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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第十六話 決着

   第十六話 決着

 雪が穏やかに舞う。名を名乗った精霊――コガラシマルはヒョウガの呼びかけに応え、正しく力を解放した。彼は僅かに瞼を開き、灰の瞳でグランドサーペントを一瞥する。ノアは息を呑んだ。周囲の魔力濃度が跳ね上がるのが分かる。そして同時に、初めて出会ったときの暴走は相当力を抑えていた・・・・・のだと思い知った。
 炎の蛇は軽く悶えながら自身の調子を整えようと躍起になっていた。コガラシマルは再び目を閉じた。
「言われたとおりに額の宝石を砕こうとしたのだが……少々足りなかった」
 翼を持つ蛇の額に輝く宝石には、蜘蛛の巣のようなヒビが入っているのが見える。グランドサーペントも心なしか苦しそうだ。
「いいや、あそこまで壊せたら上等だよ。ありがとう」
 この調子でいけば討伐できるはずだ。そして、それを一番分かっているのはグランドサーペントだ。今、ヤツにとっての一番の脅威はこの場にいる三人。洞窟の奥からは凍結を免れた幼生の残党があふれ出てきた。親を守ろうとしているのだろう。
「涙ぐましいねぇ」
 ラスターが短剣を構える。ノアとコガラシマルの返答を待たずに彼は雪原を駆けだした。
「ザコ狩りは任せろ、デカいのは頼んだ!」
 脇目も振らずに一直線。突撃してきた外敵に幼生たちはどっと襲いかかるが、近づいた個体から切り伏せられていく。一部の個体は変にすっ飛んでいった。蹴り飛ばされたのだ。
「いいねぇ!」
 ラスターが甲高い声を上げた。こちらに向けられた本能的な殺意が刺激になる。
「突っ込むしか能の無いバカは対処が簡単で助かるよ!」
 ぎらついた目は猛獣のそれに酷似しており、グランドサーペントの幼生たちも同じ事を思ったらしい。警戒声が鋭く響き、グランドサーペントの親個体がそれに反応した。
 ノアはコガラシマルにも身体強化魔術を展開した。身体にみなぎる魔力に息を呑むコガラシマルに、ノアは声を張った。
「俺と一緒に来てくれ、宝石を砕いて止める!」
 自分にも追加の身体強化魔術を展開するノアの傍で、コガラシマルは愛刀を構える。持ち主の魔力をそのまま威力に反映させる類いの魔刀だ。
「細かい輩の掃討は一人で問題ないのか?」
「大丈夫、ラスターは強いし――」
 ノアの言葉はそれ以上必要なかった。ラスターのペンダントから飛び出したフォンが、ラスターが取りこぼした幼生を燃やす。グランドサーペントの幼生は割と脆弱だ。成長すれば炎をものともしない強靱な身体になるが、それはあくまで「成長すれば」の話である。
 ね? とノアが言う。コガラシマルも満足そうな笑みを見せた。
「宝石の破壊は俺が。君はグランドサーペントを誘導して。もしもあいつが腹を見せてきたら、俺も攻撃に回れる」
「腹も弱いのか」
「ああ。でも、宝石が壊れない限りは死なないから」
「……承知した」
 コガラシマルが地を蹴り空を渡る。一度首を落としに来た輩をグランドサーペントも脅威に思うのは当然だ。空を飛べないサーペントは、風でそれを落とそうと試みた。巨大な翼が大きく羽ばたく。蛇の身体が浮くことはないが、森の木々が強くしなり、きしむ。
 精霊は嘲笑した。
それがしに、風で勝負を挑むと?」
 刀を持たない方の手が動く。まるで楽団を指揮するかのようにしてコガラシマルは風を操る。
「笑止、その程度の風でそれがしの首を取れると思うな!」
 ノアは反射的に障壁魔術で双方の暴風を凌ぐ。森か消し飛ぶのではないかと不安になったが、その辺りはきちんと加減していたらしい。ノアはもう一度身体強化魔術を重ねて展開する。ラスターの方を気にしたが、彼はちゃっかり暴風を利用していた。数十匹の幼生が木々や岩に叩きつけられたのが見える。
 苛立ったグランドサーペントが炎を吐く。それはグランドサーペントの羽ばたきに乗り、真っ直ぐにプレメ村への方へと飛んでいく。だが、コガラシマルは風でそれを絡め取り、遠慮無くグランドサーペント目がけてぶん投げる。元々炎に対しては耐性のあるグランドサーペントにはあまり効いていないが、村や森に落ちるよりはマシだろう。
