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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第一話 冬

あらすじ

大賢者の血を引く元騎士・ノアと、魔力を持たない盗賊のラスター。二人はギルド公認の魔物退治屋として、魔物退治のみならず様々な依頼をこなしていた。そんなある日、春の終わりにギルドへ舞い込むひとつの依頼。「冬に閉ざされたプレメ村を助けて」――父親である村長に代わって依頼を出した少女、フロルと共に調査に赴いた二人を待ち構えていたのは、暴走した冬の精霊と、彼と契約した少年ヒョウガだった。故郷を追われた先、望まぬ冬の中で全てを諦めかけたヒョウガを見たとき、ノアはひとつの確信を得る。果たして、二人は冬を終わらせることはできるのか? 精霊とヒョウガの運命はいかに? ノアとラスターの名コンビの活躍をご覧あれ!


ナナシノ魔物退治屋
-ノアと冬に愛された子-

   

第一話 冬

 季節が初夏に移ろう頃、この依頼は「緊急」の判を押されてギルドにやってきた。
「冬に閉ざされた村を助けてください。 プレメ村 村長代理 フロル」
 プレメ村といえばハチミツの名産地だ。森に近く都市から遠い場所にあるため、観光に行くにはやや骨が折れる。しかし、咲き乱れるレンゲの花見たさに訪れる人も少なくない。
 依頼書を見たノアは添付されていた写真を即座にラスターに見せた。あまりにもありえない光景に作り物を疑ったのだ。俗にいう「依頼詐称」である。生じた問題を大げさに表現し、あたかも急ぎの依頼であるかのようにして演出すれば、ギルドはすぐに依頼を受けてくれる。こういった悪徳依頼は真に緊急性の高い依頼が埋もれてしまう原因にもなるので、ギルド側も黙ってはいない。対策強化に乗り出してもその抜け穴を突かれ……と、延々といたちごっこが続いている。
 写真を見たラスターが「すっげえ」と感嘆の声を漏らす。写真はごくごく普通の村の風景ではあったが、異常だったのはこの時期に雪が恐ろしく積もっているということだ。村人たちも真冬の防寒着を着用し、雪かきをしている様子がある。普通なら「冬に撮影した写真」と断言して笑い飛ばせるところではあるが、少女が持っている魔力時計の指し示す日時はちょうど三日前のものだ。
「時計をずらしたとか?」
 ラスターのチョークブルーの目がじっと写真を見つめる。この視線を向けられたら嘘をつくのは難しいだろうなとノアは思った。
「魔力時計は自動的に正しい日時を表示させるから、そういうのは無理だと思う」
「うーん、にわかには信じがたいが……」
 観察眼に優れた盗賊の目を以てしても、この写真をニセモノとは断定できなかった。
「調査に行くだけ行って、話が違ってたらトンズラすればいいんじゃないか?」
「正規の手順を踏んでトンズラしてよね」
 近くで話を聞いていたギルド職員・シノが的確かつ冷静な指摘を投げる。
「でも、どうして冬なんだろう」
 ノアは依頼書に指印を載せながら首を傾げた。
「天候を変化させる魔物自体はいなくもないけれど、こんな村にやってくるなんて話は聞いたこともないし、被害の規模が大きすぎる」
「村人がそいつを怒らせたとか?」
 ラスターが自分の喉元を撫でながら言った。どうやらドラゴンのことを言っているらしい。ノアは少し考えたが、雪を降らせるようなドラゴンの存在は聞いたことがない。それはラスターも同じだったようで、彼はそれとなくノアから視線を逸らしていた。
 二人の話をそれとなく聞いていたシノが、おもむろに口を開いた。
「精霊じゃないかしら」
「精霊?」
 ノアから依頼書を受け取り、同じように指印を載せるラスターが眉をひそめた。
「精霊って、日輪島の……アマテラスの隣に住んでる精霊族のことか?」
「そうよ。日輪島はもともとアマテラスと精霊族がきちーんと国境を決めて仲良く暮らしていたのに、突然アマテラスが軍事侵攻し始めたの。それに白旗上げた精霊族の一部は、海を渡ってあちこちに散り散り。その逃げ先はこの国、ソリトス王国だって例外じゃないもの」
