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【創作大賞】ナナシノ魔物退治屋 -ノアと冬に愛された子- 第二話 暴走


   第二話 暴走

 ノアの、癖のついたブルーラベンダーの髪が日差しに煌めくのが、雪のそれに似ている。そんなのんきなことを考えていられたのは森に入った直後の数分程度だった。プレメ村を取り巻く今の冬にはグラデーションという概念がない。ぶつ切りのようにして夏を冬に閉ざし、そして太陽を雪に閉ざした。
 三人は、乱暴に頬を打つ風に目を細めながら、ゆっくりと目的の場所へと足を進めた。
「これ、大丈夫なのか?」
「らいじょうぶじゃないとおもいますぅ」
 寒さで呂律がやや怪しいフロルは、歯をがちがち言わせながら続けた。
「仮に道が分かっていても、動けなくなったらおしまいれすよぉ……」
 ラスターは周囲を見た。森の開けた一角だ。視界は最悪というわけではないが、手放しによいとは言えなかった。奥に洞窟らしきものが見えるが、何が住んでいるか分からない以上手は出せない。ただでさえこの雪だ。魔物や猛獣が逃げ込んでいてもおかしくない。
「だったら……相手を呼ぼうか?」
 ノアのとんでもない申し出に、ラスターとフロルが同時に同じ反応をした。
「呼べるのか!?」
「呼べるんですか!?」
 そう思ってしまうのも無理はない。向こうから来ていただけるのであれば、わざわざこちらから出向く必要はなかったわけだ。恐ろしく不安定な雪の上を踏み歩く必要もなければ、寒さに凍えることもない。
「ただ、相手がこちらに敵意を示さないという保証はないよ。話が分かる相手かどうかも分からない」
 ラスターは周囲の様子を伺った。雪に包まれた森。フロルの不安げな視線がある。仮に戦闘になったとき、彼女だけでも逃がす算段を立てなければならない。木々に紛れて逃げればなんとかなるかもしれないが、相手が何をしてくるかは分からない。
 一度引き返すのもありかもしれない。ラスターが意見を述べようとしたその時だった。
「それには及ばぬ」
 ――灰色の空から声がした。
 ラスターが前に躍り出る。明らかな警戒だった。ノアはフロルに魔術を仕込んだ。
「危険を感じたら逃げて」
「えっ、でも――」
「大丈夫」ノアは嘘をついた。「俺たち、こういうのには慣――」
 言葉が途切れるような気がした。視界の外れで魔力が膨れたのを感じた。攻撃の意思表示だ!
「離れてて!」
 ノアはこの時、声の主の姿をはっきりと見た。同時に、彼がこの冬を展開している元凶であると見抜いた。それはラスターとフロルにとっても同じだったらしい。当然だ。彼の風貌は人のそれからかけ離れていたのだから。
 青年が一人、冬の空に浮いている。
 ひときわ目の引く白藍の肌。薄縹の長い総髪は風を従えているかのようにしてなびいている。右目は長い前髪で隠されているが、それは彼の双眸を確認できない理由にはならない。
 ノアのこめかみに汗が落ちる。普段から目を閉じているということは、彼の眼はおそらく常に何かしらの瞳術を発動させているということになる。それもあるが、ノアは彼の精悍な顔立ちに緊張を覚えていた。同性であるノアですらこれなのだ。女性からは黄色い声が上がってもおかしくはないだろうな、とノアは思った。
 ともかく、日輪島の伝統衣装「着物」に身を包んだ姿だけを見れば人らしいが、肌の色と――何より、この雪の中、あの薄着で平然としている時点で人とは違う。
「君は、日輪島から逃げてきた精霊だね?」
 ノアは声を張った。風が一段と強くなった。
「理由を聞かせてほしい! どうしてこの地域を冬に閉ざしたの?」
「貴様らもこの力を利用したいのか?」
 懸念が現実のものになった。話を聞いてくれない。ノアは奥歯を強く噛んだ。精霊族は魔力の干渉を強く受ける。これは暴走状態だ。まだ会話ができるのならやりようはあったがこれではどうにもならない。方法としては魔力をひたすら消費させるのが手っ取り早いが、この森の「冬」という環境下ではあの精霊の魔力は実質無尽蔵だ。
「違います、俺たちはこの冬を終わらせたくて来ました」
「戦争か? それとも実験か? 連中と同じようにして我々を利用する算段か!」
「違います! 利用するなんてそんなことは……俺たちはただ、」
