見出し画像

【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第十四話 目覚め

   第十四話 目覚め

 精霊が再びだんまりになったので、ラスターは内心ひやひやしていた。が、すぐに元の調子に戻ってくれた。初対面のときのようにこちらに斬りかかってくることはなさそうなので助かる、というのが正直なところだ。天気はやや曇り。普段なら「もうじき雪が降るなぁ」なんて言っていたかもしれない。
「あんたのご主人は、あんたのことが本当に好きみたいだな」
 精霊の顔が勢いよくこちらを向いた。ラスターはちょっとおかしくなった。何故そう思うのか、と聞きたくてたまらないというような顔をしている。
「この辺りが寒いのはあんたが冬を呼んでしまってるからなんだろう? だからあの子は逃げてしまっても問題ないわけだ。それなのに傍にいるってことは、そういうことだろう?」
「そう、なのか?」
 実際のところそうなのかは分からない。ラスターには魔法の知識はない。ヒョウガが精霊の傍に居ないとダメとか、何かしら理由があるのかもしれない。
「鈍いねぇ。このこの」
 ラスターは精霊を肘で小突いた。精霊はちょっと眉間にしわを寄せた。
「それで、あんたにとってもあの子は大事な存在なんだろ?」
「当たり前だ」
 食い気味に答える精霊をラスターは微笑ましく思う。ちょっとからかいたい気分にもなったが、余計なことを口走って藪蛇というのは避けたい。
「だったら、むやみやたらに刀を振るのはやめないとな」
それがしが、そのようなことをしたというのか?」
「暴走してた時そんな感じだった」
 森の広場――ラスターたちが精霊たちに出会った場所で、二人は口を閉ざす。明らかに異質な気配がある。
 ビンゴ。ラスターの口元が歪む。
「グランドサーペントは洞窟に住む。あんたらにここにいるよう伝えたニセ村長の動きとも合う。あんたが冬の中心ならば、それに近ければ近いほどグランドサーペントの動きを抑えられる。真っ先に見に来て正解だった」
「倒すには危険な、魔物なのか?」
「うーん。ただ倒すだけならなんとかなるだろうけど、村を守りながらってなるとかなり難しいかな」
 ラスターはちょっと黙って、精霊のことをじろじろと見た。
「ところで……あいつ、炎吐くけど大丈夫か?」
 ラスターの不躾な視線で、精霊の眉間に再びしわが寄る。
「あまり得意ではないが……そのようなことを言っている場合ではないのでは?」
「俺はあんたが心配なんだよ」
 ラスターは洞窟の方に視線をやった。グランドサーペントに動きはない。
「ヒョウガにあんたの遺体を引き渡したくはないからな」
 この様子ならグランドサーペント退治は明日以降でもいいだろう。ノアの調子と相談して、今日決行してもいいかもしれない。ラスターはゆるく警戒を解いた。
 それが間違いだった。
 森の見当違いの方から飛び出した人影があった。ラスターと精霊の体が同時に硬直する。その人影――ヒョウガたちに自分が村長であると詐称し、プレメ村を冬に閉じ込めるように動いた行商人が、洞窟めがけて石を投げる。
「なにやってんだ、あんた!」
 からんころん、と穴の中に石が落ちる。行商人は振り向いた。その顔を見てラスターはぎょっとする。血走った目は狂気に開かれ、顔は異様なほど紅潮している。体は不規則な痙攣に見舞われ、厚着していても隠し切れない腹がぼってりと揺れる。
「冬が終わるんだろう?」
 行商人はゲラゲラ笑いながら言った。
「だったら、この魔物を叩き起こせばいい。焼け野原になったプレメ村でもいろんなものが高値で売れるだろうよ!」
「な……!」
 精霊が絶句する横で、ラスターは気が狂いそうになった。
「んなことしなくても他の町で稼げばいいだろ! そこまでしてプレメ村に執着する理由が分からねぇ!」
「別になんだっていいのさ! みんな楽して金稼ぎたいだろうが、お前だってそうだろ?」
「なんだと?」
 ラスターが血相を変える。
「お前だって、金が欲しいから盗賊なんてやってるんだろ?」
 ラスターの手が愛用の短剣に伸びる。むやみやたらに得物を振るつもりでいるらしい。精霊はなんとなく、自分と彼は似た者同士なのかもしれないと思った。
 行商人は手に魔力を集めだした。ラスターがいよいよ短剣を抜いて――精霊は視線を洞窟にやった。あちらから魔物のものとは別の魔力が膨張している!
「爆発する!」
「!」
 精霊の声にラスターはその場から飛びのいた。行商人が魔術を作動させたのが分かる。奴が先ほど投げ入れたのはただの石ではなかったらしい。とはいえ、爆発の威力はさほどではなく、ラスターの反応は過剰だったかもしれない。が、よく見れば精霊も空中に避難している。
 地が揺れる。嫌な笑いが響く。ラスターのこめかみから冷や汗が垂れ、体が震える。武者震いであればいい。そんな願いは、わずかな焦燥が混じっている中では単なる強がりだ。
「さあ、グランドサーペント! 手始めに鬱陶しい連中を焼き尽くしてしまえ!」
 ……彼にとっての不幸は主に二つ。一つ目は、この場にノアがいなかったこと。
 ラスターは魔術を扱えない。自分と距離のあるものを守る術を持たない。精霊はどうだか分からないが、相棒を騙した輩を助けてやるほどの情はないらしい。つまりこの二人――自分に深く関係しない人間に対しては、割とドライなところがある。
 そして二つ目の不幸。それは、自分がグランドサーペントを自在に操れるものだと錯覚したことだ。
 グランドサーペントを叩き起こそうとしたのは他でもない行商人である。厳冬を寝てやり過ごそうとしている最中に外でワーワー騒がれてはたまったものではない。ましてや、爆発物を巣穴にぶち込まれるなんて。
 グランドサーペントの怒りの矛先がどこに向けられるか。答えは明瞭である。
 洞窟の中が赤く光る。まっすぐに放たれた炎は、勢いよく行商人を丸焦げにした。
「あーあ」
 ラスターは思わず呟いた。巣穴から姿を現したグランドサーペントは、丸焦げになった肉に食らいつく。骨の砕ける音が響き、まっさらな雪にじわじわと嫌な色がしみていく。
「これ、どうすりゃいいんですかね」
 目覚めの食事を終えた魔物は、空に向かって吠える。それと同時に、グランドサーペントの幼生が大量に飛び出してきた。


