人格が形成されていきます。

これは宗教だけに限らず、自身が支持している政党や、熱狂しているマルチ商法などでもよく見られるシーンです。互いの信仰するものを尊重しあいながら生きていかなければ、争いがなくなることはありません。

それを学校や一般社会に置き換えれば、互いの考えや方向性を認め合わなければ、イジメも仲間外れもなくすことができないのと同じです。

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