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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第十三話 一歩ずつ雪を踏みしめて

   第十三話 一歩ずつ雪を踏みしめて

 朝の陽光に煌めく雪の上、青い影が二つ伸びる。
 ラスターは精霊を連れて森に出向いていた。グランドサーペントの居場所に見当をつけるためである。プレメ村近辺の森は比較的穏やかな環境で、魔物の類はあまり確認できない。グランドサーペントが住み着くなんて前代未聞といってもいい。
 ラスターは雪を踏む。羽が生えようが岩石が体に覆われようが、蛇は蛇。寒さにはめっぽう弱い。奴が暴れる前にヒョウガと精霊がここを冬に閉ざしてしまったのは不幸中の幸いというべきか。
 精霊は黙ってラスターの後ろをついてきている。彼は風をまとわせて空を飛べるので、雪原にはラスターの足跡しかない。
「なぜ、それがしを?」
 昨日の暴走で再び寡黙になっていた精霊がようやっと口を開く。ラスターは振り向いて、足を止めた。
「なんで連れてきたか、って?」
 言葉足らずの彼の言葉を補足してやると、精霊はこくんと頷いた。
「話がしたかったのさ」
 精霊がすぐ傍にやってきたタイミングで、ラスターは答えを述べる。
「ずっと喋れないわけじゃないんだろ?」
 天気は穏やかだ。昨日の急激な大雪を忘れさせるような快晴。ノアは今日もヒョウガたちに魔力の扱いを教えている。それならば、精霊が普通に会話できるようになってもおかしくない。
「あんたたち、なんでこっちに渡ってきたんだ?」
 だからラスターは話を切り出した。精霊は少し戸惑っているように見えたが、ラスターは構わず答えを待った。
「そなたほどの、切れ者であれば……説明などなくとも、分かるだろうに」
「あらやだ、褒められちゃった」
 軽口を叩いて見せるが実際その通りだ。アマテラスは隣接する精霊自治区を急襲し制圧。精霊たちを従わせて更に武力を強化しようとしている真っ只中。精霊は利用され、無能は除け者にされる。そんな二人が出会い、外に夢を見るのは当たり前ともいえる。
「強いて言うなら……自由を、与えてやりたかった」
 ラスターは再度、歩き始めた。精霊も隣をついてくる。
「あの島を出れば、何にも怯えずに過ごせるものだと思っていた」
「現実はそうでもなかったか?」
「ただ、あの島を出るのに、それがしが判断を誤った」
 アマテラスは容赦しない。島の外へ逃げようとする精霊は殺す。もちろん、逃亡を手助けした者についても同様である。自分だけ逃げ延びるのであれば容易でも、ヒョウガも連れてとなれば難易度はグンと上がる。
「魔術師として未熟な子供相手に契約を迫ったのか」
「……そうでなければ、我々は今頃ここにいない。もっとも……村の者たちにとっては、その方がよかったのかもしれぬな」
 ふーん、とラスターはのんきな相槌を打った。自分には生まれつき魔力がない。いくら勉強をしても魔術を扱えるようになることはない。魔術師至上主義のこの国では「生まれつき魔力を持たない」というだけで相当難儀する。どんな形であれ魔力はあればあるだけいいと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「魔術の勉強は?」
「……どの都市も、どの学問所も、我々に手を焼いた。契約済みの魔術師が、魔力の扱い方を知らぬわけがないからだ」
「へぇ。だったら今回ノアに会えてよかったじゃないか。あいつかなり優秀だからな。下手な学校行くよりいい経験になるぞ」
「そう、か。……それなら、よい」
 喜色があらわになるのを見て、ラスターも妙にほっとした。
 どうやら、今日の魔力操作の授業は上手くいっているらしい。


