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【目印を見つけるノート】543. 人のフィールドワークと地域の言葉を使うこと

シンクロニシティというのか分からないのですが、一昨日更新したお話にほんの一言出したお城がニュースに出ていました。大きな堀が発掘されたそうです。

大規模な堀が良好な状態で見つかる 城と城下町を分ける空堀 戦国時代に創建の国宝「犬山城」の発掘調査で
https://hicbc.com/news/article/?id=2021092705
👏👏👏
せっかくですので、シェアさせていただきたく存じます。

今更新している小説は愛知のことばのニュアンスをちょこっとだけいただいて書いていますが、静岡がまだ全然なのです😢
静岡の方がバリバリ出てこられるのに。
今日も更新です。
あと2日ぐらいかな。どうかな。
せっかくなので、宣伝します。
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『天下無双の居候 六左衛門疾る 水野勝成報恩記』の番外編
『はぐれやさぐれ藤十郎』
9月20日(月・祝日)から10日程度、連日夕刻更新します。なぜこの日かというと、旧暦でかの人のお誕生日だからです。
よろしければご一読ください。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/793313132/121115271
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明日は『オデュッセイア』の更新なので、
今川義元さんが「そうだら」っておっしゃっているのをひたすら想像している私です。最近、この辺りが複数のお話で出てくるので、カオスになっています。

また、本当は徳川家康さんは静岡の言葉の方が強かったのかなとか、今さらながら考えています。三河生まれだもんで、三河言葉を意識しとったがや😓 三河と遠州なら少しニュアンスが共通するからかろうじてセーフかな。

加藤清正さんは名古屋生まれだけれど、熊本言葉になったのかしら……などと考えだすときりがありません。一度だけ尾張言葉全開にしたことがあって、それは自分でも気に入っています。こんな感じです。
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「おう、一番鑓の六左衛門、もとい、兄上。やっとかめだがや。何を気取っとりゃあすか。おかしゅうて、笑ってまうわ」
「いや、おかしいか」
「何ぞ尾張に戻ると、言葉が出てまうんだわ。かなと話すときもそうだで、気取りゃあすのはなしにしてくれみゃあ。兄上も刈屋を継いでよう治めとると妻も感心しとるでよ。まあ何よりだわ。話すのはいつ以来でや、宇土辺りか」
(『天下無双の居候 六左衛門疾る 水野勝成報恩記』より)
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尾張言葉の見本はあったのです。
津本陽さんの『下天は夢か』と清水義範さんの『どえりゃあ婿さ』ですね。津本さんは本当に徹底されていて圧倒されました。私はもともと清水義範さんが大好きで読んでいましたので、参考にしたのは清水さんのくだけた尾張言葉です。
広島と岡山の言葉を初めに参考にしたのは、
コミックス『君のいる町』(瀨尾公治さん)です。あの作品は確か、やや岡山よりの広島(庄原)言葉でしたので、ちょうどよかったのです。そういえば、なぜか私のボウリング球にドリルしてくださったのは瀨尾さんという方でした(余談)。
九州は、いまだにベストと思うものを探していますが、『苦海浄土』(石牟礼道子さん)です。石牟礼さんのご本は他も見ました。熊本言葉の参考です。華丸大吉さんのご本も博多で買いましたね😉

もちろん、それだけでは書けません。
書くときはとにかく、そのエリアの知人がどのように話すのか「音」で想像しまくりました。音読もします。本も大切な資料でしたが、エリアの知人で考える方がリアルでした。知人の声でテープを再生し続けるような感じです。
幸いなことに愛知、熊本辺りには知人がいて、広島市の知人もいました。広島市の方には出会い頭に、「私、広島の人が好きなの。だから教えて」と言ったらよく指導してくれました。どんなお願いのしかたやねん。当時はほぼ全県に話したことのある方がいましたので、基本どの県のことを書くにしてもその方々の話し方をイメージしています。
ただ、静岡の知人は標準語のイメージしかなくてちょっと迷子になっています。

例えば、大分生まれで柳川藩主になった立花宗茂はどのように話していたかを考えます。
彼がずっと標準語で話しているのもちょっと不思議です。
とはいえ、私はネイティブではありませんので「よか」、「よかっちゃ」、「よかっちゃろう」などと活用しながら「音」で再生していました。
例えばこれは、宗茂さんの家臣の会話。
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「関白様に早打ちで、こん一揆ば肥後全体で広がる怖れがあるとお知らせしたほうがよかでしょう」
 小野和泉が静かに言った。
「そげんこつしたら、また関白様の大軍ば押し寄せてくっとね」と十時が言う。
「いや、そのほうがよか。島津は大軍を見てさっと降伏したけんが。それで上手く生き残ったとね。火は小さいうちに消さねば、手のつけようのない大火事になる。早く収めたほうがよか」
(『肥後の春を待ち望む』より)
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ネイティブの方からすると今一つでしょうし、
モデリングとも言語学ともいえないので、なまらはんかくさい感じですけれど。
(北海道ことば)
小野和泉さん、私はひそかにファンです。
(告白)

これは地域のフィールドワークではなくて、
人のフィールドワークだと思っています。

さて、
「なぜ歴史を書くのか」とよく言われますが、その趣旨に、「なぜライトノベルのように売れるものを書かないのか」、「大衆小説ではないか」というのがあるように思います。ライトノベルも大衆小説も結構読みましたけれど。

それは今の日本的な尺度ではないでしょうか。私は『オデュッセイア』を書く中で学徒的ではありますが、ゲーテや、神話や、スタンダールやシェイクスピアを読んでパワーにしています。歴史も書かれている方々です。彼らは今の日本の尺度でいえば売れない小説・戯曲で、当時もときには通俗的、大衆的でもありました。何て不遜な発言でしょう。
もちろん彼らは素晴らしい書き手です。

今お答えするとしたら、そういうことになるでしょうか。もっといえば歴史というのはファクターで、人を書きたいと思うのですね、そのためのフィールドワークです。

なお、人のフィールドワークという意味ではゾラやシャーウッド・アンダスンも好きです。

以上、私の思うことでした。

今日もまた書いています😊
きのうはストーンズのライブの記事に釘付けになっていました。
セントルイスの1曲目を。
THE ROLLING STONES『Street Fighting Man』

それでは、お読みくださってありがとうございます。

尾方佐羽

追伸 夏の名残のばらが一輪咲きそうです。鞆の浦というオレンジのばらです。

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