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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第十五話 風の名前

   第十五話 風の名前

 ――予感は的中した。
「デュークがやられた! 今キャロルが治癒の魔術を展開している! 村人が避難している教会側の防衛が手薄だ!」
「え、ええっ!?」
「グランドサーペントの数が多い、このままだと――」
「うーん、それはちょっと嫌かも……」
 ノアはガーベラに教会へ行くよう促した。ここには自分と、ヒョウガしかいない。ラスターたちが心配だが、もう村入口付近の防衛に専念するしかない。
 ノアは身体強化魔術を展開しながら、口を開いた。
「精霊が心配?」
「え……」
「大丈夫。ラスターは強いから」
「……ノアは、ラスターのこと心配じゃないのか?」
 蛇が飛び出してくる。凍らせたり、切り伏せたり、その都度一番効率のいい方法でノアは奴らを仕留めていく。
「心配していない、ってことはないかな。結構無茶するタイプだから。でも――」
 飛び出てきた群れを一網打尽にして、ノアは息を思いっきり吸い込む。嫌に力が入る。それだけ事態は悪化している。
「今の俺には、ラスターを信じることしかできない!」
 
 額の汗を拭う。
 グランドサーペントの熱が伝わってくるが、雪は一向に解けない。正直助かる。眠っていたところをたたき起こされ、寝ぼけた頭のグランドサーペントの動きが今も鈍いのはこの寒さが理由だ。飛び出してくる幼生が鬱陶しいが、対処は楽な方である。
 精霊は先ほどからグランドサーペントの動きを止めようと動いている。縦横無尽に飛び回り、なんとか身体を覆う岩石の隙間に刃を入れられないかを試している。首を落とそうにも、護りが堅すぎて手が出せないように見えた。そして、ラスターは気づいた。あの精霊は潤沢な魔力と相当な剣の腕を持っているが、戦闘補助――防御や回復といった魔術を一切使えないということに。
 マズいことになっている。仮にここで精霊が大怪我をした場合、ラスターには薬を与えてやるくらいのことしかできない。そして、ラスターたちが倒れたらグランドサーペントは一目散に村へと駆け込んで、村人を片っ端から食い尽くすだろう。
 精霊が飛び退き、ラスターの傍にまで飛んできた。左腕の火傷を見て、ラスターは早速塗り薬を押しつけた。
「塗っとけ! 俺はノアみたいに治癒の魔術は使えない!」
 精霊が礼を述べる前に、ラスターは幼生を切り刻みながらたたみかけた。
「あとアイツの弱点は頭の宝石だ、アレを砕かないと延々と再生――」
 グランドサーペントの頭がこちらを向く。大口を開けた瞬間、その奥に強い光を見た。ラスターも精霊も即座にその場を飛び退き、ラスターは雪原をごろごろと転がった。先ほどまで自分たちが突っ立っていた箇所は炎に抉られている。
「ああもう!」
 ボウガンを取り出したラスターは、一か八かでグランドサーペントの目を狙う。しかし、相手が僅かに頭を動かしたせいで、矢は口元の岩にぶつかった。
「炎耐性ある相手って嫌なんだよ! フォンを潜り込ませて内臓を焼くっていう天才的戦術が通じないから!」
 遠距離武器を手にした男を見て好機だと思ったのだろう。ラスター目がけて一匹の幼生が飛びかかる。が、ラスターはボウガンの角でそれを殴った。
「邪魔だ!」
 そして、思いっきり踏み潰した。
 幼生だから許される芸当である。これが大人のグランドサーペントだったら、高温の血液で火傷は免れない。
 
 ノアは村の防衛に徹している。ヒョウガは時折森の方を見た。風を感じる。精霊が戦っている証拠である。
「ダメだ、キリがない!」
 退治した幼生の数は、もう百を優に超えているだろう。身体強化魔術でなんとかできているとはいえ、このままではただただ消耗するだけだ。
「教会に戻ろう」
「え……でも、そうなったらここは」
「一旦捨てるしかない」
 ノアは悔しそうな顔をした。
「戦力は限られている。減ることはあっても増えることはない。援軍を読んでも到着には時間がかかるし、それを呼ぶ人員を割く余裕もない」
「…………」
「俺がもっと、上級の障壁魔術を展開できればよかったんだけど……ないものを嘆いても仕方がないから」
 ノアが一歩下がる。森から幼生が飛び出る。その際に、家の壁に思いっきり傷をつけていった。
「な、なぁ……ノア」
「大丈夫。村人は絶対に死なせない。家を守れなくても――」
「もしも!」
 ヒョウガは声を張った。
 ノアがヒョウガの方に顔を向ける。
「もしもオレが、また魔力を上手く扱えなくなっても、ノアは、ノアは……オレのこと、助けてくれる?」
 その問いの真意を、ノア・ヴィダルは即座に理解した。地によりそう新雪のような、柔らかく優しい微笑みで、彼はその問いに答えた。
「勿論。何度でも、君を救い出してあげる」
 迷いのない返事に、ヒョウガは決意を固めた。
「……行ってくれ」
 瞳へ宿る意志と覚悟は、氷のように強固であった。
「村にはこれ以上、一匹たりとも入れさせないから」
「……ありがとう」
 ノアは地を駆けた。背の向こうからヒョウガの詠唱こえが聞こえる。
 この村は冬。未熟な少年が持て余した魔力で引き起こされた冬。ある意味では精霊の障壁魔術の内部である。彼の声はこの区域にいる限り、精霊に届く。
 そして、精霊と契約者の間では、時に「相手の名を呼ぶ」行為に重要な意味が生じる。
「虚無と絶望の空を墜とせ。永久の冬をここに、ッ!」
 ヒョウガは精霊の名を呼んだ。
「応えろ、――!」
 