 
 ラスターの予想は当たっているようで外れていた。
「ヒョウガくん! 頑張ってください!」
 フロルの応援が飛ぶ。彼女はもともと魔力量が平均より低い。少量の魔力と多量の魔力を比べると、どうしても前者の方が扱いが容易い。序盤は苦戦したものの、最終段階の「手のひらに集めた魔力の形を変える」という課題は、今朝の授業開始早々にクリアできてしまった。
 問題はヒョウガの方だ。基礎の基礎である「指先に魔力を集わせる」のはなんとかできるようになった。昨日の精神不安による魔力の暴走で精霊のコンディションは最悪に近しいものになったものの、回復は随分と早かった。これも基礎ができるようになったから、である。
 しかし、肝心の「手のひらに魔力を集わせる」課題ができない。量が少なければある程度様になるのだが、彼の魔力量はフロルの数百倍にもなる。もう一声、とノアが声をかけるとあっという間に魔力が破裂する。加減が難しいのはその通りなのだが、これができるようにならないと冬が終わらない。救いなのは基礎ができているという一点。手のひらに集めた魔力が多少暴走しても周囲への被害があまりないのだ。昨日は教会内部を氷漬けにしたが、今日はその恐れもない。おかげで礼拝堂で練習ができる。
 ヒョウガは歯を食いしばって、慎重に魔力を動かした。
 昨日に比べればよくはなっている。その自覚はある。だが――これでは足りない。周りが自由に泳ぐ中、自分はまだ浮き板でバタ足をするのが精いっぱい。そんな状況だ。
 ヒョウガは息をつく。今度こそ成功させると意気込む。魔力操作が不得手な影響を自分一人が受けるだけならまだいいが、精霊にも辛い思いをさせる……。
 ノアが僅かに目を細めた。まだ授業開始から一時間も経っていないが、ヒョウガに疲労の色を見たのだ。
「休憩しよう!」
 何度目か分からない魔力破裂を見たノアが、半ば強引に割って入る。ヒョウガはノアの方を見ることなく、再び魔力を手のひらの上に集め始めた。聞こえなかったのかな、と思ったのだろう。フロルが慌てて声をかけた。
「ヒョウガくん、休憩ですよ。ずっと頑張ってると、疲れちゃいますよ」
「別にいい!」
 フロルが怯む。ノアも少し驚いた。イルク司祭に関しては手に持っていた菓子缶を落としそうになっていた。
 手のひらの魔力もやや不安定だ。ノアはそれとなく自身の魔力を放つ。外部刺激で安定を崩された魔力は霧散し、ヒョウガは少し呻いた。
「休憩しよう。少し疲労が見えるし、魔力も不安定になってる」
 ノアはゆっくりと言い聞かせる。だが、ヒョウガは首を横に振った。
「ダメだ、続けないと。オレはここでやめるわけにはいかない」
「このまま魔力操作をしても、どんどん調子が悪くなるだけだよ」
 フロルが不安そうにヒョウガの名前を呼んだ。だが、ヒョウガは二人の制止を振り切って再度魔力を展開する。淡いシアンに光る球は、ぐらぐらと不安定に揺れたままだ。
 ノアは容赦しなかった。自分の魔力をほんの少しぶつけて、ヒョウガの魔力を散らす。魔力操作といえど反動は襲いかかる。慣れた魔術師なら軽減する方法があれど、ヒョウガはその点初心者だ。
 再度邪魔を食らったヒョウガは、ノアを睨んだ。もっと練習をさせろという圧力だ。
「魔力を使い切りさえしなければ回復が早いから大丈夫」
 ノアはそれをひらりとかわす。しかし、ヒョウガも食い下がる。
「魔力なら平気だ、オレはたくさん持ってるから。練習しながら、回復させる」
「それは無理だ。二重詠唱ができる魔術師なら話は変わるけど……」
「とにかく! オレは休憩しない。早くこの魔力操作ができるようにならないと」
 そして、めげずに手のひらへ魔力を集め始めた。随分と強情だな、とノアは思った。この場にラスターがいたら「弟子は師匠に似るっていうもんな」と言いながら巨大ワームの真似をしたことだろう。わざわざ「強情」という言葉を使わないようにして。
「ねぇ、よかったら教えてくれる? どうしてそんなに急いで魔力操作を」
「人並みに頑張ってもダメなやつが!」
 突然の怒声にイルク司祭の肩が跳ねた。今度は菓子缶ではなくスプーンを落としそうになっていた。
「人並み以上に頑張ることすらできなかったら、どうすればいいんだよ!」
 ヒョウガはほとんど泣いていた。ココアの準備をしているフロルが手を止めて、不安げにこちらの様子を伺っている。
 ノアはゆっくりとヒョウガの手を取った。そして、膝をついてヒョウガに視線を合わせて、丁寧に、言葉を伝える。
「努力は、自分を傷つけるためにするものじゃないよ」
 ……魔力の暴走を止めるとき以外で、ヒョウガに「触ってもいい?」と尋ねずに触れたのはこれが初めてだろう。
 ノアの左手がヒョウガの魔力に触れる。淡いシアンの光を放っていた球はすぐにその形を崩した。 
「大丈夫。まだ時間はある。それに基礎はできたんだ。焦らずゆっくりやっていこう」
「で、でも……」
「絶対にできる」
 ノアは視線を逸らさない。
 そこには絶対の自信があった。ヒョウガは昨日のことを思い出す。ラスターの言葉を思い出す。
 ――あんたはまず人を信じて、自分を信じる力を身につけないと。
「……なんで」
 だからこそ分からなくなる。
 どうして、ノアは絶対的な自信と共に、ヒョウガを信頼しているのか。
「なんでそう言い切れるんだよ……」
「君が魔力の操作を身に着けるために一生懸命頑張っていたのを、ずっと見てきたからだよ」
 即答だった。
「休憩、しようか」
 ノアの言葉にヒョウガは何も言わなかった。しかし、彼の言葉をほんの少し信じる形で、自分のことを信じてみようかな、という気にはなっていた。
「ちょっと早いですけど、今日のおやつはバタークッキーですよ」
 イルク司祭が明るい声で、そんなことを言った。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)