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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第八話 ノアの授業

   第八話 ノアの授業

 その頃、ノアは汗だくになっていた。
 魔力の扱い方をレクチャーするにあたって、まずは手のひらに魔力を集めるところから始める。だが、二人そろって魔力の出力が安定しない。フロルは怯えて量を出せず、魔力が手のひらに留まらない。ヒョウガに関しては案の定、魔力を出しすぎるせいで教会内部が氷漬けになった。ノアはイルク司祭に何度も頭を下げたが、イルク司祭はのほほんと「やっと掃除の口実ができた」と言ってのけた。それでよいのだろうか、とノアは一瞬思ったが、自分にそれを判断する権限はない。
「フロルはもう少し出力を上げて。ココアを思いっきり沸騰させるくらいの魔力を出していい。ヒョウガくんは逆。少しずつ、針に糸を通すようにして慎重にやってみて」
 ということで、授業会場は外へ変更になった。火の魔力を持つフロルにとってはやや不利な環境だが、あれ以上教会を氷漬けにするわけにはいかないのだ。
 白い吐息がふわりと空に溶けていく。ノアは簡単な障壁魔術を展開し、寒さを多少しのげるようにした。
 ノアの教える魔力の扱い方は、おおよそ五歳から六歳くらいの子供たちが初級魔術の最初の授業で履修するものと同一だ。クラスに一人か二人は魔力操作がうまくできない生徒がほぼ必ず存在するが、子供の魔力はそもそもたかが知れている。うっかり操作を間違えたからといって部屋を氷漬けにするとか天井を燃やすとか、そういった事故は起こりえない。だが、ヒョウガもフロルも青年期。所持する魔力量は比べ物にならない。
 再び、ヒョウガの手のひらの上で魔力が暴発寸前になる。ノアは慌ててヒョウガの手首を掴み、自分の魔力でそれを制御した。
「魔力の流れが分かる?」
「う、うん……なんとなく、だけど」
「これを自分でやってみて。魔力を増やさずに、うんと動かしてあげるだけで、いい」
 ……他人の魔力を動かすというのは体力も消耗する。イルク司祭が持ってきてくれたハチミツのレモン漬けは確かに体力回復に役立つが、齧った瞬間思わず飛び上がるくらいに冷えている。疲労回復に効果があるとはいえ、たくさん食べる気分にはならなかった。
「こ、こんな感じ?」
 ヒョウガは再び手のひらで魔力を転がそうとする。ノアのガイドが必要とはいえこれでも十分な進歩だ。ノアは息をついた。自分が気絶しないようにしなければ。
 フロルはどうかな、とノアが顔を動かす。
 そこで彼が見たものは、天高く燃え上がる派手な火柱。
 ……あれではココアが沸騰どころか丸焦げである。
「フロル、出すのは炎じゃなくて魔力!」
「え……? あっ! ごめんなさい!」
 慌てたフロルは出力を間違える。ここまで来たらコメディ映画である。炎は天を焼き切らんと言わんばかりに勢いを増す。ノアはフロルの手首を掴んだ。一瞬炎がはじけたがすぐにおとなしくなり、ゆるゆると勢いを弱めていく。
「イルク司祭様! 何があったのですか!」
 あちらこちらから村人がすっ飛んでくる。ノアはもうほとんど気絶しそうになっていた。最後の気力をなんとか振り絞って、魔力回復薬を飲む。村人にきちんと説明をしなければ、と思ったが、フロルの姿を見た村人は概ね何があったのかを理解したらしい。
「頑張ってください」
「フロルちゃん、めっちゃ魔力の扱いへたっぴなんで」
「ココア美味しく作るのが関の山なので」
 ノアは笑顔を振りまいた。ありがとうございます、と告げる体力がもう残っていない。魔力は回復の兆しを見せてきたが、この調子が続けばいつかぶっ倒れる。となればやり方を変えるしかない。上手くいくかは分からないが、試す価値はあるはずだ。
「……指先に魔力を集めるところから始めよう」
「指先、ですか?」
 フロルが疑問を呈した。それもそうだ。たいていの魔術師は手のひらか、もしくは杖や剣などといった魔道具を用いて魔術を発動させる。指先で魔力を扱うパターンもないわけではないが、初級魔術のイメージからは遠くなる。
