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日記とエッセイ

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僕のエッセイです。
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記事一覧

日記:ジンの一杯

日記:ジンの一杯

夜。二人の友人が寝静まったあと、僕だけが三時過ぎの部屋でまだ音楽に耳を向けている。
十年来のちんけなスピーカーから流れているのはEpic Moutainの「What Happened Before History」。
Epic Moutainは特定の顔をもつ音楽家の代名詞というわけではなく企業の名であり、その音楽も「Kurzgesagt」というYoutubeチャンネルに向けられて作られたものである

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日記:「ファインダー」

日記:「ファインダー」

 レイモンド・カーヴァーの短編、「ファインダー」を読む。
「ファインダー」は短編集『愛について語るときに我々の語ること』に収録されている。『愛について語るときに我々の語ること』という、一見奇妙なタイトルは同名の短編の以下の部分からとられている。

 すごくいいセリフだと思う。僕も愛について語る行為は、メル(作中の人物)が言ったようなものだと考えている。以前、それほど親しくない人物に「ぜひあなたと愛

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日記:悲しみのモロ

日記:悲しみのモロ

 きのう、僕はバーにいた。疲れ切った彼女に呼ばれて、そこでウィスキーをちびちびやっていた。ただ、じっさい彼女と話し続けていたかといわれれば、そんなことはなかった。瞑想をするみたいにして長く本を読み続けていた――『寺山修司全詩集』、『羊をめぐる冒険』。そのときの僕は無料の落花生の殻に爪をくいこませてそれを剥き出しながら、フィクションの人物になりたいと考えていた。『羊をめぐる冒険』にはそう思わせるだけ

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日記:カポーティの「最後のドアを閉めろ」

日記:カポーティの「最後のドアを閉めろ」

肌がよく荒れる。
肌が弱いのだ。二日連続で寝不足になれば荒れるし、野菜をきちんと200グラム摂らないと荒れる。そして、眼鏡をかけても荒れる。いまもそう。新芽のかたちでして鼻あてが優しくタッチしている、鼻の頭がふっくらとあたたかに腫れ上がっている。

きょう、MONKEY vol.30の「トスカ」と「最後のドアを閉めろ」を読む。

「トスカ」は不思議な短編だった。このように夢幻から夢幻へと泳いでいく

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日記:名前もしらない甥っ子

日記:名前もしらない甥っ子

 僕は外に出る。当たり前だ。この僕だって外にくらい出る。あんまり舐めた調子でいるといつか痛い目にあわせるぞ。

 僕は外に出る。左に折れて、横断歩道を渡る。と、そのとき、視界の端に男の子がうつる。だぼだぼの学生服に身をつつんだ、近くの中学の男の子だ。かれはちょいちょいと左右に素早く首を振ったあと、まるでスタッカートをうつみたいにしてぴょんぴょん跳ねて横断歩道を渡る。そして、どういったらいいのだろう

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日記:ポルノハブ<麻婆ナス

日記:ポルノハブ<麻婆ナス

 もうどこに書いてあったか思い出せない。とにかく村上春樹の小説のどこかで、隣のビルの窓をのぞいて、そこで働く男たちの性欲を感じ取るシーンがあったのを覚えている。
 主人公の「僕」は働く男たちの胸の大きな女の子を眺めて、「他人の性欲を感じ取るのって、ふしぎだ」みたいなことを思っていたはずだ。僕がポルノハブとかを見ているとき、けっこうな頻度でその「僕」のことを思い出す。
「他人の性欲を感じ取るのって、

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日記#1:レイモンド・カーヴァーの『ファイアズ(炎)』

日記#1:レイモンド・カーヴァーの『ファイアズ(炎)』

 きのう、あなたと長いこと話して、僕も日記を書こうと思った。もちろん、僕もあなたと同じ人間だ。日記を書こうと思ったことなんて何度もある。ほんとうにたくさんある。天の川の星の数とおんなじくらいたくさん。でも、ハッシュの番号が二桁を数えたことは一度もない。

