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【短編】『偽善』

偽善


 取引先の社長とゴルフをしている時であった。急に携帯電話が鳴り響いた。

「はい、もしもし。」

「あ、次長の牧野です。ちょっと事務的なことで一つお伺いしたいことがありまして。」

「事務的?そんなことおれに聞くな。自分でなんとかしろ。」
と間の悪い電話に嫌気がさし、勢いよく電話を切った。すると、しばらくして再び携帯電話が鳴った。牧野からの連絡と思い私に頼るなと即答するつもりで電話を取ると、別の人物の声が聞こえ即座に怒鳴る衝動を抑えた。

「もしもし、赤坂支店長の宮下さんですか?こちら赤坂警察署の香取という者です。」

どこか聞き覚えのある声だった。実は私は数年前に警察署を辞めて銀行の支店長になったのだ。辞めるまでは署内ではそこそこの重要なポジションを担っていた。電話を取ると、一瞬にしてその香取と名乗る者の顔を思い出した。

「お、香取か!宮下だよ。」

「宮下さん?え、まさか宮下警視長ですか?」

「ああ、そうだよ。今銀行の支店長やってるんだ。」

「そうなんですか!なんという偶然。と言いたいところなんですが、大変申し上げにくいことがありまして、実はただいまおたくの支店が襲撃されておりまして、従業員やお客さんを残して犯人が中に立てこもっている状況です。」

「ほんとうかそれは!?」

「はい。ひとまず、支店の代表の方だけでも連絡がつながらないかと、本店の方に宮下さんの連絡先を伺った次第です。」

「そうか。大変なことになったな。犯人の狙いはなんだね?金ならさっさと渡してしまえばいい。」

「それが、中とは一切連絡が取れないんです。外から拡声器で犯人に問いかけたんですが特に応答もなく、警察側も中の状況がわからない限り身動きが取れません。」

「なんだと?」

「最初に通報してきた方によると、その方は運よく現場から逃れられたようで、窓口でなんだか変な男が揉めていると思ったら急に銃を振りかざしたとのことです。」

「そうか。まいったな。要求がないんじゃどうしようもないな。何か変化があったらすぐに教えてくれ。」

「わかりました、宮下警視長。あいや、宮下支店長。」

と言って香取は電話を切った。

 すぐに取引先の社長にわけを話し、赤坂支店へとタクシーで向かった。タクシーの中で先ほど香取が話したことを思い出していると、ふと不安が頭をよぎった。

「誰も撃たれてないといいんだが。今この人手が足りていない時に一人でも社員を失うことは大損害だ。それも課長や部長なんぞが殺されたら・・・私の今の地位はどうなる?私は銀行の手続きや事務なんぞの知識は一切ないんだ。」

運転手の手際の悪い運転が目立ち、徐々に苛立ち覚え始めた時、再び電話が鳴った。

「もしもし、赤坂支店の宮下支店長ですか?」

香取からの電話かと思ったが、今度は女性の声だった。

「はい。宮下です。」

「私、そこに勤める浜田の母親です。赤坂支店が事件に巻き込まれたとニュースで見て、警察に連絡をしたんですが一切状況を教えてくれないんです。息子の携帯に電話をかけても全く反応がなく、本店に連絡しましたら支店長さんの連絡先をいただきまして。お願いです、どうか今の状況を教えてください。息子が心配で心配で。」

と話を聞いていると途中から母親が泣いているのがわかった。なぜ本店の奴らはこう易々と私の連絡先を人に教えるのかと腹が立ったが、その気持ちを抑えて母親に今の状況を伝えるべきか、また伝えるならばどのように伝えようか一瞬考えた。しかし、その答えは出てこなかった。気づくと、私は携帯に向かって何かを口走っていた。

「落ち着いてください。息子さんは無事です。すぐに犯人も警察によって捕まります。心配かと思いますが、もう少しだけご辛抱ください。」

「本当ですか。息子が無事ということだけでも聞けてよかったです。ありがとうございます。」

と母親は泣きながら電話を切った。私はそのようなことを発言してしまったことに一瞬後悔したが、すでに起きてしまったことと受け入れ警察からの連絡を待った。

 すると、携帯電話が鳴った。

「宮下くん。一体とういうことかね。君の支店が今襲撃に遭ったと警察から聞いたんだが状況を説明してくれ。社員の家族からの電話が鳴り止まない。君は元警察官なんだ。何か状況を聞いていないか?死傷者はいないんだろうな?」

私は、本店でも状況が逼迫しているのを感じた。香取から話を聞いている限りでは、まだ中の状況がわからないということであった。しかし、本店の頭取から発せられた「死傷者」という言葉を聞き、急に焦燥感を覚え、気づくと再び何かを口走っていた。

「何も問題ありません。警察側がなんとかします。何も心配なさらないでください。また状況が分かり次第ご連絡します。」

「わかった。頼んだぞ。」

と言って電話は切れた。

何も問題ないと答えたものの、それはなんの根拠もなかった。頭取を安心させようと、いやむしろ自分自身の不安定な気持ちをごまかそうと咄嗟に言葉を発していた。私は、幾度となく鳴り響く電話の音に嫌気がさし、警察時代の忙しさを思い出した。それと同時に今のゆとりのある職、生活が襲撃犯によって脅かされてしまうことを恐れた。鳴り止まない電話で根気をなくしつつあった最中、再びそれは鳴った。

「襲撃犯が取り押さえられました!」

私は香取のその一言で一瞬にして奮い起こされた。

「ほんとうか!」

「警察官が何名か密かに裏戸から侵入して後ろから取り押さえたとのことです。」

「死傷者は?」

「いません!」

それを聞いて私は一気に力が抜けてしまった。

「犯人の目的はなんだったんだ?」

「はい。窓口の人に伺ったところ、なんでもいいから保険に加入したいと言うので加入条件を確認したところ、どれも満たしていなかったためお断りした途端に銃を突きつけられたとのことでした。」

「なんだと?」

「なんでも、この国は私を守る気は無いのかと連呼していたそうです。」

「馬鹿げているな。」

私は複雑な気持ちになりつつも、すぐに頭取に連絡をしようと電話を切った。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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