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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- エピローグ

   エピローグ

「にしても、よかったのか?」
 ラスターがそれとなく口を開いた。
「あんな可愛い子を置いて旅に出るなんて。プレメ村で身を固めてもよかったんじゃないか?」
 ヒョウガの身体が跳び上がる。いや、数秒ほど浮いていたかもしれない。
「え、えっ、いや、な、何言ってんだよ!」
「いやー、惜しくないか? 惜しいだろ? 実際どうなんだよ? やっぱり好きだったり?」
 ラスターは遠慮なくヒョウガを小突いた。傍に居たコガラシマルの眉間に結構な皺が寄る。
「べっ、別にそんな! そんなことないし……!」
 再び顔を赤くしたヒョウガは、魔力で頬を凍らせようとした。
 プレメ村での療養中にノアから魔力の扱いを一通り学び、展開と収束という基礎を身につけただけはある。多少心が乱れた程度では暴走しなくなった。そのせいでラスターの格好の遊び相手になっているわけだが。
 夏の熱気がじわじわと街道を染めている。行き交う人々も時折ハンカチで額を拭いたり、立ち止まって水を飲んだりしていた。四人も休憩を挟みつつ道を行く。時々行商人の一行から声をかけられた。ノアが持っているハチミツが目立つからだった。
 程なくして、四人は商業都市アルシュにたどり着いた。ナナシノ魔物退治屋の拠点から最も近い都市であり、ノアたちが最も世話になっているギルドもある。
「しかし、よいのか?」
 ラスターのフレーズと似たような言葉を、コガラシマルが口にする。
「我々はアマテラスでは罪人のようなもの。それを……」
「だからこそ、必要なことだと思うよ」
 四人はギルドの扉をくぐる。今日も変わらず混雑している。依頼申請にやってきた依頼主や、依頼受注にやってきた魔物退治屋。書類の束を大量に持って歩いている職員が「どいてくださーい!」と悲鳴を上げていた。
 ノアは少し背伸びをして、受付の辺りの様子を窺う。シノが肩をぐるぐる回しているのが見えた。激務が続いているのだろう。
「今から君たちを正式に、ナナシノ魔物退治屋の構成員として迎える。これでソリトス王国で、君たちの身分を証明する書類が作れる。国の外に出る場合は俺たちにもどうにもならないけど……せめてこの国を見て歩く間は、ある程度安全に過ごしたいでしょ?」
「それは確かにそうなのだが、我々のような者を」
「あんたもいじけモードのヒョウガみたいなこと言うんだな」
 ラスターの軽口が飛ぶ。
「ノアがいいって言ってるんだから甘えておけって。ナナシノ魔物退治屋の構成員です~っていうギルドの証明書があれば安心だし。それに俺もワケアリみたいなモンだから今更そんなのが一人二人増えたところで変わらないって。な、ノア!」
 やたら饒舌なラスターに、ノアはつい沈黙を作ってしまった。だが言っていることは正しい。
 勿論、彼らに実際の依頼をこなしてもらうつもりはない。二人は長期休業中で籍だけ入れてある、という扱いにしておけば問題ない。これは、ちょっとしたプレゼントのようなものだ。
「あら、お帰りなさい」
 受付でシノが明るい声を出した。
「報告書の提出かしら? 随分と早いのね?」
「それは……もうちょっと待ってもらってもいい?」
 ノアは視線を逸らした。シノの目が細められる。このままだと関係の無い説教が飛ぶので、ラスターが助け船を出した。
「それよりシノちゃん、さくっと新メンバー加入の手続きをしたいんだけどいいか?」
「新規構成員?」
 シノはこのとき、ようやっとノアの後ろにいるアマテラス人と精霊の姿を見た。
「…………」
 絶句、という言葉が相応しい反応である。それもそうだ。精霊と行動を共にするアマテラス人。それだけで十分に「ワケアリ」というわけだ。シノは頭の先から足の先(カウンター越しなので実際に足の先までは見れないだろうが)まで、じろじろと二人を見てから自分の頬をぱしぱしと叩いた。
「あー、嫌だわー。夢を見てるのかなー。まるであなたたちが精霊とアマテラス人を構成員に追加したいって言ってるように聞こえちゃったー」
 彼女の言動に差別的な意味は無い。ただ、面倒なのだ。ひたすらに面倒なだけなのだ。この死ぬほど忙しい時間帯に、ワケアリの人間の登録作業。確認事項も多く手続きもややこしい。ただただ大変なだけだ
「話が早くて助かるよ」
 そんな彼女の心情に気づいているのかいないのか(おそらく気づいていない)、満面の笑みのノアがシノに追撃を食らわせた。
「えーっと、精霊を追加するってこと?」
「ダメ?」
「本当は、過去の犯罪歴とか色々調べないとならないんだけど」
 苦虫を百匹ほど噛みつぶしたかのような顔をしたシノは、頭をガシガシと掻いた。その際に、彼女の髪を飾るかんざしの宝石が揺れた。
 ふと、コガラシマルがシノをじっと見た。シノもその視線に気がつき、じっとコガラシマルを見る。
「そなたは――」
 彼が何かを言いかけたのを阻止するかのようにして、シノは二枚の紙をテーブルに叩きつけた。
「この用紙に必要事項を書いて。あと余計なことは書かないで。バカみたいに顔色の悪い剣士と特に何の変哲もない少年、ってことにしておくから」
「ありがとう、シノ」
 ノアは書類を受け取り、二人を筆記台へと連れて行く。一人残されたラスターは、シノに小声で尋ねた。
「……知り合い?」
「知らない」
 シノはぷいとそっぽを向いた。しばらくして、ノアが記入済みの二枚の書類を提出してきたので、シノはちょっと不機嫌そうに判を押した。隣のカウンターで書類の審査をしていた職員がその音に驚いたらしい。身体が一瞬宙に浮いていた。
「集合」
 シノがとんとん、と指で机を叩く。ヒョウガとコガラシマルが大人しく並ぶ。
「いい? 変なことはしちゃダメよ。下手に目立ったら、ここに逃げ込んでる全ての精霊に迷惑なんだからね」
「……それって、プレメ村を冬に閉ざしたのも含むのか?」
 ヒョウガの呟きにシノの目がギラリと光る。その様子にコガラシマルが警戒を見せる。
「何言ってんだよ、村を冬に閉ざしたのはグランドサーペントだろ」
 ラスターがぺらぺらと嘘を紡ぐ。プレメ村では真実になっている嘘だ。
「グランドサーペントが天気を変更、よりによって冬に?」
 シノのしかめっ面に怯むことなく、ラスターはいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「突然変異だったんだろ」
「そんなことがある?」
「報告書を楽しみにしててくれよ、すぐに出すから。ノアがキュウリ囓りながら頑張って書くから」
 ノアが「え」と抗議の一声を漏らしたが、ラスターはそれを見事に黙殺。シノの顔がぱっと輝く。ヒョウガがあわあわとするが、コガラシマルはずっとシノのことを見つめていた。
「ともかく、余計なことはしない、言わない。これが鉄則。あなたみたいに――」
 シノはコガラシマルの方へと視線をやった。人のものとは違う色をした肌を穴が空くほど見つめてから、彼女は小さな紙切れを差し出した。
「ちょっとごまかしが利かないときには、これを出して説明しなさい」
 ギルドの登録証明書だ。コガラシマルの名前の下に「風魔力過多」と書かれている。これで「肌の色が青に見えてしまう」と言い張れ、ということだろう。
 受け取って、とシノが手をひらひらとさせる。ヒョウガは慌てて登録証明書を受け取った。僅かに厚みがある紙だ。
「ありがとう……」
「どういたしまして。といっても、私は仕事をしただけよ」
 ヒョウガに対して微笑んだシノは、続いてコガラシマルを見た。
「自分の主人のこと、ちゃんと守ってあげなさいね」
「そなたに言われずとも――」
 言い返そうとしたコガラシマルだが、シノが「次の方どうぞー」という呼びかけをしたのを聞いて、そっと口を閉ざした。
「コガラシマル、行こう」
 ヒョウガが嬉しそうに声をかけてくる。冬の精霊は幸せそうな顔で主の手を取った。


