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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第十二話 ラスターのおはなし

   第十二話 ラスターのおはなし

 ラスターなら邪魔な扉は蹴破る。それを見越したのか、イルク司祭がきちんと戸を開けてくれていたのは大助かりだった。
 ヒョウガはノアを長椅子に寝かせて、フロルが持ってきてくれたタオルケットを彼にかけた。
 フロルは開口一番に「無事でよかった!」と喜んでくれたが、ノアは気絶しているしプルメ村は大雪だしで全く無事ではない。フロルがイルク司祭と共にノアの手当てにあちこち駆けまわっているのも、無事ではない理由のひとつになる。
「精霊くんは無事だぞ」
 状況が一段落したところでラスターが口を開いた。ヒョウガはぱっと顔を上げた。
「無事、なのか?」
「天気がちょこっと変わりそうになったあたりで察したんだろうな。俺にあんたを守るよう言いつけてきたよ」
 ヒョウガは口をぽかんと開けた。ラスターは大きな笑い声をあげた。
「なんだよ、そんなに驚くことじゃないだろうに!」
「いや、だって……。いつもならアイツが直々に……最近、過保護だったから」
「そりゃあ、暴走状態じゃなけりゃ多少は冷静だろ」
「じゃあ、なんであんな大雪が? そもそも全く雪が解けな……」
 ラスターは目を逸らした。そこでヒョウガは思い出した。
 ――頼まれたのだ……意図的に続けてほしいと。
「…………」
 冬を続けるように頼んだのはラスターコイツだ!
 ヒョウガの眼の色がさっと怒りに満ちる。これにはラスターもハンズアップ。
「わー待って待って! これには深い理由があるんですよ!」
 ヒョウガは天井を見上げた。精霊の気配がする。冬が暴走しないと判断して戻ってきたのだろう。天気も回復している。
 ラスターが両手を合わせて、コミカルな動きを見せる。許してくれという懇願だ。
「……今回だけだからな」
「あっ、いいの? やったー。お礼にいいこと教えてあげる」
 ラスターはさっとヒョウガの肩を抱き、そのまま長椅子へエスコート。観劇にやってきたカップルのごとく。されるがままのヒョウガだったが、ラスターの距離の詰め方は随分と雑で、急だ。ノアとは違って、多少の緊張感がある。万が一のことがあったら精霊に助けを求めればいいかな、と考えた。
「もしも何を信じていいのか分からなくなったときは、自分の信頼しているヤツの方を選びな」
「自分の、信頼……?」
「そ。あんたはあのニセ村長に何か言われたんじゃないの?」
「ニセ村長?」
「ニセモノだよ、あの村長。俺と精霊くんは本物の村長に会ってるし、その時精霊くんが変な反応をしたから……まぁ、つまりアイツはでたらめ言ってたってこと」
 どうやら、ラスターはこの状況をある程度推測できているらしい。ヒョウガは素直に、先ほどあのニセモノ村長に言われたことを洗いざらいラスターに打ち明けた。ラスターはゆっくりと相槌を打ちながらヒョウガの話を聞いてくれた。時々「そりゃ酷い」「なんてヤツだ」「もう一発ぶん殴っておけばよかったか?」と小さなツッコミを入れた。ヒョウガはそのたびに、ラスターのひょうきんな言い回しについつい笑いをこぼしてしまった。
 事情を一通り聞いたラスターは、「よく我慢したなぁ!」とヒョウガを褒めた。
「俺ならそいつの腹に蹴り入れてるよ!」
 入れてたよなぁ、とヒョウガは思った。
「まぁ、ともかく。アイツの本職は行商人だから口が立つんだ。あんたみたいなのを言いくるめるのなんかお茶の子さいさい」
 ラスターはそう言って、紙切れをくしゃくしゃにした。
「次からはあんたが信じる人のことを優先的に信じてやればいい。今回のケースでいったら、ノアだな」
「でも……その人が間違っていたら、どうするんだ?」
「おっと、ノアが信用できない?」
 ヒョウガは跳ね上がった。「そうじゃなくて!」と慌てて否定した。ラスターは景気良い笑い声をあげた。
