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山師列伝 焼酎じいさん少年

あまりにも強烈な思い出だったので、不意に16年の時を超えてフラッシュバックしてきた。だから改めて記す。

細かいことはともかく、当時24歳だった私は宮崎行きの船に乗っていて、芋焼酎の一升瓶を手にしていた。だいぶ昔の事なので記憶があいまいだが、ラッパ飲みではなかったと思う…と思いたい。おそらくは紙コップに手酌で、だが間違いなく一升瓶の芋焼酎を、水で割る事さえせずに生のままでかっ喰らっていた。

我ながら絶対的に関わりたくないそんな過去の私に、
「いいもの飲んでるねえ、兄さん」
気さくに声をかけてきたのが、じいさんだった。
私は私で基本的に【来る者拒まず】なので、
「どうですか、ご一緒に」
じいさんに焼酎を勧め、船旅のいい道連れが出来たなどと泥酔した頭で思った(*じいさんに焼酎を勧めたのは確かなので、やはりラッパ飲みをしてはいなかったことになる。安心した)。

じいさんは宮崎ではなかったが九州の出身だということだった。
「だから、焼酎を生のままで飲むようなのは九州人に違いないと思って。でもそんなのは、今どきは九州でもなかなか見かけなくなってしまったから、なんだか嬉しくなっちゃって」
つい私に声をかけてしまったらしいが、私は生まれも育ちも大阪府郊外の衛星都市だった。
奇縁といおうか、ともかくそんなわけで私とじいさんは船に揺られながらガンガン芋焼酎を飲み進め、やがてじいさんは芋焼酎のからんだ昔のヤマ話を始めたのだった。

「戦争で親もきょうだいも死んで、天涯孤独になってしまった」当時まだ少年だったじいさんは、芋焼酎の密造を始めたという。
「生きないといけなかったからね。芋を盗んで、焼酎造って——」
「あのう、どこで焼酎を造ってたんですか?」
「風呂だよ」
「風呂!」
その手があったかと唸った私に、じいさんは軽く笑った。
「そうそう。焼酎造り自体は難しくなかったけど、当時はガスや電気で炊けるような風呂じゃなかったから、火の番もそうだけど薪集めも大変だったね」
『はだしのゲン』的根性あふれる話に引き込まれ、私は聞いた。
「販売もご自分で?」
「そうそう。空き瓶に詰めてね。この空き瓶集めも大変だった。なにしろモノがない時代だったから」
それでも何とか(手段を問わず)空き瓶をかきあつめ、少年じいさんは手製の焼酎を売りさばいて生計を立てた。才能があったらしく、焼酎は評判になったらしい。
「それで、売れたのはいいんだけど、売れると悪いのが寄ってくるようになってね」
「ヤクザですか?」
「いや、それより警察だったね…毟りに来られてね」
それから、具体的に戦災孤児が悪徳ポリ公に毟られた話を聞いた私はムカつき、大いに憤慨した。
「とんでもないクソ野郎ですね。『殺してやりたい』と思いませんでしたか?」
だが、
「いいや——むしろ、嬉しかったね」
にやりと笑った意味が理解できなかった私に、じいさんは言った。
「こっちだって、恨みも何もない相手の畑から盗むのは気が引けるよ——でも、貸しがあれば話は別だろ?」
 というわけで、少年じいさんは自分から毟った悪徳ポリ公の身辺調査を行い、やがて自分が<貸しを取り立てるべき>芋畑に狙いをつけた。芋が育つのを待ちつつ、少年じいさんは着々と準備を進めた。窃盗団を組織し、焼酎密造の現場を増やす手配をし、さらに空き瓶を片っ端から集めながら芋焼酎の卸先も確保し——
「終わったら逃げる算段もつけてね」
取り立てを決行したのは、多少の物音ぐらいなら聞こえなくなる雨の夜だったという。
「根こそぎ盗むのは寝覚めが悪いから、それはやらなかった」
じいさんは言ったが、さぞ巨大な規模の取り立てだったことだろう。
ともあれ、少年じいさんたちは、芋盗み⇒芋洗い⇒芋焼酎製造までの工程を不眠不休の突貫でおこなったという。
「それでも出荷まではちょっとかかったでしょう、大丈夫でしたか?」
「平気平気。それまで低姿勢だったからね、こっちは。わざと恐れ入ったフリなんかもしてたし、だからそんな大それたことが出来るなんて思われなかったんだろうね。造る場所も分散させてたし——わたしの現場にあったのはいつも通りの量の芋だけだったから、ちっとも怪しまれなかったね。それでうまいこといった…だからね兄さん、あんまり良くない大きいことをやる時に重要なのは、分散させて目立たないようにすることだね。相手から、自分が小さく見えれば小さく見えるほどいいんだ」
「ははあ……」
と言うしかなかったが、実体験に裏打ちされた言葉の説得力は圧倒的だった。
じいさんの「目立たないようにする」哲学は最後まで一貫していた。無事に芋焼酎を売りさばき、団も解散させた後、少年じいさんは仕上げに黄金千貫のごとき色の黄金水で満たしたポリ宛の一升瓶を置き土産にして…というような【かぶき者】みたいな真似はせず、ただぶらりと荷物も持たずに家を出て、そのまま九州を後にしたのだった——まあ、その懐には大金が入っていたわけだが。