「で、その逃げてきた精霊族がわざわざここで雪を降らすのか?」
 シノは答えなかった。差し出された書類を処理するほうに集中していたのだ。代わりにノアが話に乗ってきた。
「魔術師と契約を結んでいたら、そういうことをする精霊がいてもおかしくないんじゃないかな」
「契約?」
「魔術師と精霊は契約を結べるんだ。お互いの魔力が同じ性質を持つようになって、より効率的に魔術を使えるようになるんだよ。魔術師側は魔力が強まるメリットがあって、精霊側にとっては優秀な魔術師を主にできる。精霊にとって、これはとても名誉なことなんだ」
 ふーん、とラスターは気のない返事をした。
「で、その契約を結んだ魔術師と精霊は、なんでこんな村を冬に閉ざしたんだ?」
「それを調べるのが、俺たちの仕事かな」
 ラスターが少し苦い表情を浮かべたとき、シノがわざとらしくハンコを押す音を立てた。突然響いた「どんどん」という重苦しい音に、ギルド利用者たちの視線がこちらに向いたのが分かる。
「出発するなら防寒着をきちんと用意しておいた方がいいわね」
「そうだね、この服装だったら凍えてしまうよ」
 ノアはちょっとだけ肩を竦めた。ついこの前、冬物の服をしまったばっかりだ。もう一度あれを引っ張り出さなければならないとなると、ちょっと億劫だった。
「あとは……魔術に詳しいあなたに、わざわざ言うことではないと思うけれど……。精霊の力で変えられた天気には明らかに魔力が含まれてる。すぐに分かると思う」
「ありがとう、シノ」
「気を付けてね」
「うん。行ってきます」
「戻ってきたらあったかい飲み物を用意しておいてくれよ?」
 調子のいいラスターの口説き文句は、シノには通じないようだった。
「あなたの顔にぶちまける用?」
「ははは、ヤンチャなお姫様だ」
 ノアはラスターの外套を引っ張った。早く準備をして出発するぞという急かしにも負けず、ラスターはギリギリでシノに投げキッスを放つことができた。が、シノは既に他の依頼受注対応に意識を向けていたので結果的には不発で終わってしまった。
 ノアとラスターは早速プレメ村へと向かう。一応、本当に「一応」という前提で荷物袋には冬服が詰め込んである。おそらく氷の魔術を展開する類いの何かがいて、プレメ村が巻き添えを食らった可能性だってある。今頃普通に夏を迎えていてもおかしくはない……などと、たわいもない雑談を繰り広げていた二人の足は、同時にぴたりと止まる。
 依頼書の中身は本当だった。
 しかも、想像以上に酷いありさまだった。
 プレメ村に差し掛かる街道の入り口付近が、まるで切り取られたかのようにして急に「冬」になっていたのだ。
 ラスターは木陰をそれとなく指し示した。ギリギリ「夏」の側にある木陰だ。ノアは無言で頷いた。荷物袋に押し込んであった冬服は早々に出番を与えられたというわけだ。
「信じられない」
 ノアは、防寒着の襟元を正しながら、積もる雪に脚を突きさす。脛のあたりまで積もっている雪は踏み固められているわけでもないのでそれなりに歩きづらかった。ラスターも周囲を警戒しながら脚を動かしているようだが、今警戒すべきは自分たちが正しい道を辿っているかどうか、である。幸い天気は良好なので、太陽の位置で大体の方角が分かるのは救いであった。日差しは明らかに夏なのに、雪と冬の冷気が体温を奪いにやってくる。温度差で風邪をひいてしまいそうだな、とラスターは思った。
 ただし、天候が異常なこと以外はすべてが順調だった。例え自然豊かな森の中とはいえ、こんな異常気象に見舞われたエリアに野生動物の姿などあるわけもない。それは魔物においても同じことがいえる。例外として涼みにやってきていたらしいゴブリンの姿があったが、こちらに襲い掛かってくる様子もなかったのでノアもラスターも刺激しなかった。
 ぼさり、と木に積もった雪が落ちる。日差しが妙に熱いのを除けばこのエリアは完全なる冬だ。
「ノア!」
