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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第四話 閉ざされた村

   第四話 閉ざされた村

「ほら、行こう」
 ヒョウガの指示に精霊はコクンと頷いた。先ほどまで殺気迸る勢いで斬りかかってきた精霊は随分とおとなしくなっていた。
「もしかして、俺の制御干渉が悪かったのかな」
 精霊の変貌っぷりにノアがそんなことを言いだした。だが、精霊はくるりとノアに振り向くと、首を横に振った。
「余計なことを口にすると、また……ああなってしまう。だから、よいのだ」
 おそらく、この雰囲気が彼の素なのだろう。口を閉ざしているのもヒョウガだけではなく、ノアたちのことも守ろうとしてくれていると考えてよさそうだ。
「精霊さんには名前がないんですか?」
 そんな中、フロルがヒョウガをじっと見つめながら質問をする。ヒョウガは雪道を見つめたまま答える。
「あるけど……名前を呼ぶと、すごく暴走しやすくて……。だから、最近は呼んでない。オレも、あいつも」
「そうなんですか……それなら早く解決して、またお名前を呼べるようになるといいですね」
 ヒョウガの受け答えが妙にぎこちないが、これは相手がフロルだからというわけではなさそうだ。
「名前を呼ぶだけで暴走するなんてことがあるのか?」
 声を潜めたラスターの問いに、ノアも声を潜めて答えた。
「精霊と契約した人は精霊と魔力を共有する形になるんだけれど、その制御を外す鍵がお互いの名前なんだ。本来であれば、ただ普通に名前を呼ぶだけでは発動しないのだけど……」
「ヒョウガの場合は、魔力が制御できないから難しいと」
「そういうこと」
 ラスターは納得した。また一つ賢くなってしまった。
「それで、ノアはどう思う? あの子と精霊に関して」
「精霊はともかく……ヒョウガくんは警戒がすごいね」
 森を歩きながら、ノアとラスターは今後について改めて話し合う。村までの道案内を兼ねて先頭を行くフロルが、ヒョウガと精霊を見ていてくれているのは二人にとって非常にありがたかった。
「根底に人間不信があるヤツの特徴だよな」
 ラスターはそう言って、雪で折れそうになっている枝をつついた。急激に重みから解放された枝が勢いよく跳ねて、鈍い音をこぼした。フロルが「危ないですよ!」と叫ぶ。ラスターは頭を掻いた。あまり反省していないように見えたので、ノアはラスターの背を叩いた。
「それで、本気なのか? あの子に魔術を教えるって」
「本気だよ。彼が魔力を制御できるようになれば、この冬は消えてなくなるから」
 ノアは森の奥に視線をやった。熊の背に見えた黒い塊は、濃い色をした低木の影だった。
「正直きちんと教えられるか心配、というのはあるよ。ヒョウガくんに信頼してもらえなかったら何もできないからね」
「まぁ、あんたなら大丈夫だろ。それに……」
「それに?」
 ラスターは口をつぐんだが、ノアのラベンダーグレイの眼に見つめられて観念したらしい。
「あれは多分、半端に人を信じたがるタイプの奴だと思う」
 ノアは驚いた。
「どうして?」
 ラスターが「ですよね」と言いたげな顔をした。
「ガチの人間不信なら、人を助けない」
「そうかなぁ」
「まだあるぞ」ラスターはノアの目の前で人差し指を突き立てながら語った。
「他人が淹れたココアをすぐに飲んだ。普通なら何かヤバいものが入っていないかを警戒する」
「ラスターは警戒したの?」
「俺?」
 ラスターはおどけた顔と仕草をちょこっと繰り出して、笑った。
「かわいい子が淹れてくれた飲み物で死ぬなら本望でしょ」
「そうかなぁ」
「ともかく! 村に着いたらとっとと村長を尋問するぞっ」
 どうしてあんなにも楽しそうなのだろう。ノアは今にもスキップを繰り出しそうなラスターを見ながら思った。
「あまりひどいことはしないでね。フロルのお父さんなんだから」
「大丈夫大丈夫、ゆるーく優しく丁寧にやりますよ。いつもなら爪をはがしてネイルオフしちゃうところ、今回はきれいに磨いてあげる」
 そういえば誰かが言っていたような気がする。ラスターは人を精神的に追い詰めるのが大好きだと。ノアは剣を強く握った。いざとなったらこれの先っぽで優しくつついてやろう。
 森の木々の密度がほどけて、明らかな街道が見える。道には数種類の足跡や馬車の轍が刻まれている。フロルたちが足を止めていた。どうやら結構な時間待たせてしまっていたらしい。 
「もうすぐ村に着きますから、あと少しの辛抱ですよ」
 どうやらフロルはノアたちが遅れた理由を、疲労が原因だと思っているらしい。
「こっちです、ついたらまたおいしいココアを淹れますよー」
 フロルの言葉に、ちょっとヒョウガが嬉しそうにするのが見えた。彼は無口になった精霊の手を引いて、フロルと一緒に歩き始める。
「ほら、行こ」
 精霊は小さく頷いて、ヒョウガに歩調を合わせ始めた。
「…………」
 対してすっかりおとなしくなったラスターの顔をノアは恐る恐るのぞき込む。
「なぁ、ノア。この轍なんだが」
「おそらく行商人か何かだね」
「結構大きいよな、護衛までつけてさ」
 ノアは足元を見た。自分たち以外の足跡は確かに村に向かっていたが、このすべてが護衛? そんなことがあるのだろうか。……というのが、顔に出ていたらしい。ラスターは「行けば分かるさ」と言った。
