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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第十話 暗雲

   第十話 暗雲

 仕事のスイッチが入れば、多少の体調不良を吹き飛ばせるのはノアも同じなのだとラスターは思った。正直休んでほしいというのが本音ではあるが、そんなことを言ったところで結局適当に言いくるめられるのがオチである。
 二人は礼拝堂にいた。これはノアの希望である。魔力操作の演習を続けるヒョウガとフロルに何かがあったとき、すぐに飛び出せるように。
「グランドサーペント……」
 イルク司祭が淹れてくれた紅茶を半分残したまま、ノアはうわごとのようにしてその名を呟く。厄介なのが出てきた、というのが正直なところだろう。ラスターは窓の外を見た。よく晴れている。しかし、雪が解ける様子はない。ほっとした。精霊に無茶を頼んだというのは分かっているが、グランドサーペントが外に出るのを防ぐだけの効果があるならそれでいい。
「ヒョウガくんが魔力を自在に操れるようになったら、この村は冬から解放される。そうなったらグランドサーペントが暴れ回るのも時間の問題だ」
「で、そのヒョウガくんは魔力を自在に操れそう?」
 ノアは沈黙した。外で何かが急速に凍る音がする。
「暴走?」
 ラスターは窓をのぞき込んだ。精霊がなんとか抑えてくれたようだ。しゅん、と明確に落ち込んでいるヒョウガの後ろ姿と、彼を励ますフロルの様子が窺える。
「なんか、分かった気がする」
「無理、ってことはないけれど、今すぐに、っていうのは難しいかな」
 ラスターは窓から離れて、再度情報共有に戻った。
「それで、こうなった経緯について……。この辺りは俺の推測だが……まぁ、間違ってはいないと思う」
 ラスターは村周辺の地図を広げた。イルク司祭から借りたものだ。
「まず、森のどこかにグランドサーペントが住み着いた。それに気がついた本物の村長が、緊急の退治依頼を出した。それを受注したのが村に来ている行商人の護衛。どうしてそいつらが依頼を受けることになったのかは分からんが、ともかく魔物退治をしようとした」
「よくある話だね。俺は情報がこんがらがりそうだから依頼の二重受注はしたくないけど」
「それで、偶然、本当に偶然に、ヒョウガと精霊がここに逃げ込んだ。プレメ村を含めた区域を冬に閉ざしてしまったところに、ニセモノの村長がやってきた。それはおそらく行商人だ」
 ノアが眉をひそめた。
「どうして? 何のために?」
「金儲けのためだな」
 ラスターは、こっそり撮影した行商人の店の内部写真を広げた。値札を見てノアが目を見張る。
「ぎっ、銀貨十枚!? こんな小さな干し肉三枚で!?」
「雪道で諸々の費用がかかるだろうから、ってことで、村人は仕方なくこの値段で納得しているそうだ」
 ノアは目元をこすった。しかし何度見ても銀貨十枚は銀貨十枚である。
「普通の村人ならとてもじゃないけど買えないでしょ?」
「ああ。普通なら、な」
 ラスターは外を示した。とはいえここから他の建物は見えない。
「中規模の村でこんなに栄えているのは珍しい。村人全員がそこそこに金を持っていて、生活水準も悪くはないんだ。だから、いざというときであってもある程度は金を出せる」
「だからわざわざ冬を長引かせる選択肢を取ったのか」
 ラスターは地図をとんとんと叩いた。
「それも時間の問題だ。冬の間、野菜は育たない。魔術で保護されているミツバチだって……」
 ラスターは息をついた。おかわりの紅茶をカップに注いだ彼は、まだ難しい顔をしている相棒のことを黙って眺めていた。
 二人はただ、どうやってグランドサーペントを倒すかを考えようとしていた。プレメ村を助けるにはそうするしか他なかった。グランドサーペントの対処自体は難しい方ではないのだが、近くの村を守りながら、となると難易度が跳ね上がる。ノアが障壁魔術で村を護衛しながら、となると実質ラスター一人でグランドサーペントを狩らないとならない。
