見出し画像

【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第七話 二手に分かれて



   第七話 二手に分かれて

 翌朝。
 雪かきと朝食を終えたノアたちは、早速それぞれのすべきことに着手することにした。外は随分と穏やかな天気だ。昨日、こちらに敵意を向けてきた村人たちが詫びにといろいろな食材を持ってきてくれたが、ノアもイルク司祭もそれを丁重に断った。ただでさえ突如訪れた冬のせいで、食料の備蓄に陰りが見えているのだ。それを奪うようなことはしたくない。
 ラスターはリンゴを食べたかったようで、銀貨五枚(かなり高額だ)を支払って購入していたが。
「ヒョウガくんは、アマテラスの出身なんですか?」
 ベッドから本来の用途に戻った長椅子に腰かけながら、フロルは隣のヒョウガに話しかける。本人はヒョウガのレクチャーにこっそり同席し、ノアの授業を受けるつもりのようだ。こっそり、というのがフロルにとってはとても重要なのだが、誰から見てもバレバレだ。
「見れば分かるだろ」
 その言葉に、フロルはきょとんとした。言葉の意味を分かっていないらしい。
「アマテラス人には精霊の血が流れているから、角が生えたり、人にはない特徴が出てきやすい。必ずそうなるわけじゃない、らしいけど……」
 慌てて補足を投げたヒョウガに、フロルは「へぇ!」と声を上げた。
「そうなんですか、かっこいいですね。角かぁ……私もちょっとほしいかも」
 この辺りに、とフロルが示したのは、生え際のあたりだった。
「それで、ヒョウガくんは精霊さんと一緒に、アマテラスからはるばるこの村に来たんですか?」
「別に、目指してたわけじゃない。普通に旅をしている中で……魔力が上手く扱えなくなって、周囲を冬に閉ざし始めた辺りから、人気のない場所に逃げてただけ」
「…………」
「それで、この辺りに逃げてきたとき……村長から、ここにいてほしいって」
「村長が!?」
 飛び上がったフロルにヒョウガが驚く。怯えが混ざっている彼の様子を見て、フロルは冷静になって長椅子に腰かけた。咳払いを何度かして、なんとか落ち着きを取り戻す。
「ヒョウガくんは、どこに住みたい……とかありますか?」
「え……」
 フロルはじっとヒョウガを見つめる。純粋な疑問だ。他意はなさそうだった。
「今は、考えてない。この国を旅したいなって思ってる」
 フロルは「おおー」と小さな感嘆の声を上げた。
「お前は?」
「え?」
「お前は、考えたことないのか? ……村を出たいとか、そういうの」
「私は……ないですねぇ。私、プレメ村が大好きです。だから、他のところに住むなんて考えたこともなかったです」
 フロルは幸せそうに笑った。ヒョウガがきちんと魔力を扱えていれば、彼女が愛する本来のプレメ村を見ることができただろう。が、現状、それは叶わない。
「……すごく、いいと思う。実際、ここはアマテラスよりも居心地がいいし」
「やっぱり、アマテラスとは全然違うんですか?」
 ヒョウガは深く頷いた。
「アマテラスは実力主義だから、この国と違う」
「実力主義……」
 フロルは背筋を伸ばした。彼の言わんとしていることは分かる。ソリトス王国は魔術師至上主義だ。魔力のないものは「アンヒューム」と呼ばれて迫害の対象となる。王都以外の都市では多少扱いがマシになったが、今でも王都では徹底的な迫害が続いている。
「魔力があってもなくても、価値のあるやつはアマテラスで生きていける。でも、オレにはなにもなかった……バカみたいに魔力があっても、活用できなきゃ宝の持ち腐れだ」
「じゃあ、私もアマテラスだとヒョウガくんと同じですね」
 フロルはえへへ、と笑った。ヒョウガは信じられないという顔でフロルを見た。
「お前は違うだろ」
「どうしてですか?」フロルは首を傾げた。
「私、魔術はあんまり使えないんです。魔力を持っていてもほとんど役に立たないんですよ。だから同じです」
「お前は……美味いココア作れるだろ」
 ヒョウガは顔を背けた。
「だから、その……」
 慣れないことはするものではない。みるみるうちに顔が赤くなるヒョウガをみて、フロルも連鎖反応を引き起こす。
