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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第六話 光明

   第六話 光明

 村人の怪我は皆軽傷だった。精霊は随分と手加減をしてくれたのだな、と分かる。ラスターが何とか食らいつけるレベルの剣術を繰り出すのだから、村人が相手だったら実質即死していてもおかしくない。
 ノアは今日だけで相当な量の「痛みやしびれはありませんか?」を言ったような気がした。治癒の魔術の副作用として現れる症状の確認は、どこの学び舎でも「治癒の魔術を扱うにあたって必須とされる対応」として叩き込まれる。
 最後の村人が帰ってから、ようやくノアたちは司祭から教会の説明を受けることができた。
「村で一番大きな施設だからね。ベッドはないけど……」
「いえ、お気遣いありがとうございます。助かります」
 司祭はにこりと笑った。ノアたちはあっという間に司祭の部屋まで案内された。窓が一つある質素な部屋ではあったが、中央に大きめのテーブルがある。フロルが席に着いた。ノアたちも彼女に従い適当な席に腰かけた。
「私はイルクと申します。プレメ村で十年ほど司祭をやっております」
 イルク司祭の挨拶に、ノアとラスター、ヒョウガも同じように自己紹介をした。精霊は変わらず外にいるようだった。気配からして屋根の上に寝転んでいるようだ。
「冷たい風に、私たちを巻き込まないようにしてくれているんですよ!」
 フロルの熱の入った説明にノアたちは納得した。ヒョウガは「前はあんなに強い風をまとっていなかった」と言った。ノアはあえて口を閉ざした。魔力の暴走の影響がそこにも出ているからだ。余計なことを言って人を傷つけるほど、ノアはバカではない。
 イルク司祭は菜の花色の髪をオールバックにして、前髪の一部を前へ垂らしていた。オリーブグリーンの眼は常に優しい雰囲気をまとわせており、フロルが信頼するのも当然といえよう。耳を飾っている銀のピアスには僅かな魔力が宿っている。聖職者にとっては一般的な装飾だ。宗派によってはピアスではなくイヤリングの場合もあるが。
「イルク司祭は、この冬をどうお考えですか?」
 ノアの問いに委縮したのはヒョウガだった。すかさずフロルがヒョウガの手を取った。大丈夫だよ、という声かけに代わる行動をヒョウガも理解できたらしい。
「私は村長と反対の立場ですね。つまり、フロルさんと同じ立場です。どんな理由があれ、この冬は終わらせなければならないと考えています」
「原因に心当たりはありますか?」
 ノアが問いを投げるたびに、ヒョウガが委縮する。「原因はオレだろ……」という呟きに、司祭は緩やかなほほえみを見せた。ヒョウガを安心させようとしているのだとすぐに分かった。
「もしも村長も冬を止めたいと思っているのであれば、すぐに原因を探してそれをなんとかするでしょう。今のところ、私も村の人たちも、誰一人としてあなたをどうこうするとは考えていません。ですが、だからこそおかしいのです」
「村の作物……つまり収入だな。暖かい時期にどれだけ作物を収穫できるかがすべてみたいなところに、予期せぬ冬がやってきたら大打撃だ。普通なら、あんたたちを討伐するために何かしら行動を起こしている。こちらからやってくるんじゃなくて、向こうがやってくるはずなんだ」
 ノアより先にラスターが口を開いた。呆気に取られているところにラスターのウインクが飛ぶ。どうやらヒョウガとの信頼関係に余計なノイズが入らないよう、気を遣ってくれているらしい。
 イルク司祭は紅茶を淹れながら、ラスターの言葉に深く頷いた。
「あんたたちを討伐しようとやってきたヤツ、いた?」
 ヒョウガは首を横に振った。その仕草には警戒が混ざっていた。そして、彼は天井に少し目をやった。外の風がわずかに強くなり、その中に何かの声が混ざったのがラスターには聞こえた。
「アイツも、特にそういうのはなかったって言ってる。……さっきのやつ以外は」
「つまり、村の収入がなくなってしまっても、ここを冬に閉ざさないとならない理由があるのです。今のところ、私の障壁魔術でレンゲ畑とミツバチたちは無事ですが……それも、いつまで持つか」
 イルク司祭が皆に紅茶と小さな布の包みを渡す。布の中にはクッキーがあった。三枚のうち一枚はチョコレート味だった。
「俺たちがすべきことはふたつ。まずはヒョウガに魔力の扱い方を教えること。そして、プレメ村を冬に閉ざさないとならない理由を探して、その原因をなんとかすること」
