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【短編】『ポルターダイスト』(後編)

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ポルターダイスト(後編)


 彼女のいない部屋はどこか物静かだった。彼女を思う気持ちがもともと空っぽな部屋になおいっそう喪失感を与えた。僕はアカネさんのまとめあげた情報をもとに、ポルターダイスト現象が目撃された日にち、場所、時間帯、月の満ち欠けなどをそれぞれ比較した。

-   2008年6月10日、9時15分、ロンドン・バーミンガム、満月
-   2010年1月15日、7時20分、スリランカ・ジャフナ、新月
-   2010年7月12日、19時30分、タヒチ島、新月
-   2010年9月5日8時頃、中国南京、下弦の月
-   2010年11月8日、17時5分、アメリカ東海岸、上弦の月
(以下50件あまり)

 僕は大量の情報の中から共通点を見つけようとしたが、それを探し当てることは至難の技だった。目撃情報の日時から算出した月と地球と太陽の位置はどれもばらけておりあまり関係がなさそうだった。初めはこれらの現象は宇宙の原理から起こると推測していたものの分析が進むにつれてその実態は薄くなり、もしかすると国が秘密裏に企てた化学実験の影響なのかもしれないとも思うようにもなった。彼女が部屋に現れなくなってからなんの進歩もしていなかった。僕を突き動かす原動力は未知への探究心であると信じていたが、もはやこの状況にいたってはなんの役にも立たないのだ。一度己を疑ってしまうとずるずるとその懐疑心は膨らんでいき探究心を苦尽くしていく。やはり、そもそもポルターダイストなんて現象に法則などないのかもしれない。もし仮にこの研究が成功したとして僕はその先で何を手に入れようとしていたのだろうか。と自分の力量に限界を感じながら研究そのものについての意義すらも考え始めた。

 教室でアカネさんを見かけるも直接話しかけるには気まずかった。僕と彼女の間には目に見えない壁があった。壁の向こうの、不良とつるむ彼女の世界を僕は理解できなかった。しかしどうしてあの時協力してくれたのだろうか。彼女の中に僕と同じ未知への探究心というものが生まれ始めていたのではないかと思った。その好奇心の発芽を邪魔する壁が鬱陶しく感じたとともに、不良たちに怖気付いている自分に虫唾がたった。廊下でアカネさんを見かけ、咄嗟に彼女に近寄って言葉を切った。

「なんで僕のことを避けるんだ?もう一緒にはやってくれないの?」

アカネさんは僕の声を聞いて立ち止まりしばらく沈黙を貫いた。そのままゆっくりと僕の方に顔を向けて呟いた。

「ごめんなさい。やっぱり私には無理なの」

僕は足を震わせながら勇気を振り絞って彼女に言葉を返した。

「あいつらに言われたんでしょ?僕とかかわるなって」

アカネさんはなにも言わずただ廊下の真ん中に立ち尽くしていた。

僕の質問に答えぬまま彼女は一言付け加えた。

「それと、あの部屋はもう使わせるなって」

「部屋のことなんてどうだっていいよ。君がこの研究から降りる理由が知りたいんだ」

「研究?ただの科学者ごっこでしょ?そもそもオカルト研究同好会なんて存在しないわけだし」

「なに言ってるんだ。あんなに真剣に手伝ってくれたじゃないか。君からしたら全部遊びだったってこと?」

「そうよ」

僕は、彼女が僕の目を見ずにいることにどこか彼女自身が自分に嘘をついているように思えて仕方がなかった。

「君は絶対にあいつらに洗脳されてるよ。早く今の環境から抜け出した方がいい」

すると、そらしていた視線を僕の方に向けて言葉を放った。

「何よ、私のこと何も知らないくせに」

その言葉を最後に彼女は廊下の奥へと去っていってしまった。僕には彼女の後を追いかけるほどの度胸はなかった。やはり彼女と僕は住む世界が違ったらしい。僕はオタクで彼女は不良女。彼女の慣れ親しんだ日常は僕が想像しているよりもはるかに都会に染まっていて、一方で僕はいまだに田舎者のようだった。ここまではっきりと突き放されたのは初めてのことだった。いい気分ではなかった。研究の作業に必要なものはパソコンだけだったため、特にあの部屋を使う理由はなかった。ただアカネさんがあそこが一番落ち着くと言うから、他の場所を探さなかっただけだ。これからは図書館か、自宅で作業を進めるしかなかった。

 僕はまるで地球を永遠と追いかける月のようだった。一度僕に興味を持った彼女だがすぐに離れていってしまった。彼女とともに研究に打ち込んだ時間、そして去っていってしまった今彼女の存在を思いながら一人机に向かう時間、どれも自分には必要なものに感じたが、その運命の先にたどり着くには彼女のことを忘れるほかなかった。僕は自宅で研究に没頭した。転向したばかりで友達もいないためにちょうど良い機会だった。

 現象の目撃情報を分析しているうちにあることに気がついた。それは発見というより、新たな仮説に近かった。以前はそれぞれの惑星の位置に意味があるようにぼんやりと感じていたことが、今になってそれを自分の頭の中で言語化できるようになってきた。潮のみちひきが月の引力と関係しているように、ポルターダイスト現象も他の惑星の引力が関係しているように思えたのだ。つまり、地球上で一番月に近い部分が月の引力によって、変形しやすい流体である海が上空へと引っ張られ、一方で地球の自転によって発生する遠心力が月とは反対側に向かうことで地球全体が両方向に引っ張られる状況が生まれるのだ。僕はこの仮説をもとに再び目撃情報を比較した。すると、現象が起こった時に月が真上に来ていたされる情報が二つ検出された。その目撃情報は次の二つである。

-   2010年1月15日、7時20分、スリランカ・ジャフナ、新月
-   2010年7月12日、19時30分、タヒチ島、新月


この二つの日付について調べてみると、驚くべき発見があった。二つの日時には共通して皆既日食が起こっているのだ。僕の目は点になった。自分の仮説は半分正しかった。月の引力によって地球の重力を打ち消す力が働いていたのは間違いないが、それだけでは無重力を発生させる条件は成立しなかったのだ。つまりは、月の後ろからさらなる巨大な引力が必要だった。それが太陽である。僕はこの時、いかに無駄な情報を削ぎ落とし適切なものだけを限定して比較することが分析において重要であるかを思い知った。もはや他の情報源がすべてでまかせであることは知る由もなかった。僕はすぐにネットで次の日食の日付と場所を調べた。するとその日時はもう間近に迫っていたとともに、場所は偶然にも日本を指していた。

-   2012年5月21日、7時半頃、日本・静岡県沼津市、新月

都内からは十分短時間で行ける距離だった。


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