「まぁ危機意識が高いってのは素晴らしいことだ。ラスターちゃんポイントを十ポイント贈呈しよう」
 よく分からないポイントを受け取って、ヒョウガは素直に礼を言った。ラスターちゃんポイントとやらが何に使えるのかは分からないが。
 ラスターは手元の紙をくしゃくしゃにしていたが、不意にそれを小さく折り畳み始めた。
「確かにずーっと仲良くしていた奴が突然裏切ってくることもあるさ。俺の知り合いはそういう目に遭って今じゃ人間不信の偏屈情報屋をやってるが……だけど、それはずーっとずーっと小さい確率の話だ。あんたはまず人を信じて、自分を信じる力を身につけないと」
「自分を、信じる……?」
「そ、自分を信じるの」
 小さく折りたたんだ紙を、ラスターは再度広げる。くしゃくしゃになった紙で、今度は円筒の形を作り始めた。
「幸い、あんたの周りにはあんたを信じてついてきてくれる奴がいる。あんたと一緒に歩いてくれる奴がいる」
 ラスターの眼が天井を捕らえた。
「あれ、でもあいつって普段飛んでるのか? 素足だし」
「飛ぶ時もあるけど、歩く時もある」
「それなら後でいい感じの草履があった方がいいな。素足で地面歩くのは痛いぞぉ、石とかあるし」
「飛ぶときに邪魔だって言うから……」
 ヒョウガは聞こえよがしにそう言った。屋根で精霊がちょっと慌てているのが分かる。
「じゃあ邪魔にならない草履を探そう。あんたたちの旅はそこからだ」
 紙で作った円筒の端を、ラスターはねじる。両側を同じようにすると、キャンディーの包み紙ができた。
「……なぁ、それで、どうやったら自分を信じられるんだ?」
「うん? そうだなぁ……」
 ラスターはヒョウガの手を取った。ヒョウガはほんの少しだけ怯えたが、ラスターは気が付かなかった。いや、あえて気が付かないふりをした。
 ヒョウガの手のひらに、ラスターは先ほどのキャンディの包み紙を置いた。当然中身は空である。
「握ってごらん」
 ラスターのチョークブルーの眼に、ヒョウガは自分の顔を見た。
 言われるがままに、ゆっくりと包み紙を握る。紙はくしゃりと潰れ……ることはなく、なにか固いものの存在をヒョウガの手のひらで主張した。
 ラスターの瞳の中に、目を見開く己の姿がある。
「手を開いて」
 体を硬直させたまま、ヒョウガはゆっくりと手を開く。キャンディーの包み紙がある。
「紙の中身を見て」
 ヒョウガはそこで、ようやくラスターから目を逸らした。手のひらの包み紙をほどくと、中からきれいな大玉の飴が姿を現した。淡い水色をしていて、表面はザラメでコーティングされている。
「あんたの場合は、楽しい経験を積んだ方がいいかな」
「飴玉みたいな?」
「そう。そこで、自分の選んだものに対して胸を張れるようになればいい」
 ラスターは手をひらひらと動かした。飴玉を食えと言っているのだ。ヒョウガは素直に飴玉を口にした。ざらざらとした感触の後、遅れてラムネの味がした。
「選べるのかな……オレに、そんな」
 からころと飴玉が歯にぶつかる。大粒のものなので声もふにゃふにゃになるが、ラスターにとっては造作もなく聞き取れる程度の活舌らしい。
「あんたはアマテラスを脱出した。アマテラスに居続けるのが危険だと判断したんだ。その状況を変えることを『選択』したんだ」
「…………」
「変化には痛みが伴うものだ。それをなくすことはできないが、軽くすることはできる。いろいろなものを見て、触って、経験して、自信を作っていく。その手助けをしてくれるやつがたくさんいる。屋根の上で自分の足のサイズを計っているし、魔力切れでぶっ倒れてるし、そのぶっ倒れてるやつの世話をしているし、飴玉を出現させる奇術なんかをしている」
 ヒョウガの肩が震える。ラスターはあえて彼のことを見なかった。屋根の上にいる精霊に怒られるだろうかと思ったが、こちらの声が結構聞こえているらしい。おとがめなしだ。このくらいなら許されるわけだ。
「それじゃあ、まずは冬を晴らすところからだな」
 ヒョウガは深く、深く頷いた。


 
 夕食後。午後八時。