 コガラシマルの動きもノアは注視していた。彼は再度首を落とそうと飛んでいたが、グランドサーペント側も学習はする。
「……!」
 岩石の鎧を厚めに修復し、刀の一撃を防ぐ。コガラシマルは一旦距離を取った。体勢を整えるために離れたのを好機と捉えたのだろう、グランドサーペントが身体を大きく起こした。ノアの目が光る。手中の魔力を一斉に変換する。この環境下で最も威力の出る魔術。冬と風の恩恵を最も受ける――氷の槍を作り出す。風の魔力を纏わせた上で一直線に腹を狙う。羽があろうが岩で身体を覆っていようが蛇は蛇、腹は柔い。
 グランドサーペントが痛みに耐えかね、空へ向かって炎を吐いた。ノアの視界の端でコガラシマルが攻撃を回避したのが分かる。ノアは一気にグランドサーペントと距離を詰める。蛇の巨体が雪原に崩れた。
「ノア殿!」
 空から声が下りる。
「ヒビの少し下を狙って突くのだ、そこが一番脆くなっている!」
 潰されずに済んでいる右目の視界に入らないようにして、ノアは術を展開する。対象は手に持っている剣だ。ノアの魔力を帯びて刀身が白く輝く。光の気配にグランドサーペントは身じろぎしたがそれがまずかった。身体をくねらせることによって腹が露出する。冬の精霊はそれを見逃さない。ノアよりもずっと高度で精密な氷の槍が魔物の腹を貫く。まるで蝶の標本を作るかのようにして、その身体を地面に固定した。
 剣に強化魔術を展開しつつ、ノアは続いて足場を作る。魔力を固めて台を作り出し、それを活用してグランドサーペントの頭に降り立つ。その際にノアは矢の突き刺さる左目を見た。赤黒く輝く血が流れている。高温の液体なので、迂闊に触れると大やけどだ。
 物語のようなドラマティックな決着など現実ではそうそうない。これでとどめだ、と宣言しながら剣を振るようなことはない。ノアは無言で、しかし確実に終わらせるという強い決意の元で剣を振りかぶる。コガラシマルに言われた通り「ヒビの少し下」目がけて剣を突き刺した。宝石の最奥にねじ込むつもりで、体重も乗せた強烈な一撃。当然元より脆くなっていた石が耐えられるわけもない。びきびき、と重苦しい音がした。ノアは歯を食いしばって圧力を強めた。グランドサーペントが頭を動かしてノアを振り落とそうとするが、魔術でへばりついて事なきを得た。
 グランドサーペントの尾が暴れる。地面が抉れ、雪が舞う。しかしその一撃は反対の頭側にいるノアにも、遠くで戦闘中のラスターにも、空にいるコガラシマルにも命中しない。思えば自棄の一撃だったのだろう。殆ど意味を成さないといえど、それ以外の選択肢をとれない状況がある。
 命の源を、額の宝石を砕かれている今が――まさに、それだ。
 ノアはもう一度剣を宝石に突き立てた。小さな宝石の欠片が雪原に転がった。魔力が一気に零れる。グランドサーペントの魔力量が急激な減少を見せる。源を直接攻撃されているのだから当然だ。親の危機に何匹かの幼生が駆けつけるのが見えたが、ラスターの投擲ナイフやフォンの攻撃で例外なく殺されている。
 ばきり、と今度は大きめの欠片が零れた。石全体にヒビが入ったのを確認し、ノアは剣から一気に魔力を注ぐ。ヒビを強烈に輝かせた宝石は一瞬で破裂。ノアは思わず目を閉じた。飛び散った破片の一つが頬に傷をつけたのが分かった。
 グランドサーペントの最期は静かなものだった。矢の刺さっていない右目から急速に光が失われる。僅かに暴れていた身体からはゆっくりと力が抜けていく。
 ノアは肩で息をしていた。想像以上に必死だったらしい。
「終わったか」
 いつの間にか、すぐ横でコガラシマルが飛んでいた。
「なんとかね」
 ノアは額の汗を拭うことなく答えた。そして、グランドサーペントの頭の上で横になった。寝心地はお世辞にもよいとは言えない。ゴツゴツとした岩が背中や腰の嫌なところに当たるし、そもそも死骸の上に寝そべるという事実があまり気持ちのいいものではない。だが、今はそうしたかった。それほどまでに疲れていた。おそらく身体強化魔術の副作用も多少影響しているだろう。
