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友人の「誰やねんな」に救われた話

最近ふと昔話を思い出しました。小学5年の時に一度だけ父親に電話した事がある事を思い出したんです。


母親と夜逃げして母親は男の所に行って夜遅くまで家に帰って来ない状況。その時ずっと一つの希望を持っていたんです。


父親にいつか頼れば良い。あそこには自分の部屋もおもちゃなどもある



っと。父親は姉2人と住んでいたのですが、いつの間にか姉2人も出ていて父親1人になっていました。今の生活に限界が来て母親に内緒で小学5年の時に意を決して父親が住む私が元居た家に電話をしたんです。何回か電話が鳴った後電話が繋がります。


「•••」


何も言いません。私が、


「息子の◯◯です。」


っと言うと、



「オトウサンイマイナイ」


ガチャ


カタゴトの日本語でそう言われて電話を切られました。父親は父親で外国人の女性と新しい生活をしていたんです。私が知らなかっただけで姉達はその事もあって家を出たのだと思います。自分の家と思っていた所に帰ろうと思って電話をかけると知らない外国人の女性が電話に出る訳です。私はこの時希望も無くなり絶望しかありませんでした。



あっちもこっちもおまえら誰やねん



子どもながらにそう思いました。母親の男も父親の外国人も私の知らない間に私の居場所は知らない人間に侵食されていた訳です。それ以来私は一度も父親に電話をしていません。


そのまま私は中学生になる訳なのですが、学校には行かなくなり似たような友人達と毎日フラフラしていた訳なんです。それで色々と話している内に私はこの電話の話しをその友人たちにしたんですね。なんかこう深刻な感じじゃなくて面白おかしく言った訳なんです。


「オトウサンイマイナイ」••ガチャ



みたいな感じで。するとそれがめっちゃウケまして。みんな爆笑している訳なんです。笑いながらみんなが


「それ誰やねん!」


「家電話して外人出るとかめっちゃ嫌やん!」


「まじ誰やねん。もう一回かけてみいや〜笑みんなでスピーカーで聞こうや!」



っと言う訳なんです。それから当分の間私の持ちネタになりまして


いつものやってや〜



って言われて何回も何回もオトウサンイマイナイを言わされて来た訳なんです。もうなんかやり過ぎて途中から再現度がレベルアップしてめっちゃ上手いオトウサンイマイナイを言ってました。みんなガチャの所でいつも爆笑して


「だから誰やねん。まじで!」


って言いながら笑っているんです。そして、ある日いつも通りそのモノマネをしていると私に友人たちが



「誰やねんな。まじでな。」



って真剣な顔で言ってくれたんです。私はその時、少し笑いながら


「ほんまな。誰やねんなまじで。」



っと返しました。何だかその時救われたなと思ったんです。そんな家庭環境でしたけど友人たちに出会えて良かったなと思ったんです。今でももちろん関係は続いていて私の結婚式では号泣してくれた友人たちです。中学の時の誰やねんってセリフと結婚式での号泣が何十年という時間をかけて繋がっていると思うんです。あいつらは覚えてくれていたから号泣してくれたし私が今の仕事を目指した時には全力で応援してくれたんやと思います。有り難い限りです。


今の仕事をしていてもそんな友人たちから学んだことも多かったように思います。私も仕事で子どもたちと一緒に


誰やねんな



言える大人でありたいと思っております。



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