 話を聞かない精霊は刀を抜いた。そして何も言わずに猛烈な勢いでこちらに突っ込んでくる!
 障壁魔術を展開する。だが、精霊の刀を見てノアは体の奥底で本能的な恐怖を感じた。彼の持つ刀は魔刀の類であった。平時なら質がいいと感嘆するところではあるが今はそれどころではない。あのクラスの刀であれば、ノアの中級どまりの魔術など簡単に両断される。
「くっ……!」
 そうとなれば術を重ね掛けする他ない。が、精霊もそれを読んでいたらしい。
「遅い!」
 術の展開寸前、刃がノアの体を捕らえたその時、間に割り込む影があった。
「!」
 素早い身のこなしで刃を受け止めたラスターはそのまま精霊の腹に蹴りを入れた。精霊の体はやたら勢いよく空へと飛んで行ったが、ラスターは舌打ちをかます。衝撃を完全に殺されている。
「なんだよ、こっちは穏やかに話をしようって言ってるだけなのに斬りかかってくるなんて。精霊族ではそれがマナーだったりする?」
 ラスターの問いかけに精霊は答えなかった。――だが、それでいい。ラスターは構わず口を回した。
「なぁ、話をしよう。穏やかに冷静に。あんたの連れも含めて」
「連れ、だと?」
「ああ、そうさ。二人より三人、三人より四人、ってな! ちょっと寒いけどお話――」
「どこでそれを知った?」
 その声色で、ラスターは思った。
 ――ヤバい。
 ノアが静かに剣を抜いたのが分かる。ラスターは正直に答えた。
「……あんたが言った。自分のことを『我々』って」
 精霊は深く頷いた。何も言わずに頷いた。憤怒に叫ぶことはなく、代わりに天候が表情を変えた。
 やや緩やかに下りてきていたはずの雪は急にその鋭さを増す。猛烈な風が灰色の空に吠える。ノアとラスターは足元に力を込めた。そうしないと吹き飛ばされてしまうからだ。
「っ――!」
 フロルが何かを叫ぶが聞こえない。ノアは口元に力を込めた。強烈な風のせいで上手く息ができなかった。
 殺意を身にまとった精霊の攻撃をラスターが受け止める。いくらラスターの反射神経が常人より優れていたとして、風の属性を持つ精霊には敵わない。だが、精霊の攻撃はやや単調だった。不意打ち含めて何でもありの環境下でしごき倒されていたラスターにとっては、その経験でなんとか食らいつけている。
「ノア、フロル連れて逃げろ!」
 なんとか攻撃をかわし、時には受け止めるラスターが叫ぶ。
「バカ言うな、君を置いて逃げるなんて――!」
 ノアは即座に反論を飛ばしたが、ラスターはそれを許さなかった。
「バカ言ってるのはあんただよ! ここに居たら全員、この話聞かない思い込みマシマシ精霊に斬り殺される!」
 戦いながらだというのにつらつらと暴言が飛び出てくるのはさすがというべきなのだろうか。ノアはフロルの方を向いた。
「歩ける?」
「え、ええ。でも――」
「大丈夫、ラスターは強いから」
 ノアがフロルを連れて逃げようとしたその時、精霊はラスターを襲うのをやめた。もう一度彼に斬りかかるそぶりを見せて、その切っ先をノアへと向けたのだ。
「なっ……!」
 判断が遅れる。風に乗った精霊はノアとフロルに迫る。ノアがフロルを突き飛ばし、障壁魔術で攻撃を阻もうとしたところで――精霊は、障壁魔術を蹴り、高く飛んだ。
 空いている手に魔力が渦巻く。現れたのは武骨な氷の槍だ。それが吹雪に乗ってこちらにすっ飛んでくる。まるで飢えに飢えた蛇のようにして。
 ……世界の速度が、遅くなる、ノアは体を起こしてフロルをかばおうとした。ラスターが名を呼ぶのが聞こえる。次に来るのは痛みだろうか。
 だが、ノアは痛みを感じることはなかった。代わりに、槍が折れる音がした。
「な、に……?」
 恐る恐る目を開く。ノアの頭上にはドーム状の氷の塊があった。思わずフロルの方を見ると、彼女は首を横に振っている。「私じゃない」と言っている。ラスターは魔力を持たないのでこんな術を展開できるわけがない。
 ノアは氷に含まれる魔力を見ようとしたが、その必要はなかった。なぜなら、氷に含まれている魔力とあの精霊の魔力の性質は全く同じだだったからだ。
 精霊が顔色を変えて明後日の方向へと飛ぶ。彼の向かった先では、少年が今にも泣きだしそうな顔で立っていた。



気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)