記事一覧
生きること、学ぶこと
大学の役割は研究と教育と考えていたが
〜学生の教育は副次的な重要性しか持たない〜
学問の研究が、大学にとっての第一義的な意味を持つ。学生の教育は、副次的な重要性しか持たないことを強調しておく。ジョン・デューイのリベラリズムの流れを汲むソーステン・ヴェブレンや宇沢弘文の考え方である。(学校教育については、デューイ「学校教育と民主主義」は対照的な考えである。)
宇沢の晩年のゼミ生であった松島齊「
生きること、学ぶこと
OpenAI CEO のサム・アルトマンの『知能の時代(The Intelligence Age)』
OpenAIのサム・アルトマンの記事を読みましたか。『知能の時代(The Intelligence Age)』aiとヒューマノイドが本当にすごい加速をしています。社会は変わります。私たちはどう考えたら良いのでしょうか。
要所です。
私たちの能力が向上したのは遺伝的な変化によるものではなく、社
生きること、学ぶこと
一方的な「主体」とは?
〜ジュディス・バトラーに学ぶ〜
ジュディス・バトラーは、「生のあやうさ」の中で、米国の他者へ対する攻撃的な一国主義を批判する。2001年9月11日のNYへのテロへの報復として、アフガニスタンを空撃したブッシュ米国政府によって、他者から自己防衛するための暴力をよしとするような考えが生まれてしまった。
国家を武力で守ることは当然という考え方が生まれてしまった。
そもそも、
生きること、学ぶこと
ICEアプローチをビジネスで活用する
ICEアプローチは学習と評価が一体となった学習方法である。教師と生徒の関係を、ビジネスにおけるコンサルタントと企業経営者の関係に置き換えてICEがどのように活用できるかを考える。
なぜ、そう考えたのか?
学校の学びとビジネスでの実践は共通したフレームワークがあるからです。
Rubric目標設定ーIdeas基礎学習(基本的情報の収集)ーConnecti
生きること、学ぶこと
使える英語を身につける方法
「インセンティブと意欲」があれば、できないことはない。と言いつつも、使える英語を身につける方法を学ぶと、それは有利である。
語学の教育機関としてNo1と言われているユタ州にあるブリガムヤング大学と併設されている聖徒末日イエスキリスト教の語学研修センターがある。世界のあらゆる言語を習得しなければ布教活動などできない。例えば、日本語は9週間で、日本人が聞いても全く違和感
生きること、学ぶこと
人間の歴史=男性の歴史ということへの無自覚性について
ショッキングである。無自覚であることへの衝撃である、女性の社会的不平等という視点でのみ、フェミニズムを考えてきたことへの無自覚性は、一体なぜなのだろう。
狩猟時代も、男は狩をして、女は料理する。主に生物学的、身体的理由からと考える。生殖機能から女は育児をすると考える。身体的にはそうした区分がされない賃金労働の現代の仕事になっても、男性は外で
生きること、、学ぶこと
聖徳太子が日本の民主主義の一歩とは?
アマルティア・センは、開かれた「公共の論理」を、民主主義の条件として置く。「人間の安全保障」(センのエッセイを集めたもの:東郷えりか訳)を読む。
センの「エンタイトルメント」と「ケイパビリティ」については、センと交友の深い松井範惇から、全ての人が持っている能力を引き出す機会や可能力であることを学んだが、ここにも、センのその考えがある。
いくつかの論点があ
生きること、学ぶこと
しびれとはどんな感じ?
抹消神経が自己免疫障害でやられる難病がある。症状として、身体のいたるところにしびれが出る。しびれの状態について医師から質問される。
さて、ここからが問題である。
しびれをどのように言葉で表現するか?
ピリピリする。ビリビリする。シャワシャワする。ザラザラする。締め付けられる。痛い。どんよりする。ぐったりする。重たい。
どれも患者が使うことばである。しかし自分の感じ
生きること、学ぶこと
DXと日本社会
〜全体を見る眼で、日本の社会を見通し、考える〜
むすびに
2018 年9 月、経産省の『DX レポート ~IT システム「2025 年の崖」克服とDX の本格的な展開~』から 6 年が経ったが、未だトランスフォーメーションは起きていないという報告が2024年のIPA「DX 動向2024年」
である。デジタル化や生産性の向上などをDXとするなら、一定の成果を得ているが
生きること、学ぶこと
日本のリカレント教育を実質的にするために?
なぜ、日本では生涯教育が実質化しないのか?
人生100年時代へ向けて、私たち個人としての意識改革が重要である。同時に国、大学、企業の社会側での改革や環境づくりの問題がある。世の中では、リカレントと言いながらリスキリングに偏っているのが現実である。
「リカレント教育」は、学校教育を、人々の生涯にわたって、分散させようとするもの、つまり人間は学び続ける