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mellowな空気、今泉力哉の筆致

今泉力哉監督、2020年最初の公開作「mellow」が素晴らしかった。「愛がなんだ」以降すっかり心酔している監督ゆえ、過去の作品も色々と観た。特に印象深いのは、彼のオリジナル脚本作で徹底されている"人の気持ち"への目線の数々。そのフィルモグラフィーの延長上に今回の「mellow」もあった。


2014年公開の「サッドティー」で既に、恋模様を群像劇として描く手法は芽吹き始めている。二股、一目惚れ、アイドルオタク。一見「?」と思うような込み入った(見る人によっては嫌悪感を覚えるような)「好き」について、どこまでも掘り下げている。"感情"を見つめることで浮かび上がる言葉を拾い上げ、その瞬間の空気を含んだままに台詞へと変換する彼の筆致を堪能できる。妙な話ではあるのだけど、すぐ隣で起こっているようにも見える。現実ってこうよなぁ、っていうほろ苦さも、この映画で存分に食らわされる。


2016年公開の「知らない、ふたり」は韓国の男性アイドルグループNU’ESTを主演に迎えた作品。如何にもすぐ傍にいそうな人を描く今泉映画において、涼しげな韓流イケメンは異質では?と思ったのだけどそんなことなく。むしろ彼らの人間味の部分を掬い取るような冴えた演出をしてある。「mellow」で今やスター俳優の田中圭に近所の素敵なお兄さん的な日常性をもたらせたのも、俳優自身の本質をキャラクター造型に活かしているからか。誰もが抱える痛みや後悔を真摯に映し出すのも、彼の映画に静かに通奏するムード。


2017年の「退屈な日々にさようならを」は、過去作を遡る中で最もガツンとやられた作品であった。最初は何やらこじらせた男がどったんばったんやってる(途中で出てくるカネコアヤノとのくだりが楽しい)映画なのだけど、まさかそういう展開が、、という驚き。誰かが誰かに何かをもたらし、もたらされ、少しずつ影響し合っている世界の真理にそっと触れる。「mellow」にも確かに刻まれている手触りだ。死生観や映画に対しての想いとかも宿っていて、監督の出身地が舞台って部分からも私小説的な印象もややある作品。


2018年「パンとバスと2度目のハツコイ」における、様々な「好き」にまつわる逡巡は「mellow」にも通ずる。パンバスにおける様々な形の「好き」。それに対して明確な答えを用意することなく、巡らせた想いそのものを彼女たちのこれから続く日々へと織り込んでいくような作劇はじんわりと優しい。強いメッセージ性や、感動させてやる!というような剛腕さなど微塵も感じないのだが、そのさりげなさこそが今泉監督の筆致なのだ。平凡な会話を描きながら、その奥底にある本心が覗き見えて、ハッとする、ような。


そしてパンバスの制作陣からの再オファーを受け作られたのが「mellow」。田中圭と、田中圭に恋する3人の女性の物語を軸にした群像劇。それぞれのパートは、涙が出るくらい面白いものだったり、涙が滲む程にグッとくるものだったりと三者三様なのだけど、どれもが「好き」という気持ちの先に生まれた場面なのだから、1つ1つが示唆に富んでいる。会話や目線で心情を描くのを得意としてる監督だけど、ガンガン笑いを取るシーンにおいても会話の積み立てである点はブレない。NSC出身という素養もここに息づいてる。


花束を通じてそれぞれの想いが伝っていく様が鮮明に描かれていたのが良かった。人と人とが有機的に繋がれるアイテムであり、その想いを美しく可視化してしまうのだ。花屋を舞台にすることで生じたこのやりとり、素敵すぎる。そしてラスト2カットの流れが本当に堪らなく良かった。呼吸するように撮ってしまってるけれど、あんな完璧な終わり方なかなかないと思う。そこに繋がるエンドロールでもう1度、深く物語の本質を味わえてしまう。鑑賞後、とてつもなく温かな気持ちに包まれ、僕たちは日常へと還るのだ。


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