 先頭を進んでいたラスターが声を上げる。ノアが駆け寄る(といっても雪に脚を取られていたので全く走れてはなかったが)と、小柄な少女がこちらをじっと見つめているのが分かった。防寒着をがっつり着込んでいるので特徴を掴みづらいが、彼女が大きな花柄を好いていることはよく分かった。
「あなたたちが、ギルドの人?」
 少女は白い息を吐きながら問いを投げた。
「そうです、ギルドの依頼でやってきました!」
 ノアが答えると、少女は顔をぱっと明るくさせて、こちらに近寄ってきた。
「ようこそ、プレメ村に!」
 そして、ノアの手を取った。
「私が依頼主のフロルです!」
「…………」
 ノアはフロルの姿を見て、真っ先に自分の弟妹たちを思い出した。ノアと一番歳の近い妹が二十三歳なので、それよりももう少し幼いくらいか。ラスターが頭を軽く抱えたのが分かる。ノアもラスターも「村長代理」という言葉に騙されていたことに気が付いたのだ。
「えっと、フロルさん」
「はい!」
「村長代理、というのはどういうことでしょうか」
 ノアが妙に真剣な空気を醸し出していることに、この少女はきちんと気づいたらしい。握った手をぱっと放して、まるでイタズラを叱られた子供のようにしてそっぽを向いてしまった。
「ああ、ごめん。君を叱りたいわけじゃないんだ。こんな大雪の中なのに、どうして君が依頼を出したのかが気になって」
 少女は目だけを動かしてノアを見た。
「だって、父さんが依頼を出してくれないんですもん」
「君のお父さんが?」
「私、村長の娘なんです」
 フロルはそう言って、プレメ村の方へ数歩歩いた。
「ついてきてください。こんな寒い中で立ち話というのも大変ですから」
 そして、そのまますたすたと歩き始めてしまった。ノアとラスターは慌てて彼女の後を追った。もともとこの一帯は豪雪地帯というわけでもない。冬になれば多少の雪が積もるが、ここまでひどいものではない。結局、フロルもノアもラスターも雪道をそれほど歩き慣れてはいないのだ。否――ラスターに関しては、持ち前の器用さであっという間に歩行法を身に着けてしまったようだが。
「それで、どこに連れて行ってくれるんだ?」
 あっという間にフロルに追いついたラスターは馴れ馴れしく話しかける。フロルが警戒したことにも気づいているが、あえて無視した。
「私の家です。暖炉があって、あったかいですよ」
「それって、つまり村長の家ってことか?」
「そういうことになります」
「村長……あんたの親父さんは、この大雪を解決したがっていないんだろう? 俺たちを歓迎してくれるとは思えないんだが」
 フロルの動きが止まった。その隙にノアが追い付いてきた。ノアの視線が「どうしたの?」という問いを投げてきたので、ラスターがそれに答えようとした、そのときだった。
「……立ち話でも、私の話、聞いてくれますか?」
 涙目のフロルに、ノアもラスターも頷いた。フロルは小さくため息をついて、意を決した様子で話し始めた。
「私はフロルといいます。プレメ村の村長の娘で、歳は十七」
 そう言ってフロルはぺこりと頭を下げた。十七にしては随分と幼く見えるが、余計なことを言って彼女を怒らせるほどラスターはバカではない。
「私はノアと申します」
 ノアはギルドの登録証明書を示しながら自己紹介をした。フロルはノアの名前を見て、それからもう一度ノアの顔を見た。
「ヴィダル、ってあの……大賢者さんの息子さんですか!?」
 一気に興奮のボルテージが上がっていくフロルは、雪の上をぴょんぴょん跳ねながら独り言を繰り出す。それでも足りないのか雪道を軽くたたき始めた。
「えっ、やだ、どうしよう……本物だ、あっ、あのあのあの、わ、私も魔術を独学ですけど頑張ってまして、あ、でも、あああ……どうしよう、何をしゃべればいいのか……」
 対してノアは慣れたものだ。自己紹介の度に驚かれるのは日常茶飯事。フロルが落ち着きを取り戻すのも待たずに、ノアはそっとラスターの方を手で示した。
「こちらは相棒のラスターです」
 ラスターもフロルに会釈をする。フロルは飛び上がってきちんとラスターに会釈を返した。礼儀はある依頼人だった。
「ギルドの依頼でやってきました、ナナシノ魔物退治屋です」
「魔物退治? やっぱりこれは魔物の仕業なんですか?」