「君たちは魔力の操作がちょっと苦手みたいだから、使用魔力が必然的に少なくなる手法を試した方がいいかな、って、思ったんだ」
 息も絶え絶えなノアを見て、二人は思うところがあったらしい。ちょっと顔を見合わせて、お互い同じことを思っているのだと気が付いた。
「や、休んでて、いいぞ」
「じゅ、授業中止しましょうか……?」
 ノアは泣きそうになった。魔力の扱いで引き起こすトラブルが激甚災害級であること以外は、とってもかわいらしい生徒だった。
「いいや、続けるよ」
 ノアは指先に魔力を集わせた。白い光は火水土風のどの属性にも当てはまらない特殊な魔力だ。
「君たちの可能性を、俺の限界で潰したくはないんだ。魔力を扱えるようになれば、いろいろなことができるから」
 ノアはそう言って、すべての指先に魔力を集わせた。小さな白い球がふわふわと浮かび上がり、くるくると集っていく。
「冬を呼んだり、晴らしたり……。火力の調整ができたら、ココア以外のものも作れるようになるよ」
「……それは、魅力的ですねぇ」
 正直なフロルが正直な感想を述べたのにつられて、ヒョウガも頷いた。ノアは微笑んだ。
「さ、頑張ろうか」
 この言葉はどちらかというと、二人に宛てたものではなくて自分に宛てた激励であった。
「指先は手のひらよりも魔力が集まりにくい。サクランボの大きさまで魔力を集わせてみて」
 ノアの指示に従い、二人はそれぞれ魔力を集めていく。
「あ、すごい! なんかできる気がします!」
 フロルが嬉しそうな声を上げる横で、ヒョウガはやや苦戦しているように見えた。
「大丈夫、焦らないで。集中力を切らさないようにして、適切な大きさまで膨れたらそれを保てるように――」
 という指示を繰り出すと同時に、フロルの手から巨大な炎が上がった。ノアはそれをさくっと鎮火しながら、ヒョウガに「触ってもいい?」と尋ねる。ヒョウガは頷いた。ノアはありがとうと言ってほほ笑んだが、ヒョウガの顔にさっと不安の色が乗る。
「ほ、本当に大丈夫なのか?」
「どうして?」
「顔色が、……オレの精霊より悪い」
 ノアは沈黙した。そして、魔力回復薬とレモンのはちみつ漬けを雑に口へと放り込んでからヒョウガの手を握った。
「俺はまだ大丈夫」
「薬飲んでるのに?」
 正論をぶちかまされたがノアは平然と答えた。
「心配してくれて、ありがとう」
「だって、オレのせいだろ」
「そんなことないよ」
 ノアの、空いている方の手がせわしなく動く。魔力の玉か何かを投げているというのはヒョウガにも分かった。その先ではフロルが火柱を作っていて、ノアの魔力が当たるたびに火加減が弱まっている。
「俺も、誰かに何かを教えることに関しては素人だから……上手く伝えられないところはあると思う。だけど、それでも、俺は君に魔力の扱い方を教えたいんだ」
 いい経験にもなるしね、と言いながらノアが投げた魔力は少し大きめのものだった。フロルの火柱が正しく鎮火された辺りで、ヒョウガは自分の手に魔力の流れを感じた。今までに感じたことのない整然とした本流には、目が覚めたかのような爽快感があった。
 根拠のない確信が、胸の奥でゆっくりと芽吹く。
 ――今なら、もしかすると魔力を扱えるかもしれない。



 教会の方で火柱が高く上がるのを見るたびに、ラスターはノアに同情した。村の入り口付近からでもよく見えるそれに、教会で何かがあったのではと不安がった人々がすっ飛んで行った。が、すぐに戻ってきて「フロルちゃんが魔術の練習をしてた」と告げると皆「なぁんだ」と肩を竦めた。
 ラスターと精霊は行商人とその護衛の滞在場所に来ていた。村人たちは生活必需品をここで購入する。たまに村の外へ買い物に行く場合もあるが、冬は雪のせいで移動が困難なため、こういった行商を頼るほかないそうだ。
 精霊へ外で待つよう告げたラスターは、にぎわう人々の間をかき分けて折り畳み式のテントの中へと入る。雑に置かれたテーブルの上に様々な商品が置かれていた。
 ラスターは値札を見た。そして、目を疑った。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)