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カーテンコールまでがフィクション

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#短編小説

未実装センチメンタル

未実装センチメンタル

「夏祭りに行こう」と、小百合が突拍子のないことを言う。
あたしはベッドの上、つるりして心地よい掛け布団から半分だけ顔を出し、足元のほうにちょこんと腰かけた小百合を見やる。ニコニコ笑ってる。朝から元気だね。
「まだ春だよ」
外はしとしと雨、つつじ咲き乱れ落ちて五月末だ。ゴールデンウィークあたりになれば早々に夏の気配を感じ取れる昨今とはいえ。
「季節なんて待ち侘びているうちが花だもん」
そっか、と妙な

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ストロング=ゼロ

ストロング=ゼロ

 鬼も花もOSも寝静まる午前二時。とはいえ、私にとってはいつも通りの勤務時間。店の奥には女がひとり。カウンターに両腕と三杯目のギムレットだけをのせて、ふっくらとした頬は紅、レモネード色の瞳をとろりと潤ませて、しかしその背筋は驚くほど美しく伸びている。シンプル”すぎる”ノースリーブの真っ赤なミニワンピースは彼女の太い腕、引き締まった腹筋や隆々と凹凸を持った太ももなどを誇示するのに十分だ。今どきなかな

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アリス、イン、ワンダー

アリス、イン、ワンダー

昇降口、って言葉を何年かぶりに思い出した。四角い靴箱が積み重なって図書室の本棚みたいにずらり。コンクリの床の上にすのこが敷いてあって一段上がった床に接続してる。そういう、学校でしかあんまり見ないような広めの玄関口に私はいる。つんと塩素のにおいがして、余計に懐かしい気分になった。
「さあ、靴を脱いでロッカーに入れるんだ!」
 目の前を浮遊している白くてふわふわした物体が甲高い声を出す。
「それくらい

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夏なんてカルキのにおいだけだよ

夏なんてカルキのにおいだけだよ

薄金の髪の毛がきらきらと潮風に吹かれるのを見た、瞬間、恋に落ちる音がした。
でも、恋の奈落に落ちたのは、わたしだけじゃなかったみたい。

・・・

「夏休みだっ!」
短く語尾を跳ねて、百瀬桜子は言った。彼女の背中に垂らしたおさげと、セーラーの襟がぴょんと浮く。まさにその通り、間違いなく、夏休み。終業式の日の放課後の、喧しい昇降口だ。
「あっという間に終わるんだろうなあ」
「始まる前からそんなこと言

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花畑に棲む

花畑に棲む

女の子って、お月さまみたい。満ちたり欠けたり、ひとときもその形を保たない。だから可愛くて、狂おしくて、糸惜しくて、意地らしくて、刹那くて、ぎゅっと抱きしめたくなる。
もちろん、それは人間の女の子だけじゃなくて……。



はじまりは新月の夜。
あたしは、大事なものだけぎゅうと詰め込んだ、はち切れそうなリュックを背負って、下唇を噛みしめていた。なんだか変梃に歪んだ、ぼろぼろの小屋の目の前で。
すぅ

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嘘みたいなもの

嘘みたいなもの

予想外だった。ただ、想定の範囲内ではあった、はず。
『サキへ……いや、佐紀子へ』
緑に光るペンライトで埋め尽くされた客席から、さきこぉ!と声が上がる。やめてよ、違う。あたしは佐紀子なんかじゃない。まだ今日が終わるまでは、あるいはあと数十分でいいから、サキのままでいさせて。
『お母さんから見た佐紀子は昔から変わらず、いつも大人しくて、ぼーっとしていて、本当にアイドルをやっているのか、はじめのうちは信

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月に行く

月に行く

20XX年、大いに発展した人工知能研究はついに技術的特異点――シンギュラリティを迎えることとなった。そして、その瞬間から人工知能は人類に代わって地球運営を開始した。転換は人類がそれまで予想していたよりも遥かに自然に、小学生が中学生になるくらい当たり前のこととして行われた。また結果から言えば、AIはそれを受け入られなかった一部の人類を抹消したりはしなかった。彼らは派手な動きを見せずに、解決しないとさ

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二十二歳とか。

二十二歳とか。

満員電車に揺られて家に着いたのは二十二時四十分で、四角い鞄を投げ出して真っ黒スーツのままぼうっとしていたら二十三時二分になっていた。固いパンプスを脱いでぐにゃぐにゃだった床はもう魔法が解けて元通り。今日は散々だったな。
ちょろっと行っておこうなんて軽い気持ちの説明会には電車が遅れて遅刻して、連絡をとったりなんだりしたわりに内容は想像通り興味なくて、メインイベントのはずだった面接は、けっこう狙ってた

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「原宿系なんてやめとけよ」

「原宿系なんてやめとけよ」

「だから私決めたの、絶対に銀色の車には乗らないって」
ああもう自分が何の話をしているのか、さっぱりだ。どうして車の話なんて。大人みたいに。うん、もう大人なんだけどね、二十五歳だからね。大人だからバーの薄暗い店内のひんやりとしたカウンターにぐったり、額を預けて回らない口を精一杯動かす。
「一番汚れが目立たないからなんてそんな理由であんなにさ、高いものを買うなんて信じられない。自分の持ち物よ?」
氷の

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やっぱり、かぐや姫なんて知らない

やっぱり、かぐや姫なんて知らない

あたしは月を飼っていて、その上花粉症なのです。だから春は好きだけど、春が大嫌い。ね、分かるよね、そういう話をはじめます。



「昨日の話をしようか。ねえ聞きたいでしょ?」
ピンク色の子ども部屋で、もう子どもって言うには大きくなってしまったあたしと月が並んで座っている。あたしは勉強机の椅子の上にあぐらをかいていて、月は座るといっても足がないのでベッドの上に転がってる。
「朝八時ぴったりに学校の門

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