「で、そのカネはどうしたんですか?」
「それがねえ……」
という具合に愉快な船の夜は更けていったのだが、そこから先の記憶はない。

翌朝、私は船のクルーに起こされ、地獄の二日酔いを抱えながら下船した。
じいさん少年の姿はどこにもなかった。


*じいさんを「山師」呼ばわりするのはどうかと思われるかも知れないが、私にとって「山師」の称号は親しみと尊敬のこもったものなのだということを知っておいてほしい(私自身、度胸不足のために山師にはなれなくても、間違いなく山師根性の持ち主だということもあって)。2023年の今、生きていれば90代なので、じいさんは存命の可能性が十分にある。ぜひとも元気でいて欲しいものだ。そのほうが面白いから。

*写真は、かつてベトナムのダナンでクルーズ船に乗った時のもの。記念のノリで単身乗り込んだところ、だしぬけに始まった黄金の踊り子2人によるショーはある意味でじいさんの話ぐらい圧倒的だった。バカでかく音割れした音楽が流れる中、舞台そばのTVが点けっぱなしで、ショーが終わるまでの間ずっとニュース放送が流れていたのが印象的だった。

この曲でいこう。
GhostGold「ghostgold]

ghostgold  

捕らぬ狸の皮算用
また クソみたいな夜がやって来る それから疲れ切った朝が来る 希望を買い取るには足りないカネにしかならない墓場シフト労働
褪せる色さえ消え失せた日々 這い回り 繰り返す 捕らぬ狸の皮算用 カッコつけて言えば 「GhostGold」

クソ野郎に遭えば遭うほど、悪意の類は加速し膨らむ ゾッとするようなおぞましさ——でも、ゆがんだ笑みが浮かぶ 鼻で笑う
クソ野郎のいつものやり口——口先・カネ駆使して有利に持ち込み あるいはもみ消し お約束の垂れ流し 上流に汚れ無し
流されて来たモノみな飲み下し 下からお返し 超高濃度 再現不可能 核廃棄物 並みの放射能 吐きぶちまける
上下年齢性別クソくらえ クソには等しく容赦なく 札束の前には誓う忠誠と 見せかけ、寝返り寝首をかく 

ghostgold! 幽霊のカネの幽霊 カネの亡者 亡霊 
ghostgold! 幽霊のカネの幽霊 カネの亡者 業か?

頭に鉛をぶち込まれた夜勤明け特有のクソだるさ 引きずり眠気にとりつかれ踏める韻はないか探しうろつく性(さが)
幽霊亡霊無縁の安定 街中 ひとり 陽が照らす中 悪意と憎悪の結婚した韻踏み カネ儲けたくらむ馬鹿
ここに1人——いや、もう1人足して2人でゲームに参加(3か)456(しごろく)賽の目博打勝負 化けるか 神 悪魔 幽霊も 黙れ見守れ
出るも出ないもデタラメもなにも出たら目が答え カネこそがすべて——札束の前には誓う忠誠 見せかけ、寝返り寝首をかく

ghostgold! 幽霊のカネの幽霊 カネの亡者 亡霊 
ghostgold! 幽霊のカネの幽霊 カネの亡者 王か いいや俺は? 

誰が王か 誰が決める? 望む? 選ぶ?——同族 仲間 手下 全て金の奴隷 
何で決める? カネにコネに利権その他——有るか無いか金!
クソの「太く短く生きる美学」差しあげ出すケツ穴の自覚無しに売り飛ばすカネで買う地位——奴隷の地位 名誉? 没有!   

ghostgold! 幽霊のカネの幽霊 カネの亡者 亡霊 
ghostgold! 幽霊のカネの幽霊 カネの亡者 誰が?——俺は、
奴隷の王の王のカネ(捕らぬ狸の皮算用)
捕らぬ狸の皮算用

GhostGold『みどりのひび』4曲収録。


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