「あっ、ああっ、あり、ありがとうございます……」
 今にも蒸気が出てきそうな、いや、ちょっと出ていたかもしれない。ゆでだこのように真っ赤な二人は、最早ニヤニヤ笑いをちっとも隠そうともしないラスターの存在に気付いていなかった。ちょうどヒョウガがアマテラスの話をし始めた頃にやってきたラスターは、別に隠れるつもりなどなかった。ただ、変な方向に盗賊の勘が働いたのだ。
 ただし、いくらラスターの勘が鋭くてもどうにもならないものはある。例えば――。
「さあ、授業を始めよう」
 鈍感隊長ノア・ヴィダルが、二本の瓶と栓抜きを持ってやってくるとか。
 ラスターは颯爽と教会の扉に近づいて、大声で叫んだ。
「ヒョウガ! ちょっと精霊くん借りるぞ!」
「えっ!?」
 突然のレンタル宣言へ反応が遅れるヒョウガに情け容赦などない。ラスターは「ありがとう!」とあたかも許諾を得ましたと言わんばかりのムーブをぶちかます。ノアは息をついた。
「変なことはしないよ、多分村長を言いくるめに行ったんだ」
「で、でも……」
「不安だったら、今すぐ連れ戻してくるけど……」
 ヒョウガは少し迷ったが、ゆっくりと首を横に振った。今は一分一秒が惜しい。昨日の襲撃を考えても、精霊の調子は比較的良好だ。大寒波襲来並みの極悪吹雪を呼び寄せるようなことはないだろう……多分。
「授業、してくれ」
 一抹の不安はあったものの、ヒョウガはそう告げた。ノアは優しく微笑みながら、二人に瓶と栓抜きを手渡した。
「二人とも、まずはこれを開けてみてくれる?」
 その指示に、フロルとヒョウガはやや困惑していたが、大人しく瓶を開けた。フロルはちょっとだけてこずっていたが。
「お見事。中身は飲んでもいいよ」
「プレメ村特産のはちみつりんごジュースですね」
 フロルはすぐに中身に口をつけた。ヒョウガもゆっくりと飲む。リンゴのやさしい甘さに、はちみつの風味がそれとなくアクセントを加えている。飲みやすく、後を引く美味しさだ。
「今、二人が瓶を開けられたのは栓抜きの使い方を知っていたからだよね?」
 ノアが手を掲げる。手のひらから柔らかな白い光が現れて、あっという間に球体を作り出した。
「魔術も同じ。魔力の使い方さえわかれば、この世の魔術の九割は取得したも同然だ」
 白い球体はしばらく大人しくしていたが、急にくねくねと形を変えた。犬の形。ニワトリの形。あとは……よく分からない形。アメーバ状の魔物かなにかだろう。
 フロルとヒョウガは目を輝かせる。はちみつりんごジュースを飲むのも忘れて、ノアの魔力に見入っている。
「さあ、始めよう。魔力の扱いをマスターすれば、今、俺がしたみたいに……」
 魔力がはじめる。いよいよ二人のテンションは最高潮。だが、
猫とインコと人間の形・・・・・・・・・・を作ることができるよ」
 この一言で、二人には一気に不安がよぎった。
 ノアはあまり手先が器用ではない。いくら粘土を自在に操ることができたとて、表現力がなければ何かを形作ることはできない。それと同じ話である。
 
 一方。ラスターは精霊と共にまっすぐ村長宅へと向かっていた。その足取りを把握したらしい村人から都度謎の激励を受けたが、ラスターはそれを適当に流す。昨晩は結構な大雪だったが、純粋な村人はそれを「自分たちが精霊を襲撃したから」だと思い込んでいるらしい。大助かりだ、とラスターはご機嫌で道を行く。精霊はその様子をただ見ていた。あまり自分がかかわるべきではないと判断していたようで、実際それは正しかった。
「それじゃあ、手筈通りに」
 道中、二人は軽く打ち合わせをした。といっても精霊はラスターの指示に従うのみで、特に何かがあったわけではないのだが。
 ラスターは村長宅のドアをノックする。現れたのはふくよかな女性だった。目元がフロルに似ている。彼女がフロルの母親なのだろう。
「村長はいらっしゃいますか?」
「あなたは……」
「伝えてください。『冬が終わりますよ』って」
 女性はその言葉の意味を分かったかのようなそぶりを見せて、少し嬉しそうに引っ込んでいった。