 別れの言葉など必要ない。ノアとラスターはここで魔物退治屋として活動し続けるが、ヒョウガとコガラシマルは新天地へ歩みを進めていく。だからといって、二人の旅路が再びここに繋がる日がきてもなんらおかしな話ではないのだ。
 空は穏やかに晴れ渡っている。明日の天気は下り坂らしいので、今がチャンスとしか言い様がない。
 どんどん小さくなっていく二人の背中を眺めながら、ラスターはぽつりと呟いた。
「次に会ったときは、あんたを超える大魔術師になってるかもな」
「そうだと嬉しいな……。あ、」
「何?」
「あの二人、旅費は大丈夫なの? ヒョウガくんお金持ってないって……」
「ああ、それなら平気」
 ラスターは手をヒラヒラさせた。ぬるい風がノアの方へと気怠そうに漂ってきた。
「グランドサーペントの宝石をしこたま入れた袋を押しつけておいたから大丈夫。ほら、ノアはいろいろやってたけど、俺は何もしてないし」
 道を行くヒョウガが足を止める。どうやら宝石の袋に気がついたらしい。困惑顔で振り向いた彼に、ラスターはジェスチャーで「持っていけ」と示した。
 ヒョウガはノアたちに大きく手を振った。コガラシマルも振り向いてぺこりと頭を下げる。
 ノアもラスターも、それに応えて手を振った。
 爽やかな一陣の風が、二人の旅立ちを祝福する。


〈完〉



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気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)