 今回はわからない。もしかしたらチップを積み上げるみたいに、十、二十といくかもしれない。あるいは「日記#2」を書いたあとに「こんなことをしている

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小説を書きたい

小説を書きたい

 僕は小説を書きたい。
 ここ一週間ほど、そう思っている。スーパーに行き、<にんじん、じゃがいも、たまねぎ、糸こんにゃく、こまぎれ肉>をかごに入れ、明日の朝食のためにパンコーナーでバゲットを手に取るときもそう思っている。僕は小説を書きたい。
 そう思って過ごしていながら、僕は小説を書いていない。なんども、なんども、書こうとはしているのだが書いていない。
 最近書いたのはメモ書きのような日記だけだ。

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「エッセイ」と猫の留守

「エッセイ」と猫の留守

 お風呂は気持ちよかった。前日にはシャワーをあびた。それも気持ちよかった。しかしお風呂はもっと気持ちよかった。その事実は僕に風呂掃除の必要性を訴えかけるにいたった。キリン堂で僕と運命的な出会いをした「ルック+ バスタブクレンジング」は「シュシュッとかけて、六十秒待つだけ!」と、秘密を打ち明けるようにそう語った。しかし、甘い言葉はやはり信用してはならなかった。六十秒待てども、百二十秒待てども、あるい

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エッセイ:「しゃがみこむ太陽、読めない小説」

エッセイ:「しゃがみこむ太陽、読めない小説」

 はじめは「ハンティング・ナイフ」だった。
 みなさんはご存じだろうか?
「ハンティング・ナイフ」。
 小説のタイトルで、作者は村上春樹だ。「ハンティング・ナイフ」は短編小説で、『回転木馬のデッド・ヒート』に収録されている。
 物語が僕に答えを与えることなく、いわば陰を広げるようにして、夕日の砂浜を藍色に染めていく。そのような不思議な感覚をもたらしたのが、「ハンティング・ナイフ」だった。
 しかし

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日記:とても若くて

日記:とても若くて

 まずは想像が大事だ。想像してみよう。僕たちが過ごしているこの夜が一層深くなる様を。夜の肌が黒々とぬれて、ぬらりと艶っぽく光を返している。低く響く声で歌をうたっている。僕たちは深夜には逃げるように歩いた。アスファルトから街路樹に至るまで、そこにある全てが僕たちを襲うかのように感じられていたからだ。
 明日起きられないと、深夜一時すぎに悟ったとき、僕は夜に出て燃えるゴミを片手に走った。アパートを出て

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日記:プロムナード

日記:プロムナード

 こうして眠るまえに文章を書いていると、迷いが私のもとを訪れる。コンコン。ノック。やあ。鍵がかかってなかったからさ、いまは悪いかな?
 あるいは彼は眠気なのかもしれない。どちらにせよ、その人は陽気だ。いま、海上を旅するトビウオのように、活力が全身にみなぎっている。そのふるまいの端々には新しい希望のような、心地よさが感じられる。彼は私の向かいに腰かける。君の話を聞いてあげようというふうに、その両腕を

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日記:ビリーのボサノヴァ

 早春が来て、僕はもう一度ペンを取ることにした。
 ただ、怖くて仕方ない。過去作を彼女と読み返すたびに「本当にこのようなものが書けるのだろうか」という思いがこみ上げる。また、同時に、「これ以上のものが書けるのだろうか」とも不安になる。僕は自分に問いかけるのだ。おまえの才能はすでに使い果たしてしまったのではないか? と。
 「才能」ではないのかもしれない。「熱量」なのかもしれない。
 久しぶりに書い

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エッセイ:さて。一輪車などについて

エッセイ:さて。一輪車などについて

 僕は、いま、「私は」という気分だ。
 なんと、作文において一人称は書き手の自由だ。ともすれば、この文章を「私は」で書き綴ることもできてしまえる。
 しかし、それはしない。なぜなら僕は節度というものをわきまえているからだ。
 あるいは、わきまえていたいと考えている。

 いまさっきアリス・マンローの短編を二つ読んだ(「日本に届く」、「砂利」)。話を読んで、顔を上げて書き始めた。
 読んでいたとき、

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