「魔物退治屋、っていうのは名前の名残みたいなもので、実際に魔物を退治するばかりではないんです」
 ああ、とフロルは納得した顔をした。
「それで、どうして村長じゃなくて、村長代理のあんたが依頼を出したんだ?」
 本題を切り出した途端、先ほどまでの天真爛漫な雰囲気はどこへやら。フロルは不満げな顔をした。
「村長……父さんがこの大雪に対してなにもしようとしないから、代わりに依頼を出しました」
 もはや自分の父親に対する不信を隠そうともしていない。しかし、ノアにはフロルの気持ちが分かった。こんな大雪が夏に訪れてしまえば、村の蓄えには大打撃。だというのに対抗策を講じない。フロルが怒るのも無理はなかった。
「どうして君のお父さんは、依頼を出そうとしなかったの?」
「分からないんです」フロルは唇を尖らせた。
「理由を聞いても答えてくれないし、バカの一つ覚えみたいに『このままでいいんだ』なんて……! これから暑くなって、野菜がグングン育つ季節だったのに……このバカげた冬のせいでみんなおしまい!」
 フロルは地団太を踏んだ。雪が申し訳程度に舞い上がった。
「うーん……」
 ラスターは考えた。村長にこの冬を保ち続ける利点があるのだろうか。普通に考えれば畑の作物には大打撃。その被害を差し引いてでも捨てられないメリットがあるのだろうか。
「だったら、先に冬の原因を見に行こうか?」
 ラスターとフロルが同時にノアの方を見た。
「場所、分かるのか?」
「これだけの魔力で展開された空間なら、術者の位置を特定するのは簡単だよ」
 ノアの視線が森の向こうを捕らえた。すかさずフロルが口を開く。
「あっちは森ですね。途中から冬の支配から逃れられていますが、正直何があるか分からないので……。最近、村の人たちはあんまり近づかないんです」
「だからこそ、術者が居住地に選んだのかもしれないね」
 正確には「術者」というのは適切ではない。出発前にシノが言っていたように、この異常気象が「精霊」によるものであるのなら、精霊の性質がこの雪を呼び寄せているのだから。
 だが、ノアにはその元凶となるものの位置がはっきりと分かった。
「帰り道は分かるんですか?」
「雪の森で迷ったら死だろうけど、うちには優秀なガイドがいる」
 ラスターのペンダントから飛び出してきたのは影の魔物であるフォンだった。フロルがちょっと驚いたのも無理はない。この「影の魔物」は埋葬されていない遺体を住処とする魔物だからだ。
「最悪、こいつに道案内を任せればいい」
 フォンは自信満々に輪郭を変えて、ラスターのペンダントに戻っていった。
「それじゃあ、行ってみようか。フロルはどうする?」
「私も行きます!」
 即座に食いついた彼女は、ノアの前に躍り出た。
「森についてなら、多分あなたたちよりも詳しいと思います!」
「ありがとう。もしも魔物が出てきたら俺たちが守るから安心して」
 ノアは腰の剣に手をかけた。できれば、これの出番がない方がいいな、なんて考えた。
「ありがとうございます、でも私も魔術を使えるんですよ」
 ふふん、と胸を張ったフロルが展開した術は、炎魔術の基礎的なものだった。
「雪に炎か、頼もしいな」
 ラスターが素直に褒めると、フロルは頭を掻きながら笑った。
「普段はココアやコーヒーを淹れるのにしか使わないんですけどねぇ」
 ひゅう、と風が唸る。三人は意を決して、冬の中心地へと向かった。



 ※毎日更新していきます※

第二話 暴走


第三話 精霊と少年


第四話 閉ざされた村


第五話 村人の怒り


第六話 光明


第七話 二手に分かれて


第八話 ノアの授業


第九話 真実を手に


第十話 暗雲


第十一話 雪曇りの下


第十二話 ラスターのおはなし


第十三話 一歩ずつ雪を踏みしめて


第十四話 目覚め


第十五話 風の名前


第十六話 決着


第十七話 あなたの声がきこえる


第十八話 春一番の向こう


エピローグ


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)