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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第五話 村人の怒り

 第五話 村人の怒り

 精霊は教会の扉のすぐそばにいた。可能な限り気配を消して、建物の影にじっと佇んでいる。腕を組み体を縮こませているのは寒いのが理由というわけではなさそうだ。
「あ、よかった。皆さん心配して――」
 フロルは何も考えずに精霊に近づいた。途端、冷たい風が吹く。フロルは思わず小さなくしゃみをした。精霊の眉間にしわが寄る。
「ごめんなさ……、っくしゅん!」
 フロルは思いっきり下を向いて再度くしゃみをした。精霊が一歩後ずさる。風が弱まったのが分かった。フロルは顔を上げて、まじまじと精霊を見つめた。
「あなた……」
 精霊が再度、フロルと距離を取る。風がより一層弱まるのが分かる。
「とっても優しい精霊さんなんですね」
 フロルは一歩踏み出した。精霊が明らかに困惑する。
「そんな、ことは……」
「冷たい風をまとっているから、私たちに気を遣って、お部屋の中には入らなかったのですね」
「…………」
 フロルは微笑んだ。だが、教会の暖房設備の性能はあまりよいものとは言えないし、この様子だと精霊本人がそもそも熱に弱いのだろう。それならば外に出ていた方がよいというのも分かる。ヒョウガには自分から説明すればいい。いや、そもそも分かっているかもしれない。
「あれ?」
 フロルはこのとき、教会に向かってくる村人たちの姿を見た。全員が鍬や鎌を持っているのでフロルは不思議に思ったが、精霊の雰囲気が明らかに変わる。先ほどまで雪が穏やかに降り続いていたのが、急に吹雪く。
 フロルはぎょっとした。猟銃を持っている村人もいる。
「……お前が」
 その村人が、憎悪を込めて言った。
「お前が、この村を雪まみれにした元凶か?」
 フロルが咄嗟に「違います!」と否定するのと、彼が銃を構えるのは同時であった。だが、フロルはそれどころではなかった。彼女が否定の言葉を口にしたのと同時に、精霊は刀を抜く。突き付けられた猟銃にひるむことはない。相手は熊やイノシシを撃つ経験はあるかもしれないが、人間――精霊は人間ではないが、ともかく人間の形をしたものを撃つのには抵抗がある。その隙を逃す彼ではない。村人が引き金を引くか引かぬか迷う間に、銃身を両断したのだ。
「!」
 音は雪に掻き消える。が、その兆候を聞き逃さない者がいる。
 教会の内装を興味深く観察(ノアからは「物色」にしか見えなかったが)していたラスターが、急に教会の扉の方を見る。
「戦闘か?」
 投げた問いの答えを聞くことなくラスターは外に飛び出た。すぐにノアとヒョウガも続く。司祭は慌てたのか、段差で転びそうになりながらついてきた。
 教会前は凄まじいことになっていた。
 腕や足を抑えながらうずくまり、雪上に転がり、思い思いの痛がり方をしている村人の傍には鎌や鍬、猟銃が転がっている。そのすべてがきれいに真っ二つにされており使い物にならなくなっていた。
 精霊は刀の切っ先を、一人の村人に向けていた。彼の手元に転がっていたのは爆発物だ。主に熊などの猛獣を脅かすのに使われる。が、爆発する前にズタズタにされて、起爆装置が使い物にならなくなっている。随分無理矢理な対処である。
「また……!」
 絶望の声を上げるヒョウガに、フロルが飛びつく。
「違うんです! 精霊さんは、私を守ってくれたんです! 村の人たちが先に襲い掛かってきたから……! 雪を呼んだのはお前か、って……!」
 その言葉にラスターが眉をひそめた。ノアも少し目を見開いた。
 ――村人も、冬の終焉を望んでいる?