 
 こちらへ飛びかかる幼生をノアが切り捨てる。そのすぐ傍ではヒョウガが数匹の幼生を殴り殺していた。
「何なんだよ、何なんだよこれ!」
「グランドサーペントが起きたんだ!」
 教会に避難する人々の流れに逆行し、二人は村を襲う蛇たちを片っ端から駆除していく。道ばたには既にかなりの量の死骸が積まれている。おそらく行商人の護衛として雇われていた傭兵たちが退治したものだろう。
「どういうことだよ、冬が続いている間は大丈夫だったんじゃないのか!?」
「おそらく誰かがたたき起こしたんだ」
「誰が!」
 森の方を見ると木々の上からグランドサーペントの頭が覗いている。こちらを向くことはせずに何かと戦っているようだ。
「それは分からな、いっ!」
 ヒョウガの死角から飛び出た一匹を魔術でねじ伏せ、ノアは村の入口付近に到達した。場所は森の開けた一角で間違いない。しかし――。
「危ないっ!」
 判断に意識を取られている場合ではなかった。ノアがヒョウガを庇ったようにして、今度はヒョウガがノアを庇う。相当慌てたのだろう。ヒョウガの体勢が崩れる。ノアは慌てて障壁魔術を展開しようとした。そのときだった。広範囲の幼生が衝撃波でバラバラになる。
「お兄さんたち、無事ぃ?」
 縮れたダークブラウンの髪を揺らしながら、女が声をかけてきた。手には巨大な剣がある。どうやら行商人の護衛らしい。
「ありがとう、助かったよ」
「困っちゃうよねぇ。こんなことになるなら、素直に退治しに行けば良かったねぇ」
「君はお一人で、ここに?」
「んー、仕事仲間は他に四人いるよぉ」
 女は大剣を振り回す。その際に魔術が発動し、遠方の蛇たちをバラバラに引き裂いた。が、その攻撃に村の看板も巻き添えを食らう。
「でも魔物が多くてぇ、ちょっとギリギリかなぁ。誰かが村の周りに障壁魔術の展開してくれれば助かるんだけど、この広さじゃ無理だよねぇ」
 がらん、と木の板が落ちた。「やっちゃったぁ」と女が悲しげな声を上げる。
 ノアは奥歯を噛んだ。おそらく、ラスターと精霊が幼生たちの親と交戦しているはずだ。できればそちらに加勢したいが、そうすれば村の護りが手薄になる。
「でも、この細かいのを倒せばなんとかなるかなぁ?」
「森にいる魔物の親を早急に倒す必要がある。仮に子供を全滅させても、あれがこちらに来たらどうにもならなくなる」
「こっちにくるの? あの遠くのデカイのが?」
「冬眠明けのグランドサーペントは、大抵お腹を空かしているからね」
 ノアの言葉にヒョウガがさっと青ざめる。それに気づいた護衛の女は優しい微笑みを浮かべた。
「だいじょーぶ。いざとなったら、お姉さんが守ってあげるからねぇ」
 そして、ヒョウガの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「…………」
 それは歓喜に似た驚愕であった。ヒョウガは自分の腹の底から感じたことのない熱が立ち上るのが分かった。今、自分は怯えなかった。頭上から伸びる手を怖いと思わなかった。何かの間違いかもしれないし、もっと身近に脅威があったからかもしれない。だが、初めてだ。見知らぬ人間がこちらへ伸ばした手を、拒絶しなかったのは初めてだ。
「さぁ、もうひと頑張りしようか」
「ガーベラ!」
 女が剣を構えたそのとき、彼女の名を呼ぶ者がいた。斧を持った男の顔には焦りと不安がある。ノアは嫌な予感がした。




気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)