「何!?」
 教会近辺を防衛していたガーベラは、突如表情を変えた冬に目を見開く。森から飛び出たグランドサーペントの幼生はこちらに届くことなく、地面から突き出た氷の壁に阻まれた。高さにして十数メートルはあるだろう。それが、すさまじい勢いで次々と生えていく。
「これって!」
 怪我をした村人たちの手当に奔走していたフロルは思わず教会廊下の窓を開ける。間違いない、これはヒョウガの魔術だ。初めて出会ったときに、彼が見せてくれた魔術だ!
「村が氷の壁に覆われてるぞ!」
 村人たちの声が礼拝所から聞こえてくる。フロルは廊下を走り、礼拝所を抜けて、教会の外へと飛び出た。ヒョウガの氷が高くそびえているのが見える。グランドサーペントの幼生たちが懸命に突進を繰り返しているが、全くびくともしない。
「こりゃあいいねぇ」
 ガーベラが嬉しそうな声を上げた。
「さ、いくよ! ひとまず村の中のヤツを倒せば、安泰ってやつだねぇ!」
 
 空の変化にラスターも気づく。強烈に牙を剥いた冬はグランドサーペントの幼生を片っ端から凍死ころしていく。いや、自分だけ無事なのが奇跡かもしれない、と呑気なこと考えた。灰色の重い空がずっしりと下りる。グランドサーペントも怯んでいるように見える。
 ただ一人、この玄冬の中心にいる精霊だけが、この状況を喜んでいた。
「ああ……」
 恍惚の声が零れる。
「この感覚、この冬、この響き、全てが実に懐かしい……」
 腕を大きく広げて、精霊は全身に風を受けた。何かの儀式をやっているかのようにも見えるが、きっとそうではない。そんな大したものではない。
「最後に、そなたに名を呼ばれたのはいつだったかは思い出せぬが――それも些細なこと。なぜなら、今、そなたが久方ぶりにそれがしの名を呼んだのだ」
 そのまま大きく、腕を上げていく。刀を、上段に構える。
「そなたが、魔力を扱えるようになったからだ。だからこそ――」
 ラスターは一度瞬きをした。先ほどまで宙に浮いていたはずの精霊がいなくなっている。グランドサーペントの足下で雪が舞った。あの一瞬で一気に刀を振り下ろしたのだ。
 ずるり、とグランドサーペントの頭がずれる。とん、と精霊が再度宙に姿を現した。
「だからこそ、それがしもそなたの名を呼べる。ヒョウガ殿……」
 重い音が響いて、グランドサーペントの頭が地面に落下した。遅れて身体も崩れる。
「そなたのねがいに、応えよう」
 目を見開いたままのグランドサーペントの頭がぴくりと動く。その隙を見逃す精霊とラスターではない。動きを封じたうちにラスターは距離を詰めにかかるが、グランドサーペントの額にある宝石は異様に硬い。いくら冬の魔力ですさまじい力を得た精霊とはいえ、その宝石を砕くのには骨が折れる。ラスターは距離を保ったまま、グランドサーペントが復活してもいいように目を潰すことにした。あの再生速度ならラスターが全速力で走ったところで間に合わない。もっと速く走れるのであれば、額に爆弾を固定してやれたというのに――。
 ラスターはボウガンを構えた。そしてグランドサーペントの目を狙った。だが、呼び起こされた冬の風が狙いを狂わせる。質量のあるナイフなら風の影響を受けづらいが、そうなると距離がやや遠い。
 さあ、どうする――。ラスターが思案したその時、彼の腕を掴む者が居た。
「撃って」
 耳元で聞き慣れた声がする。
「この風だと狙いが――」
「早く!」
 ラスターは言われるがままにボウガンの引き金を引いた。グランドサーペントの瞳目がけて放たれたはずの矢は大きく逸れた――が、不自然にその軌道が修正される。ノアの魔力が載っているのだ。強烈な風の中を猛進する矢は迷いなくグランドサーペントの左目を貫いた。
 同時に、離れていた首と胴体が完全に繋がる。
「村は無事か?」
 ラスターは、自分の真後ろにいるノアに尋ねた。
「なんとかね。ちょっと家の一部が壊れたりとかはしたけれど、村人はみんな無事。ヒョウガくんが氷の壁を展開してくれたから、俺もこっちに来ることができた」
 冬の主が、ノアたちの前に降り立つ。初めて会ったときと似たような天候。しかしそこに拒絶の意志はない。ただただ寄り添うだけの冬がある。
「風と氷の加護を受け、冬を司る精霊。コガラシマル」
 精霊がノアとラスターの手を取った。彼の魔力が二人を包む。冬は完全に、ノアとラスターを受け入れた。
「そなたたちの指示に従おう。どう動けばよい?」



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)