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ぼくの本棚

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心震わせられた一文から。読書の足跡。
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#ぼくの本棚

『濹東綺譚』永井荷風を読んで

『濹東綺譚』永井荷風を読んで

“溝の蚊の唸る声は今日に在っても隅田川を東に渡って行けば、どうやら三十年前のむかしと変わりなく、場末の町のわびしさを歌っているのに、東京の言葉はこの十年の間に変われば実に変わったのである。”

誰しもが、「物語を生きている」と、そう思う。

「煙草屋までの旅」という言葉があって、気に入ってる。

意味は、歩く人が歩けば、例え近所の煙草屋までの歩みだったとしても、異国に旅するほどの情味を感じることが

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【読書】きげんのいいリス トーン・テレヘン 訳 長山さき

【読書】きげんのいいリス トーン・テレヘン 訳 長山さき

ここに書かれているのは

きっと、大人になればなるほど忘れていく原色の自分について

だれも答えてはくれないし、だれも答えなど知りもしない

自分だけの〈願い〉と〈疑問〉が隠されたどうぶつたちの物語

◆あらすじ 

〈叶った夢・叶わない夢・叶っている夢〉

 一度でいいから、ひっくりかえる。そんなサギの〈願い〉は、

 原題『ほんとんどみんなひっくり返れたーBijna iedereen kon

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【読書】 しずかな日々 椰月美智子

【読書】 しずかな日々 椰月美智子

人生は劇的ではない。ぼくはこれからも生きていく。

 読書をする。記録をつけて、感想文を書く。だから、読んだ本のあらすじや、感想はいつでも鮮明に思い出すことができるのだけれど、ふっと薄れて消えてしまうような作品に出合うこともある。

 面白くなかった、嫌いだった、という安直な理由ではなく、つかみどころのない、それでいて、いつまでも、香りだけが残っているような作品に出会う。私にとって、その最たる作品

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【読書】 絵のない絵本 アンデルセン

【読書】 絵のない絵本 アンデルセン

最高純度の文学は絵の中に、景色の中に「さぁ絵にしてごらん、話してあげたことを」はじめての晩、月はそういった。 

 童話作家として、不動の名声を誇るアンデルセンは、「なぜ子供のための本ばかりを書くのですか?」と問われ、「大人のために書いているものを子供に読んでもらっているのです」と答えたと伝えられています。

『みにくいあひるの子』しかり、『マッチ売りの少女』しかり、こどもの頃に読み聞かせられた作

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【読書】 二百十日 夏目漱石

【読書】 二百十日 夏目漱石

 読書にも色々と種類があると思う。その中には、読めば読めほど、作者の輪郭がぼやけ、違った扉の前に立たされるような作品と作者がある。

 「二百十日」は社会の一遍を切り取った作品だ。樋口一葉が「にごりえ」で、尾崎紅葉が「金色夜叉」で……。その他、同時代を生きた作家たちが、万華鏡のように様々な景色を見せてくれる。

 ただ、小説がぼかして書いた世界をああでもない、こうでもないと読み取るより、物語を物語

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【読書】 ともえ 諸田玲子

【読書】 ともえ 諸田玲子

  現より幻のほうが真実であることも、ときにはあるからだ。

分かち合う。

それがたとえ、喜びでも、悲しみでも、人は何かを分かち合わずにはいられない生き物らしい。

でも、分かち合うのが、誰とでもいいというわけにも、人はいかない。

『ともえ』は晩年の松尾芭蕉と、尼の、恋とは言い難い、因果な絆を紡いでゆくお話。二人の背景には、源氏の武将だった木曾義仲と、義仲に連れ添った巴の魂が絡み合う物語。

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日常に潜む小さな意味ー長嶋有『夕子ちゃんの近道』を読んで【読書】

日常に潜む小さな意味ー長嶋有『夕子ちゃんの近道』を読んで【読書】

不思議なユートピア男性が書いた作品か、女性が書いた作品か分からない作品がある。

ブックオフで、タイトル買いをしていると、作者のプロフィールも知らなければ、どんな文学賞を受賞しているかも分からずに、まっさらな状態で、物語に入ってゆくことになる。