 扉の向こうから怒鳴り声が聞こえる。精霊が不安そうにラスターを見たが、ラスターは上機嫌に鼻歌を歌っていた。
 乱暴な足音が聞こえる。爆発音のような音を立てて扉が開く。
「冬が終わりますよ」
 ラスターはゆっくりと告げた。子供に何かを言い聞かせるときの口調だった。
「お前らは、フロルが連れてきた魔物退治屋か?」
「ええ。あなたの娘さんが、村を案じて我々を雇いました」
 話が早い。ラスターは口元にわずかな弧を作った。
「調べた結果、この冬は一過性のもののようです」
 また息をするようにして嘘をつくラスターの後ろで、精霊が背筋を伸ばす。
「そうだよな、精霊さん」
「……村長?」
 精霊の口から、とんでもない一言が飛び出す。
「そなたが、村長なのか?」
 ラスターは思いっきり精霊の方を見て、そして村長の方を見た。村長はへなへなとその場に座り込む。
「我々に、ここに留まるよう告げた者は……確かにこの村の、長を名乗って、……しかし」
 これは、少し面倒なことになった。ラスターは小さく息をついた。
「どのみち……終わらない冬はない。我々がここに留まったとしても、雪解けは、いつか、訪れる」
 精霊の言葉に、村長は絶望の色を見せた。ラスターはその場にしゃがみ、村長に視線を合わせようとした。
「なぁ、村長さん。あんたはどうして冬を手放したくないんだ? 何が原因なんだ?」
 村長は答えない。ラスターは彼の頭を掴んだ。精霊が何か言いたそうにしたが、ラスターはそれを制した。
 軽く力を込めて顔を起こすが、村長は反応しなかった。
「おしまいだ……なにもかも……」
 悪夢にうなされるかのようにして、独り言を呟くのみだった。ラスターはどうしたものかと考えた。そして少し苛立った。あのフロルの父親を悪く言いたくはないが、この有様でよくもまぁ村長なんざできたものだと思う。
 精霊がラスターの傍に来る。どうする? という無言の問いを感じる。
「……手段がないわけじゃないが、うーん……どうするかなぁ。爪の一枚か二枚を剥げば正気に戻ると思うけど、さすがにそれは可哀想か」
 ラスターは戸をノックした。向こうから気配がやってくる前に村長を担ぐ。結構重かった。
 扉を開けた女性に、ラスターは困った笑顔を作りながら告げた。
「村長が気絶してしまって……」
 怒られるのでは、と思った精霊の不安は、ものの見事に杞憂となった。女性は大きなため息をついて、これ幸いと言わんばかりに男性を小突いた。
「ホント小心者なんだから! 村長なら村長らしく、もっとしっかりしてちょうだいよ!」
 まるで財布をひったくるかのようにして村長の体を引っ張った女性は、ラスターと精霊に何度も頭を下げた。その様子もフロルに似ている。仮にフロルがいなかったら、ノアたちに依頼を出していたのは彼女だったかもしれない。
 ラスターは軽く挨拶をして、村長宅を後にした。精霊も後に続く。
「災難だったな」
 数メートル歩いたところで、声をかけられる。ラスターにリンゴを売ってくれた村人だった。
「今の村長はちょっと臆病なんだ。奥さんとフロルちゃんが豪胆でさ」
「なるほどね」ラスターはちょっと間を置いてから、話を切り替えた。
「リンゴありがとうな、美味かった」
「そうだろ?」村人は両目をギュッとした。精霊が若干首を傾げた。ラスターも村人の行動の意味を考えたが、すぐにウインクだと分かった。
「しかし、ほんとにいいのか? リンゴ一つに銀貨五枚って。わりに合わないだろうに」
「価値のあるものには相応の報酬を支払いたいのさ」
「かぁっこいい!」村人はラスターの腕をつついた。
「ところで、これからどちらに?」
「ああ、今から買い物だよ」
 村人はカゴを掲げながら答えた。
「村が冬に閉ざされて、買い物に出るのも大変でね。生活必需品は行商人に頼るしかないのさ」
「へぇ、なるほどな。よかったらついていっても?」
「いいけど、面白いものは売ってないぞ?」
「問題ないよ」
 ラスターは精霊に手をひらひらと振った。ついてこいという合図だった。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)