「降りられるか?」
 精霊が手を差し伸べてきた。ノアは彼の手を掴んだ。
 重力を無視して身体が浮く。空の飛び方を知らないノアは、どう動けばよいのか分からなかった。冬の精霊に導かれ、ノアはゆっくりと地面に降り立つ。空を飛ぶのは初めての体験だ。変に心臓が高鳴った。もしも自分がまだ幼い子供だったら、地面を飛び跳ねて喜んでいたかもしれない。
「ノア、やったか?」
 フォンを引き連れてラスターが駆けつける。怪我はなさそうだ。
「なんとか。けっこう大きな個体だったみたいで、宝石の強度も相当だった」
 自分の頬に軽く治癒の魔術を展開させながら、ノアはラスターの問いに答えた。そこで、ノアはコガラシマルの腕にも治癒の魔術を展開させる。「痛みや痺れはない?」という問いに、彼は「何も問題ない」と答えた。
 ラスターは足下に転がっていた宝石を拾い上げて状態を見る。綺麗に砕けていたら結構な金になるのだ。ただし、今回のはヒビが酷いのでどうしても値打ちは下がるだろう。
「こっちもほぼ終わった。フォンの追撃で幼生はほぼ殲滅。あとは洞窟を念のため封鎖する必要があるかな」
 説明をしながら、ラスターはひょこひょこと動き回る。グランドサーペントの周りに転がる宝石を片っ端から鑑定し、状態が良さそうなものをいくつか回収していた。
「つまり、洞窟の中にいるものを全て凍死させればよいのか?」
 なかなかに物騒なことを言い出すコガラシマルにノアは首を横に振る。
「それだと魔物以外の動物が住み着いていたときによくないから、魔物だけを外に出さなければいい。餌が取れなければ勝手に餓死してくれるから」
「魔物避けの仕掛けとか色々としておくよ。ノアとコガラシマルは先に村に戻ってくれ」
 ノアはきょとんとした。コガラシマルも同じだったようだ。三人の間に妙な間が生じたが、ラスターはそれとなく空を指差した。
「冬が終わってない。多分……ヒョウガが魔力を収束させることができてないんじゃないか?」
 瞬間、風がノアたちの頬を打つ。先ほどまでグランドサーペント退治に協力してくれていたはずの冬は「そんなの知りません」と言わんばかりの勢いで暴れ回る。天候は猛烈な勢いで悪化した。ノアの脳裏で「まずい」という言葉が点滅する。この状況はヒョウガたちと初めて出会ったときと酷似している。つまり――!
「コガラシマル、無事!?」
 精霊が暴走してしまったら、ヒョウガ抜きでは骨が折れる。しかし、ノアの心配は杞憂に終わった。
それがしは問題ない、そなたがヒョウガ殿に魔力操作を教えてくれたが故に」
 精霊の無事を確認したノアに、ラスターがたたみかけるようにして言った。
「三人より二人の方がフットワーク軽いからなんとかなるだろ」
「ラスター、ほんとに大丈夫?」
 ノアは胸元を押さえた。心臓が嫌に跳ねたとき僅かな痛みが残っている。
「せっかくヒイコラ言ってグランドサーペントを退治したのに、それを台無しにするつもりか?」
 ラスターの棘のある言い方へコガラシマルの眉間にシワがよる。が、ラスターはすぐにひょうきんな仕草でノアにウインクを繰り出した。
「大丈夫、ラスターちゃんは強いから」
 一本取られたな、とノアは思った。
「……分かった」
 幸いにも、ノアとラスターにはコガラシマルの加護が働いている。普通であればこの暴力的な寒さに凍えるところ、そうならずに済んでいる。ノアは早急に出発した。急いで村に戻らなければならない。とはいえ視界は最悪の極みで、気温以外に関しては多少の影響を受ける。
 コガラシマルがノアの手を取った。足が地面を離れていく。飛ぶ方が早いのは道理だが、今度は風の影響を大きく受けそうになる。だが、それはノアだけの話。この状況を作り出した者であれば、風も雪も寒さも障害になり得ない。
「ありがとう」
 ノアの言葉に、精霊は微笑んだ。
 白に包まれた視界の中で、ノアは村の方を見つめる。氷のドームは見えないが、自分の行き先くらいは分かる。
「約束は、果たすためにあるからね」



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)