『夕子ちゃんの近道』は、特に変わったタイトルでもない。表紙も、特徴的な部分が皆無で、「別に無理して読まなくても……」という声が聞こえそうな出会いだった。

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【読書】かもめのジョナサン

【読書】かもめのジョナサン

『かもめのジョナサン』リチャード・マンソンかもめの絵がプリントされた、濃紺のジャケット。

パラパラとページをめくると、所々にかもめのグラビアが挿入されている、一風変わった文庫本。

すぐに飛び込んでくる一文、、

この世のどんなことよりも、ぼくは飛びたいんです‥

これは、一風変わったかもめのお話、、

あらすじ 主人公かもめのジョナさんは、来る日も来る日も、低空飛行に明け暮れている。
 かもめ

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【読書】宇宙のみなしご 森絵都

【読書】宇宙のみなしご 森絵都

ときどき、わたしのなかで千人の小人たちがいっせいに足ぶみをはじめる。その足音が心臓にひびくと、身体じゅうの血がぶくぶくと泡をはくみたいに、熱いものがこみあげてきて抑えきれなくて、わたしはいつもちょっとだけふるえる。

 森絵都さん。タイトルよりも人の目を引く、ちょっとずるいペンネームだなぁと、彼女の本を手に取る前はいつも思う。絵の都。素敵な名前だと思う。

 そして、タイトルの『宇宙のみなしご』。

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【読書】 ある戦いの描写 フランツ・カフカ

【読書】 ある戦いの描写 フランツ・カフカ

私たちはこの地上に順応して。協調していくという根底に立って生活しているんですからね

 青年がある日突然毒虫に変わってしまう『変身』の読了後、人の生活の根底にある、孤独や制約の描写に味わった事のない、不思議な胸の痛みを感じました。正体のつかめない感情をいったいなんなんだろうと考えているうちに『ある戦いの描写』を手に取ってみたのですが・・。

 読了の正直な感想は「怖くなるほど人間の内部が描写されて

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【読書】 変身 フランツ・カフカ

【読書】 変身 フランツ・カフカ

 ある朝、グレゴール・ザムザが不安な夢からふと目覚めてみると、ベッドのなかで自分の姿が一匹の、とてつもなく大きな毒虫に変わってしまっているのに気がついた。

 唯一無二の書き出しともいえる、上記の文章。あまりに堂々と、あまりに如実に描写される『変身』。中島敦の『山月記』では主人公が虎になってしまいますが、カフカでは毒虫(ムカデ)のような虫に変わってしまうのです。

 また物事には原因がつきものです

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【読書】 思い出のマーニー ジョーン・G・ロビンソン

【読書】 思い出のマーニー ジョーン・G・ロビンソン

パーティーや映画、お茶に招かれたりすることが素晴らしいのは、あくまでも自分以外の連中ーはみな「内側」の人間、何か目に見えない魔法の輪の内側にいる人間なのだから。その点、アンナ自身は「外側」にいる人間だから、そういうことはすべて自分とは無関係なのだった。

 イギリス児童文学の金字塔にして、ジブリでの映画化がされた「思い出のマーニー」。絶対に原作を先に読んでから、映画を見る!と変なこだわりがあるぼく

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【読書】 痴呆を生きる 小澤勲

【読書】 痴呆を生きる 小澤勲

痴呆を生きる者も、その家族も、逃れることのできない現在と、時間の彼方に霞んで見える過去とを、いつも往復している。今を過去が照らし、過去を今が彩る。

 65歳以上の高齢者のうち、5人に1人が認知症に罹患する。厚生労働省の統計です。21歳のぼくは、介護実習に望む前にこの本に出会いました。恥ずかしい話、ぼくは「認知症」や「痴呆症」についてまったくの無知だったのです。自分にとっては関係のない出来事と

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【読書】 羊をめぐる冒険(下) 村上春樹

【読書】 羊をめぐる冒険(下) 村上春樹

彼女がいないのは寂しかったが、寂しいと感じることができるというだけで少し救われたような気がした。寂しさというのは悪くない感情だった。

 非現実へと更に足を踏み入れる下巻ではようやく「羊」の正体と「鼠」に出会うことができます。もちろん、幾つかの犠牲を伴って。大げさなどんでん返しもなければ、意外な事実も存在しない。淡々と時の経過になぞらえながら進んでゆく物語は、読んでいるこちらの現実まで、やがて浸食

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