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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第九話 真実を手に

   第九話 真実を手に

 ラスターは目を擦った。そしてもう一度値札を見た。どれもこれも相場よりずいぶんと高い。パン一つが銀貨五枚というのは気を失いたくなる値段である。素材をこだわり抜いた高級パンならまだ分かるが、その辺によくある普通の食卓パン、しかも薄切り二枚でこの値段はぼったくりだ。パンだけではない。塩や胡椒などの調味料も十数グラムで銀貨八枚。砂糖だけは随分と安いが、これはプレメ村がハチミツの名産地であることが影響しているのだろう。
「あれ、お兄さんもお買い物ぉ?」
 店番をしているらしい女がにへらにへらと半端な笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「いや、俺は魔物退治屋でね。ここに依頼で来ているのさ」
「へぇ。じゃあ、アタシらと似たようなものかぁ」
 女はあくびをした。
「アタシたちはねぇ、行商人専門の護衛なんだぁ。この雇い主は太客でねぇ、よくご贔屓にさせてもらってるんだ」
 女はそう言って頭をガシガシと掻いた。縮れたダークブラウンの毛が爪に絡んでしまい、ほどくのに少し苦戦していた。
「それで、その雇い主さんはどこに?」
 ラスターは、三枚で銀貨十枚もする干し肉の詰め合わせを手にしながら問いかけた。女が「それ、あまりおいしくないよ」と言った。良くも悪くも正直だなとラスターは思った。
「で、ウチの雇い主なんだけど、どっか行っちゃったのよ。アタシたちは商売できないから、雇い主が戻ってこないと物が売れないの。もー困っちゃう。一体どこにいったのか知らない?」
「その雇い主ってのは、どういうやつなんだ?」
「えー? うーん……でっかいリュックはおいてあるし、うーん、ひげを生やしていて、頭はハゲ。だけど帽子をかぶってるからあんまり分からないかも。そんな感じのおっさんだよ」
「そうか。分かったよ。それに近いおっさん見かけたら、あんたが心配してたって言っとく」
「よろしくねぇ。もうヒマでヒマでしょうがないんだよぉ。ついでに受注した魔物退治はキャンセルになるし」
 女はあくびをした。朝に弱いようだった。
 ラスターは身を乗り出した。女が驚いて身を引く。
「その話、詳しく教えてもらってもいいか?」
「へ? 魔物退治の? でもキャンセルになったんだよ」
「構わない」ラスターは女の手を取り、そこに銀貨の袋を忍ばせた。五十枚入りだ。
「まぁ、別にいいけど……」
 女は素直に銀貨の袋を懐に入れた。
「えーっとねぇ。アタシたちは行商人の護衛依頼しかやってないんだけど、グーゼン緊急依頼が舞い込んできたのさ。プレメ村付近にでっかいグランドサーペントが住み着いたってね」
 グランドサーペント。
 翼を有するサーペント族の中でも、空を飛べない類の蛇だ。全長およそ三十メートルほど。幼生の頃は普通の蛇と見紛う程度の魔物なので脅威度は低い。グランドサーペントは額の宝石に魔力を蓄積し、成長するにしたがって頑丈な岩石で体を覆い始める。成熟したグランドサーペントはため込んだ魔力という鉾と、身に着けた重い岩石という盾を持つ恐ろしい魔物に変貌するのだ。翼で強烈な風を起こしながら炎を吐き、広い範囲を焼き尽くす。弱点は額の宝石。
「そのグランドサーペント退治が中止になったのか?」
「そーなのよぉ」女はめそめそと泣く真似をした。
「せっかくいろいろ準備してその気になって、いざ護衛ついでにやってきたら吹雪に見舞われるし、雇い主が『あれは中止になった』とかわけわからないこと言うし、もうわけわかんなくて。さすがにリーダーが問いただしたら、なんて言ったと思う?」
「さぁ……なんだろうな。予想がつかない」
「『俺はサーペントをこの目で見た! 想像よりデカい! 気性も荒い! あんな危険な生き物は魔物退治を専門としていない君たちの手にも余る』だって!」
「……ツッコミどころが満載で困るな」
 ラスターはため息を飲み込む。理屈としてはまぁ分からなくもないが、説得としては随分と雑な構成だ。
「でもアタシたちは逆らえないのよね。分かるでしょ?」
「ああ。分かるよ。……難儀だな」
 クビを宣告されたら行商人護衛は一巻の終わりだ。彼らの情報拡散の速度は情報屋のそれに勝るとも劣らない。つまり、でっち上げの嘘情報で傭兵集団を廃業に追い込むなどというのは朝飯前である。
「グランドサーペントは立ち去ったのか?」
「さぁ?」女は肩を竦めて、テーブルに置いてあった焼き菓子(三枚で銀貨十五枚。やはり値段がおかしい)を勝手に開けて食べ始まった。
「でも、依頼を出した村長も『解決した』って言い張るんだもん。どうにもならないでしょ」
「……そうか。分かった。ありがとな」
「どういたしましてー」