 二人は顔を見合わせた。ノアが小さく頷く。ラスターはその意図を汲み取った。
「バケモノめ! お前のせいでウチの野菜はみんなダメになった! 司祭さまが結界を展開していなかったら、ミツバチだって全滅するところだった!」
 刀を喉元に突き付けられてもそんな言葉を吐き出せるとは。ラスターは村人の度胸に感心した。が、精霊が再び暴走状態に陥った場合、彼らの安全は保障できない。ヒョウガが村人の誤解を解くために下手な動きをして、危機に陥ったときが一番危ないのだ。
 もしもそんなことになったら、精霊は容赦なくここにいる村人を全員斬り殺すだろう。
「誤解です、誤解なんですよ村人さん!」
 だから、ラスターの役回りが必要になる。
「このお方は村を冬から救うために呼ばれたスペシャリストです。目には目を、歯には歯を。そして、冬には冬を! 私たちはナナシノ魔物退治屋、ギルド公認の組織です」
 ラスターは二枚の紙をぴらぴらさせた。一枚目はギルドの登録証だが、二枚目は適当な雑紙である。精霊の登録証を偽装しているのだ。
「そんなでたらめ、信じられるか!」
「果たしてそうでしょうか?」
 ラスターは少しわざとらしく、その場を歩く。詐欺師みたいだ、とノアは思った。うっすらと積もった雪の上に足跡が残る。ラスターは精霊の背中をつついた。その刺激で彼は我に返ったようだ。吹雪がゆっくりと落ち着きを取り戻し始めた。
「ここしばらく、この村では雪が降り続いていますね? ですが、俺たちにかかれば天候を元に戻すことができます。今、天気が穏やかなのは彼がここを閉ざす冬に干渉したからですよ?」
 ラスターはごく自然に精霊の肩を抱いたが、精霊は微動だにしなかった。ノアは妙にほっとした。あの精霊、この状況を理解できている。そして、自分がどう振る舞えばいいのかも分かっている。彼は正しく冷静だった。そうでなければ吹雪で全員が雪に埋もれるか吹き飛ばされるかしていたことだろう。
「実際、あなたたちが彼に殺意を向けた途端に雪が強まりましたね? あれはこの精霊が『冬に干渉する』際の集中力が切れてしまったのが原因なのです」
 ヒョウガが挙動不審になるので、ノアはそれとなく立ち位置を移動した。村人にバレたらラスターの嘘が台無しになる。
「ほーら。その証拠に、俺が精霊くんの肩を抱いたら、雪が落ち着いてきたでしょう?」
 村人ははっとした。ノアは全身の力が抜けてしまいそうになった。フロルとヒョウガも驚いている。フロルはともかくとして、ヒョウガは騙されるわけのない立場なのだが。
「そ、そうだったのか……」
「俺たちはなんてことを……」
 ラスターの目元が弧を描く。ほくそ笑むな、とノアは思った。
「いえいえ。むしろ説明もなしにここにきてしまった我々の配慮不足を謝らねばなりません。申し訳ございませんでした!」
 勢いのいい土下座を繰り出すラスター。慌てる村人たち。ノアはラスターの頭を踏みつけてやろうかな、なんて考えていた。ヒョウガが不安そうにこちらを見るので、大丈夫だと告げた。
「ケガをされた方はこちらへ。治癒の魔術をかけます!」
 その時だった、司祭が教会の扉を大きく開け放ちながら声を上げた。
「あ、俺も手伝います」
 そこにノアが加勢する。村人たちはぞろぞろと教会へと入っていった。
「……よいのか?」
 精霊がラスターに問いかける。
「何が? 嘘をついたこと?」
 精霊は黙してあえてなにも言わなかった。
「……あ、精霊くん、よかったら手伝ってくれる? この辺りの物騒な道具、全部回収しておきたいな」
 ラスターは全く悪びれなかった。精霊が黙した隙に甘えた。真っ二つになった鎌だの鍬だの猟銃だのを拾いあげるラスターを見ていた精霊は、ほどなくして足元に落ちていた棒切れを拾った。手作り感あふれ出るそれは、どうやら槍の一部分だったようだ。
「踏んづけないように気を付けてくれよ、痛いから」
 ラスターはからからと笑い声をあげる。
 精霊は少し戸惑いながら、村人の武器だったものを回収した。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)