 長椅子で寝転がっているノアは、手のひらで魔力を動かした。結構無茶をした自覚はある。というよりその自覚を嫌々ながらも持つしかない。ラスターが魔力回復薬を徹底的に隠してしまったのだ。明日の朝になったら返すと言っているが、そういう問題ではない。
「ラスター、その」
「嫌ですー。明日の朝になったらイルク司祭に返してもらってくださいー」
 ノアの寝床になっている長椅子の端に座っているラスターが唇を尖らせる。彼はノアのブランケットを容赦なく自分の尻に敷いている。ノアがそれとなくブランケットを引っ張ったが、ラスターは尻を浮かせることもしなかった。
「悪かったって。さすがに飲みすぎたし無理もしちゃったけど、今回は仕方ないでしょ?」
「ダメー」
 ラスターは腕で大きなバツ印を作った。
「あのねぇ、子供二人にしこたま心配かけた自覚ある?」
「……あります」
「俺の肝を冷やした自覚は?」
「……あります」
「よろしい」ラスターはふんぞり返って、ノアに魔力回復薬の瓶を渡した。
「いいの?」
 ラスターはふんぞり返ったまま深く頷いた。ノアは早速飛び起きて瓶の蓋を開けた。これで少しは楽になる。過剰摂取もいいところ、というのが唯一の懸念点だが……やむをえまい。そんなことを思いつつ一口目を飲んだ瞬間、ノアは盛大に噴き出した。
「ま、中身は水なんだけどな!」
 容赦のないネタ晴らし。ノアが「ラスター!」と怒鳴るが、ラスターはノアの脇腹をつついた。
「当たり前だろこのすっとこどっこい! 今晩は自然回復! 黙って寝る!」
「そんな不意打ちみたいなことしなくてもいいじゃないか!」
「はぁ? 魔力回復薬の過剰摂取には大量の水を飲むってのが有名な対処法だろうが!」
「ああ、もう……。分かってるけど、それならそれで素直に水をくれればいいじゃないか」
 ノアは素直に瓶の水を飲んだ。ラスターは内心ほっとした。
「ヒョウガくんとフロルは、どうしてる?」
「本を読んでる」ラスターは二本目の魔力回復薬の瓶(当然、中身は水だ)を出した。「イルク司祭が持っていた子供向けの魔術書があってさ、それを使って勉強してるよ」
 ノアはほっとした。二人の勉強の機会を自分の管理不足で台無しにするところだったが、なんとかなったらしい。反省点であることに変わりはないが。
 ラスターはそれとなく外を見た。夜が続いている。
「明日、魔物の住処を確認しに行く」
「分かるの?」
「おそらく、ヒョウガたちと最初に出会った場所の近くだ。魔物の刺激はしないし、この区域の天候はしばらく強めの冬にするよう精霊に頼んである。あんたは療養。場所を見つけたら一気に叩いて、それからゆっくりと修行の続きをすればいい。あんたは療養」
 ノアに二度も療養を強要し、ラスターは満足げな顔をした。
「質問はある?」
 ノアは肩を竦めた。
「明日には魔力回復できてるよ」
 ラスターは少し沈黙した。そして自分の荷物袋へ目をやった。
「ロープであんたを縛っておいた方がいいか?」
 ノアは勢いよく、首を横に振った。


 同時刻。
 行商人はぶつぶつと文句を呟きながら、自らの腹を撫でていた。あの魔物退治屋に蹴られた跡がそれとなく残っている。
 このままだと冬は晴れる。せっかくの金の気配は台無しになり、交易で儲ける予定だった利益の三分の一も回収できていない。
「こうなるのは仕方ない、仕方ないんだ……。全部あのバカが悪い……」
 行商人の手元には地図があった。プレメ村近辺が描かれているそれに、赤色のバツ印がある。森のやや奥まった場所にある洞窟の上に描かれたそれが何を意味するのか、理解しているのは行商人以外に存在しなかった。
 机上のランプが炎を揺らす。怪しく煌めいたそれは、部屋にあるすべてのものがあたかも邪悪であるかのようにして演出する。品物に罪はなく、地図も全くもって潔白だ。しかしその持ち主が黒であるのなら、彼が扱うものにもそういった意図がしみていく。
 行商人は喉を鳴らした。くくく、と不気味な響きのそれは、静かに積もる雪に吸われて消えた。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)