 女はひらひらと手を振った。ラスターはテントの外に出た。精霊は教会の方をじっと見つめている。ヒョウガのことが心配なのだろうか、とラスターは思ったが、すぐにそうではないのだと気が付いた。嫌でもわかる。精霊がまとう雰囲気が随分とおとなしくなり、穏やかな風がそれとなく彼の周囲を駆けている。
「魔力が――」
 滑らかな声には木枯らしのような力強さがあった。
「馴染んでいる、以前のように、また……」
 ラスターは家屋の軒先に目をやった。水がしたたり落ちている。雪が解けている。
「なぁ、精霊さん」
 ラスターは自然に精霊と腕を組み、行商人の滞在地を後にする。周囲の気配を探りつつ、彼は精霊にのみ聞こえる声量で告げた。
「もう少し、意図的に冬を続けることはできるか? 氷が融けない程度に」
「……それに意味があるのか?」
「大ありだ」ラスターは視線を動かす。雪遊びをしている子供の姿があった。
「村長が冬を望む理由が分かった」
「本当か?」
 精霊が声を潜める。ラスターは頷いた。
「まず、教会に戻るぞ。情報共有だ」
 ラスターは足早に教会へと向かう。精霊も歩調を合わせてきた。教会の入り口では指先に魔力を宿したフロルとヒョウガが何やら喜び合っている。
「できた!」
「やっと指先に魔力を宿せた!」
 ラスターと精霊は顔を見合わせた。ヒョウガが指先に魔力を集わせることができるようになった。ただそれだけで、この精霊の魔力がここまで安定するというのは双方予想外だったらしい。
「なんか、どうにかなりそう……ってことでいいのか?」
 ラスターはノアに問いかけた。ノアはゆっくりと頷いた。今にも死んでしまいそうだな、とラスターは思った。教会の扉のすぐ隣の壁に寄りかかってぐったりとしているノアの周りには、魔力回復薬のボトルが十数本きれいに並んでいた。
「あんたほんとに大丈夫? 今にも死にそうな顔してるけど」
「大丈夫、コツは掴んだ」
「それは授業を受けた側のセリフだと思うんですが」
 ラスターに気付いたフロルが駆け寄り、改めて指先の魔力を見せてくる。これがすごいことなのかどうなのか、魔力のないラスターにはあまりよく分からない。だが、ここで無味乾燥な反応を示すほどラスターは愚かではない。
「おっ! すごいな! 短時間でここまでできるようになったのか!」
 胸を張るフロルに対し、ノアがこくこくと頭を動かした。一瞬居眠りをしているのかと思ったが、単に頷いているだけだった。
「…………」
 ヒョウガは精霊の傍に寄り、指先に魔力を集わせる。フロルのものより一回り大きい球が、シアンの光を放った。
「オレも、一応できるようになった……んだけど、」
 しかし、その球はすぐに形を崩し、さっと宙に溶けていく。
「でも……安定しないんだよな」
「焦らずゆっくりできるようになればよい。そなたにとっては大きな進歩だ」
 ヒョウガは顔を上げた。久方ぶりに聞く声は、あのときと変わらず優しい響きを持っている。
「お、お前……」
「そなたの努力のおかげで、魔力が随分と安定した」
「で、でも冬は終わってなくて、続いたままで……」
 精霊はちょっと不服そうな顔をした。
「頼まれたのだ……意図的に続けてほしいと」
「え……? それ、意味、あるの……?」
 精霊は顔を上げた。教会の扉が開く。随分と機嫌のいいイルク司祭が、パンが山盛りに積まれたカゴを持ちながら声を張る。
「みなさん! お昼にしましょう!」
「お昼ご飯ですか! やったー! おなかすいてたんです!」
 ウキウキのフロルが即座に教会へと入る。ヒョウガは精霊の方を見た。精霊はヒョウガに行くよう指示する。彼自身は変わらず外で待機するようだった。それを見たイルク司祭は、パンを二つ精霊へ手渡した。
「うちの暖房器具がもっと高性能だったらよかったんですが……」
「お心遣いに感謝する。気にせずとも、よい」
「あ、本当だ。ヒョウガくんが魔力を上手に使えるようになったから、喋るのが上手くなっていますね」
 そんな会話をそれとなく聞きながら、ラスターは未だ立ち上がれないノアをつついた。
「あんた、午後は寝てた方がいいんじゃないか?」
「情報共有だけはさせて……。あと、少し休めばなんとかなる」
 ほんとかよ、とラスターは吐き捨てそうになった。が、すんでのところでこらえて、ノアに手を差し伸べた。
「ほら、掴まれ。今日のお昼は美味しいパンに具だくさんのスープだ」
「何で分かるの?」
 ラスターの手を掴みながら、ノアは問いかけた。
「匂いで分かる」
 相棒の体を引き起こしながら、ラスターは笑った。立ち上がったノアも、ベーコンと玉ねぎの入ったスープの匂いに気が付いた。
「ほんとだ、おいしそう」
「歩けなくなったら言ってくれよ。頑張って担ぐか転がすから」
 ラスターはノアに、先を歩くよう指示した。ノアは苦笑した。
「さすがにそこまでヤワじゃないよ」
 奥からフロルの「はやくー! はやくきてくださいー!」の声が聞こえる。お預け状態に耐えかねているのだろう。二人は顔を見合わせて、ほぼ同時に「今行く!」と返事をした。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)