『妖精は愛と笑いを運ぶ』HARUNA AOKI
子どものころはぬいぐるみと寝ていた。
宝物と呼べるほど、丁寧に扱っていたわけではない。
乱暴にわしづかみしていたが、たしかに大事な相棒だった。
時を経て、現在。
相棒は隣にはいない。
人と人とで手を取り合って、それでも孤独に大人は生きる。
傷つき、削られ、穴が空く。
負荷に耐えられる生き物だと大人は社会から思われている。
ボロボロになって我慢を続けるうちに、大切な何かを落としてしまう。
上手く笑えなくなる。
何事にも冷淡になり、憎しみだけを募らせていく。
そうなった人を救うのは、人ではないのかもしれない。
愛と笑い。
傷つく中で大人が失うもの。
穴の空いた心を埋めるため、『HARUNA AOKI』の妖精たちはやってくる。
連れ歩けるメルヘンを。
つぶらな瞳と丸い鼻。
キュートで愛くるしいが、どことなく底知れない雰囲気もある。
これらは『HARUNA AOKI』の作品。
人形作家である青木春菜さんが制作したものだ。
青木さんが掲げるテーマは「愛と笑い」。
人形たちはみな妖精で、持つ人の味方になってくれる存在とのこと。
「大人が持ち歩けるメルヘンを作りたい。ぬいぐるみって元々は小さい子どものためのものじゃないですか。けどもっと前に辿っていくと、魔除けとか呪術的なものが人形にはありますよね。これって大人の方が必要なんじゃないかと思って、大人でもおかしくないような形で作りました」
歳を重ねると、ぬいぐるみを持ち歩いているのは奇異な目で見られる。
自分を貫いている人はそうではないが、そういう人ばかりでもない。
おしゃれの一環として持ち歩けるものを目指したそうだ。
以前から人形作家として活動してきた青木さんだが、生活雑貨に寄せた作品制作を始めたのは最近になってから。
若い世代に妖精たちを届けたいその裏側には、「愛と笑い」に対する独自の視点が潜んでいた。
「愛ってすごく紙一重なもので、すぐ執着とか嫉妬とか危ない方向にいきがち。愛は叫びたいものだけど、叫ぶと危険なもの。それを緩和させるものとして笑いがあって、一つにしてくっつけています」
青木さんにとって「愛と笑い」は同義語ではない。
「愛憎入り混じる」ともいうように、感情はどれも重いもの。
決して楽観的ではない価値観が根底に流れている。
「人類救済」とドロドロの浄化。
ポップだけれど奥深い。
それが『HARUNA AOKI』の世界観。
人形制作を始めた当初の目標には、「人類救済」があった。
「制作は命を削って、精神力を使っていく作業なんです。人生かけて何かを作るとなって、底抜けに明るいものを作りたいと思ったらそういうテーマになってました。ちょうどそのとき家庭のこともあって、自分がどんどん闇に落ちていく感じがして。作るものだけは明るくありたい、人を幸せにするものであってほしいと思ったんです」
青木さんは自分を「明るい視点で世界を見れない人」だと話した。
その自覚があるからこそ、世界を肯定的に捉えることを諦めたくないらしい。
最初に救いたかったのは、母。
家庭事情で母が背負った悲しみを、自分の生み出した人形が食べていく。
ドロドロしたマイナスの感情を浄化したい。
変換装置を作るような感覚で、青木さんは人形に魂を籠める。
元々、青木さんの作品には明確なコンセプトがあるわけではなった。
キャラクターを思いついて、「これはなんだ」と正体を考えてみた。
無条件に送りたい、不思議な生き物。
「あぁこれ、愛とか笑いとかだな」と、後になって気づいたという。
「生きているとどんどん傷ついていく。体中に穴があく。そうやって開いた穴を、小さな愛と笑いで埋めていく。私自身も作ってないと、あんまりいい人間として生きてる気持ちになれないんです。生きるからには明るく生きたくて、喜ばせたい気持ちが相手の心にも入っていく。自分の幸せと相手の幸せをイコールで繋げるのは作品を通してしかできないな、と」
不条理な世界に生きる自分たちへの祈り。
柔らかいフェルトに包んで、青木さんは人形を送り出す。
明るいもので塞ぎましょう。
『HARUNA AOKI』では、ファッションアイテムとして身につけられる人形を制作している。
これまではインスタレーションやフィギュアサイズの作品が主だったが、「大人が持ち歩けるメルヘン」としてポシェットやブローチと人形を組み合わせる試みも。
人形たちはそれぞれ、名前と役割を持っている。
色や模様、耳の形によって個別に種類があり、発揮する効果も微妙に異なるらしい。
「自分にぴったりなものを直感で選んでいく人が多いです。たくさんいるので、どこかに一匹は似合う子がいるはず」
『HARUNA AOKI』の人形たちには、つぶらな瞳と丸い鼻が共通している。
「顔の雰囲気は『セサミストリート』『M&M'S』といったアメリカのキャラクターの影響を受けている」と語った青木さんは、「表情のある方が好きだし、生きている感覚がする」と話した。
この「生きている感覚」は、青木さんが持つ「可愛い」の定義にも繋がっている。
「可愛いものを見たときや触れたとき、フワッと一瞬で元気になりますよね。そういうトキメキがすごく大事で、暗い心に一瞬光を差す。可愛いものって生命力を感じるものだと思うんです。可愛いが元々持ってる生命力と、可愛いものを見るときに受けるパワーみたいなものがあるのかなと」
愛のない世界は虚しい。笑いのない世界は冷たい。
大切なものを忘れかけた世界に向けて、太陽のように光を当てる。
人を優しさで包み込み、明るく生きるために寄り添う。
それが青木さんにとっての「可愛い」だ。
「開いてしまった穴ポコは、明るいもので塞ぎましょう」
そう言って、青木さんは笑った。
作品情報
・BASE
・SUZURI
・PORTFOLIO(HARUNA AOKI)
I am CONCEPT.編集部
・運営会社
執筆者: 廣瀬慎
https://www.instagram.com/i_am_concept_rhr/
・Twitter(X)
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