「つきました!」
 フロルが声を上げた村は、本当に冬の村だった。村人たちがせっせとスコップで雪寄せをしており、あちらこちらに寄せられた雪が山になっていた。中規模の村だ。森の奥という位置にしては随分と栄えている。建物の造りも随分としっかりしており、貧乏な村ではなさそうだ。行商人の護衛らしき人々も雪寄せを手伝っているのが窺える。彼らは各々のスキルを活かして効率的に作業を進めていた。
 フロルは駆けだそうとした。一刻も早く、この村を冬から救わないとならない。しかし彼女が村に足を踏み入れることはなかった。ラスターが彼女の腕を思いっきり引いて、抱き寄せる形になっていた。
「な――」
「静かに」
 村付近の低木に身を潜めたラスターに倣い、ノアとヒョウガと精霊も同じようにする。
 わずかに会話のようなものが聞こえるが、ノアの聴力ではなんと言っているかが分からない。フロルとヒョウガも同じらしいが、精霊とラスターには聞き取れているようだった。
「フロル、村長があんたを探してる」
「父さんが?」
「村長はどうしてもこの冬を続けさせたいらしい。それで、娘が余計なことをする前に、閉じ込めるんだと」
 なんてひどい! と叫びそうになったフロルの口を速攻で塞いだラスターは、ノアに視線を送った。
 冬の終焉自体は、ヒョウガの努力次第という前提はあれど不可能ではない。だが、村長が何を隠しているのかが分からなければ迂闊に動けない。
 フロルは立ち上がった。ラスターが彼女の手を下へ引いて無理矢理しゃがませる前に、彼女はとんでもないことを口にした。
「さ、私の家に行きましょう」
「……いや、いやいやいや。聞いてた? 俺の話聞いてた?」
「聞いてました。だからこそ話をします。今ならあなたたちもいてくれるから大丈夫です!」
「いやそれなら俺たちが行くからあんたは隠れてて欲しいんですが……」
 フロルがこちらを手招きしながら、家の方へと駆けだす。慌ててヒョウガが追いかける。当然正面を向いていなかった彼女は、向こうから歩いてくる人の存在に気が付かなかった。
「危ない!」
 あわやぶつかる寸前、ヒョウガがフロルの手を思いっきり引いた。フロルの体はヒョウガに思いっきりぶつかったが、彼はしっかりと彼女の体を支えてみせた。
「あ、ご、ごめんなさい……!」
 フロルはヒョウガとぶつかりそうになった男とを交互に見て、ぺこぺこと頭を下げた。
「フロル! ちょうどよかった!」
 男が声を上げた。その拍子に彼の丸メガネは見事に曇った。
「ちょっと来てほしいのですが、よろしいですか?」
「司祭様、私、今すぐ父さんと話をしたいんです」
「すみません、それは後に……旅の人たちも、どうぞ。一緒にきてください」
 フロルは少しむくれていたが、仕方なく司祭の後に続いた。ノアたちも素直についていく。村長に隠れてこっそり、という意図が司祭からは見えていたが、どのみちこんな大所帯では隠れるもなにもないな、とラスターは思った。
 村に隣接する森に身を隠しながら司祭は歩き続ける。十数歩歩くごとに転びそうになるので、そのたびにラスターが彼の服や腕を引っ張って助けてやらなければならなかった。
 やや急な斜面を登りきると、ほどなくして教会が見えてきた。司祭の住まいも兼ねているのだろう。壁には梯子がかけられており、屋根を見ると雪下ろしの跡が見える。なかなかアクティブな司祭だな、とノアは思った。
 ノアたちは司祭に勧められるがままに教会の中へと入る。ラスターが早速探索モードに切り替わっているが、ノアはあえてスルーした。
「村長はカンカンですよ」
 司祭は外套の雪をはらっている。頭、両肩、両腕、胴体、両脚。一つ一つの動作がとても丁寧だ。
「知ってます。父さんは私を閉じ込めたくてたまらないんでしょう?」
「君をずっと屋根裏に閉じ込めるって息巻いています」
 うへー、とフロルは苦い顔をした。
「私、屋根裏嫌いです。夏は暑いし冬は寒いし、あんなところに閉じ込めるなんて考えただけで気が狂いそうになります。でも……」
「冬を終わらせたいのでしょう、分かっていますよ」
 ラスターは教会の屋根を見上げた。村にあるごくごく普通の教会だ。建築様式からしてなんとなくどの宗教なのかは察しがつくが、その情報でラスターたちが不利になることはなかった。窓には随分と大味なデザインのステンドグラスがあった。一角に修繕の跡が見える。
 礼拝堂の中央には聖女の像があり、両脇には火の消えたろうそくが立てられている。すぐ傍には魔力を動力源とする小型の暖房器具があった。静かに光っており、それとなくぬくもりを感じる。
「しばらく、ここで過ごすといいでしょう。退治屋さんも旅人さんも」
 ノアとラスターが顔を司祭に向けた。司祭はそのまま礼拝堂の奥へと歩き始めた。ノアたちも素直についていく。が、フロルが途中で立ち止まった。
「精霊さんは? さっきまで一緒にいましたよね?」
 言われてみれば、確かに精霊の姿がない。気配からして外にいるようだが、屋内には来ないらしい。
「呼んできますね」
「ほっといていいよ。あいつ、最近ああだから……」
 ヒョウガの言葉をまるっきり無視して、フロルはぱたぱたと外へ走っていった。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)