「なるほど……」
 フロルがふんふんと頷きながら、紅茶にハチミツを入れている。ティースプーン六杯目を投入しようとした辺りでイルク司祭に止められていた。
「明日から授業をしようか」
 どこか楽しそうなノアに、ヒョウガはちょっと怯えている。魔術師の知的好奇心ってどいつもこいつもこうなのだろうか、とラスターは思った。が、ノアに関しては別だ。上手く言語化できないが、もう少し人情味がある予感がする。
「大丈夫。そんなに難しいことじゃないから。君なら絶対にできるよ」
 ノアはヒョウガの手にあった布に、チョコレートクッキーを置いた。彼はまだ一枚しかクッキーを食べていなかった。
「……ありがと」
 ヒョウガはクッキーを見つめている。が、少し申し訳ないと思ったのかノアの方に視線を向けた。
「ノアが授業してる間、俺はどうすればいい?」
 クッキーを包んでいた布をきれいにたたみながらラスターが口を開いた。ノアが考えるそぶりをするので、ラスターは畳みかけるようにして告げた。
「調査に走っても問題ないか?」
 ノアの顔がぱっと明るくなった。
「むしろそうしてほしいかな」
「あら、あしらわれてる」
 ラスターは口を尖らせる。
 ヒョウガはその間、ノアからもらったチョコレートクッキーを大事そうに齧っていた。
「ところで……寝床はどうすればいい? ていうかここで寝ていいの?」
 ラスターはテーブルをコンコンと叩きながら問いかけた。イルク司祭は少し視線を逸らしながら答えた。
「礼拝堂の長椅子か……このテーブルの上ですかね……」
「テーブルはともかく、礼拝しに来た人びっくりしちゃうんじゃない?」
「それは大丈夫です!」
 フロルが胸を張った。
「ここは結構、簡易宿泊所みたいな役割も果たしているんですよ。よく酔っぱらって動けなくなった人とかが椅子で寝てたりします」
 ノアとラスターはイルク司祭を同時に見た。司祭は頭を掻きながら、「へへへ」と笑った。
「面白い人でしょ、これで司祭なんですよ?」
 フロルの辛辣な評価に、ノアとラスターは笑った。司祭は相変わらず照れている。誉め言葉か何かと勘違いしているというよりは、村人に慕われるのが嬉しい様子であった。
 盛り上がる面々からそっと抜け出して、ヒョウガは部屋の外に出る。そのまま廊下の窓を開けた。冷たい風が入る。上から精霊が下りてきて、ヒョウガのことをじっと見つめた。常に目が閉じられているとはいえ、ものを見るのに支障はない。
 ヒョウガは精霊に手を出すよう伝えた。彼の青い手の上に、ヒョウガは布の塊を置いた。
「お前の分」
「……精霊は、基本的に食事を必要としない」
「いいから、食えよ」
「…………」
 精霊は、そっと包みを開いた。
 クッキーが二枚。そのうちの一つは、チョコレートクッキーだった。
「明日から、修行、頑張るから」
「…………」
「そしたら、また、いろいろな話できるよなっ」
 精霊はゆっくりと首を縦に振った。
「オレ、頑張るから……。冬をきちんとしまえるようになったら、また、名前呼んでくれよな」
 ヒョウガはそのまま、精霊をじっと見つめた。どうやらクッキーを食べるまで見張るつもりでいるらしい。精霊はプレーンクッキーをつまみ上げて、そのまま一口、二口と齧った。
 ヒョウガの目元が幸せそうに細められる。精霊は窓を閉めた方がよいのではないか、と思ったが、どうやらヒョウガは自分がクッキーを食べ終えるまでこちらを見張るつもりでいるらしい。
 クッキーは優しいバターの匂いにほのかな甘さが溶けていた。もしも日輪島を脱出できていなければ、こういった菓子を口にする機会すらなかっただろう。
 契約の力に頼らずとも、それができていればよかったのだが。
 
 その日は夕食を終えて、そのまま礼拝堂の長椅子をベッドにして眠ることになった。固い椅子にもふわふわのクッションを敷き詰めればなんとか簡易ベッドになるらしい。規則正しい寝息があちこちから聞こえる中、ラスターは窓の外を見つめていた。
「眠れないのか?」
 外で精霊の声がした。ラスターは肩を竦めた。
「あんたも?」
「……精霊は、睡眠を必要としない」
「そっかぁ」
 吐息が窓ガラスを曇らせる。
「いいなぁ、俺もそうなりたい」
 雪が、静かに降っている。遠慮なく地面に積もっている。
 明日は雪かきからスタートだろうか、なんて、そんなことを考えた。


気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)