「普段はイルク司祭が村を守っているらしいんだ。でも、今はミツバチと花畑を保護するのに手いっぱいで、そもそもこの規模の村の周囲に障壁魔術を展開するのはつらいと思う」
「きっつ……」
 ラスターの口元から弱音がこぼれる。それもそうだ。彼が得意とするのは揺動や罠といった戦闘補助だ。タイマンで魔物をぶちのめすには相手と場所と状況を選ぶ。
「別の魔物退治屋に依頼する手があるけど」
「賭けてもいい。誰もやりたがらない。仮に上級の退治屋を雇うとなったらそれこそ銀貨千枚は下らないぞ」
 銀貨千枚は言い過ぎではないだろうか、と思ったノアだが、余計なことなので黙っていた。実際、上級の魔物退治屋を動かすとなると金がかかる。今のプレメ村にそれだけの財力があるかと言われると疑問だ。
「で……。グランドサーペントに関しては以上。そっちは?」
「精霊の様子を見た通りだけど、かなりよい方向に進んでいると思うよ。ただ、今の状態でもまだ不安定だ」
「まだ不安定なの? 精霊くんがあんなにベラベラ喋るようになったのに?」
「今の状態だと、ちょっとした心の揺れで魔力が暴走してしまうんだ」
「魔術師も難儀だな」
「慣れればなんとかなるんだけどね」
 風が強まった。ひゅう、と何かが横切る気配がした。なんの心配もない。寒さが音になるとこういう聞こえ方をする。
「サーペントを倒すにしても、決行は明日だな」
「どうするの?」
「まずはヤツの居場所を探すところから」
 ラスターはそう言って立ち上がった。
「夕方には戻る」
 礼拝堂を出て行ったラスターが本日二度目の「精霊くん借りてくね! ありがと!」を繰り出すのが聞こえた。
 ノアはゆっくりと息をついた。何本目か分からない魔力回復薬を飲む。過剰摂取は体に悪いと分かっていても、今のノアにはこうする以外何もできない。
 ゆっくりと深呼吸をして、意を決して外に出る。
「二人とも、今日の練習はこのくらいにしよう」
「え!? 何でですか!?」
 速攻で食らいついてきたフロルにノアが答えを返す前に、フロルは口元に手を当てて息をのんだ。
「わ、私たちが魔力を暴走させすぎるから、ノアさんが疲れてしまったんですよね?」
「違う違う」
 ノアはゆったりとした動きでそれを否定した。
「魔力を扱うのはとても疲れることなんだ。過度な練習は逆に体に悪いし、身につかない」
「た、確かに……少しだけ精度が落ちてるかも」
 フロルの言葉に、ヒョウガもおとなしく魔力操作を止めた。魔力の収束が以前よりもスムーズだ。
「ノアさんがふらふらなのも魔力を沢山使ったからなんですか?」
「まぁ、そういうことになるね。もしも魔力を使いすぎたときは、魔力回復薬を飲んで。あまり飲みすぎるとよくないけど、一日三本くらいなら大丈夫だから」
 フロルは教会の壁の近くを見つめた。ノアが飲み干した魔力回復薬の瓶が十数本、まとめて置かれている。
「……俺の真似はしないでね」
 ノアは少し語気を強めた。素直なフロルはこくこくと頷いた。
「でも、午後を何もせずに過ごすというのもつまらないし……せっかくだから座学でもしようか」
「えっ、お勉強?」
 ノアは教会の扉を開ける。フロルがすかさず飛び込んだ。
「理屈を理解するのも、上達の一歩だからね」
 ノアは扉を閉めようとした。もう、二人とも室内に入ったと思ったのだ。だが、ドアノブを引こうとした瞬間に、気が付く。
「……ヒョウガくんは?」
 フロルもハッとする。きょろきょろと辺りを見回して、背伸びをして、しまいには長椅子の下を覗き込んだ。
「さっきまでいましたよ!?」
 ノアが扉を開けた。雪風が頬を容赦なく張る。フロルが小さく悲鳴を上げた。
 ……天気が悪くなっている。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)