【短編】『モテ期なき宇宙』
モテ期なき宇宙
諸君は「多元宇宙」という言葉を聞いたことはないだろうか?最近だとよく映画やアニメといった媒体で設定として描かれることが多いかと思う。別の呼び名で「マルチバース」とも言うが、僕の世界では多元宇宙という名称が主流である。そう、僕は多元宇宙を行き来できるのだ。いつから行き来できるようになったかは覚えていないが、今では他の宇宙の自分皆で集会を開いてお互いの人生について語り合うことが日課となっている。大層人並外れた能力を持っていると諸君は羨ましがるだろうが、僕には僕なりの悩みがあった。それは他のどの宇宙を探してもこの宇宙の僕だけがモテないのだ。他の宇宙の自分は大金持ちで常に複数の美女を隣に座らせていたり、別の宇宙では王子として多くの女性から求婚されたりしていた。僕の顔は出来損ないというわけではなく、むしろそこそこの整い具合であったが、なぜか誰かに好意を抱かれることが一切なかった。他の宇宙から来たスーツ姿の金髪の自分は言った。
「君はもう少し積極的になるべきじゃないか?それにモテるにはそれなりに頭を使うんだ。もう少し女性を研究したらどうだ?」
もう一人の上裸のマッチョの自分は言った。
「君にはが女性を惹きつけるエロさ足りない。もう少し肌や筋肉が見える格好をしたらどうだ?」
どのアドバイスも僕の性格には向いていなかった。すると、別の自分は言った。
「君みたいな顔立ちの男に女が寄ってこないのは仕方がない」
彼の顔は誰がどう見てもブサイクだった。しかし彼いわく外出中は一分たりとも告白されない時はないそうだった。それはそれで迷惑な話だが、僕からしたら嫉妬の対象でしかなかった。ブサイクなのになぜモテるのだろうかと疑問に思った。彼がモテる仮説は一つしかなかった。およそ彼の世界はブサイク至上主義でブサイクが崇高とされて、イケメンが邪険に扱われるのだろうと。僕の顔立ちを非難するのも顔に対する価値観の違いだと腑に落ちた。その他にも、LGBTQが盛んな世界では、異性からだけでなく様々なタイプの人からもモテてしまう自分がいたり、年寄りから異常にモテる自分もいた。
僕は元の宇宙に戻って独り考えた。そもそもモテるとはどういうことか、モテるために僕には何が足りていないのだろうか。しかしその答えにはそう簡単にたどりつけるはずはなかった。むしろ、自分に何かが足りていないのではなく、世の中の方こそ何かが不足しているのではないかという考えに行き着いたのだ。こちらの世界ではそもそも恋愛というものが衰退の一途を辿っていることもあって、自分だけが恋愛経験が皆無というわけではなかった。皆他人に関心を持たず、自分の欲求は自分で満たすという生活を送っていたのだ。つまり、これは時代の流れや人々の価値観の違いという世の中そのものが原因なのだろうという結論に至った。僕はそれを皆にも説明しようといつものように集会に参加した。すぐに非難の嵐に晒された。
「君、それは諦めたも同然じゃないか」
「君、やる気がないならもう相談には乗らんぞ?」
「その顔立ちじゃあ仕方があるまい。なんとあわれな」
突然誰かが玄関のドアを叩く音を察知した。僕はすぐに元の宇宙に戻り、玄関の方へと走っていった。ドアスコープから外を覗いてみると、何者かが立っていた。背は低く少しアゴの出た三つ編みの若い女性だった。僕はドアを開いて挨拶をした。
「こんばんは、どうされましたか?」
「あの、私大家の娘の小春と申します。ケーキを作ったのですが余ってしまったので近所に配ってきなさいと父に言われまして。もしよろしければ少しばかりもらっていただけないでしょうか?」
「そうでしたか。お父さんはお元気ですか?」
「元気です」
「それはよかった。ではほんの一切れだけいただきますね」
「はい!」
ケーキは生クリームで白く覆われていて、上にはイチゴやブルーベリー、キウイなどのフルーツが乗っかっていた。すでにナイフで八等分されていたうちの二切れはお父さんと二人で食べてしまったようで円が口を開けており、彼女は残りの六切れのうちの一切れを紙皿に乗せ、プラスチックのフォークを添えて手渡した。
「どうぞ召し上がってください」
「ありがとうございます」
「いいえ」
と言ってアゴを少し突き出してにこりと笑った。
僕がドアを閉めると同時に一瞬、腕に抱えたケーキに彼女のアゴが当たるぐらい深くお辞儀をする姿が垣間見えた。数秒後には、隣の部屋のドアを叩く音が聞こえた。
その後、彼女は頻繁にケーキを届けに顔を出すようになった。
「こんばんは。今日はチョコレートケーキですがいかがですか?」
「ぜひいただきたいです。小春さんの手作りのケーキとても美味です」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
「では、いただきます」
と言っていつものように挨拶をしてドアを閉めた。直後に隣の部屋のドアを叩く音が聞こえるだろうと思いきや音はしなかった。およそ前回ケーキを渡そうとした際に断られたのだろうと思った。
僕は毎日の如く、多元宇宙とつながっては、他の自分の悩み事を聞いたり、自分の相談に乗ってもらったりしていた。するとふと他の自分に質問された。
「そういえば、君最近途中で集会を抜けて自分の宇宙に帰ってしまうことが多くないか?我々と話すのがつまらなくなったのか?」
「いや、違うんだ。それにはわけがあるんだ」
「わけってなんだ」
「実は時々集会の途中に来客があるんだ。君たちと話していると、玄関のドアを叩く音が聞こえて元の宇宙に戻ってしまうんだ」
「そうか。だがそんな頻繁に来客があるものかね?一体誰なんだ?」
「それが、僕の住むアパートの大家の娘で、ケーキを作っては余ったから食べてくれと」
「なるほど。それは仕方がないな」
と一人の自分が言ってしばらくしてから、集会にいる全員が一斉に驚いた顔つきで僕を見た。
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