和歌(恋心/幸せ/誓い)
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第一章 恋心、愛
恋心
片想い。一方的な恋心。心に秘めた想い。
①恋しい
みかの原 わきて流るる いづみ川
いつみきとてか 恋しかるらむ
みかの原を湧き出て流れる泉川よ。
その人にいつ逢ったといって、
こんなに恋しく思ってしまうのでしょうか。
(本当は一度も逢ったことはないのに。)
(『百人一首』27番 / 中納言兼輔)
つくばねの 峰よりおつる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりぬる
筑波山の峯から流れてくるみなの川が、
(最初は小さなせせらぎほどだが)
やがては深い淵をつくるように、
私の恋もしだいに積もり、今では淵のように
深いものとなってしまいました。
(『百人一首』13番 / 陽成院)
東人の 荷前の箱の 荷の緒にも
妹は心に 乗りにけるかも
東国の人の奉る荷前の箱を縛る紐のように、
あなたは私の心にしっかりと
結びつけられてしまったことだ。
(『万葉集』第二巻 100番 / 久米禅師)
我が背子が 着せる衣の 針目おちず
入りにけらしも 我が心さへ
あなたに着てもらおうと縫っている衣の針目に
すっかり縫い込まれてしまったようです。
私の心までも。
(『万葉集』第四巻 514番 / 阿倍女郎)
秋の田の 穂の上霧らふ 朝がすみ
何方の方に わが恋ひやまむ
秋の田の稲穂にかかる一面の朝霞のように、
私の恋心はどこへも行かず、
あなただけを思ってただよっています。
(『万葉集』第二巻 88番 / 磐姫皇后)
かくとだに えやはいぶきの さしも草
さしもしらじな もゆる思ひを
これほどまでにあなたを想っているということさえ、
打ち明けることができずにいるのですから、
ましてや伊吹山のさしも草が燃えるように
私の想いもこんなに激しく燃えているとは、
あなたは知らないことでしょう。
(『百人一首』51番 / 藤原実方朝臣)
相見ずは 恋ひずあらましを 妹を見て
もとなかくのみ 恋ひばいかにせむ
逢わなければ恋することもなかったでしょうに、
あなたに逢ってから、
しきりに恋焦がれています。
(『万葉集』第四巻 586番 / 坂上郎女)
な思ひと 君は言へども 逢はむ時
いつと知りてか 我が恋ひずあらむ
どうしたらいいのでしょうか。
そんなに思い悩むなとあなたはおっしゃる
けれど、いつ逢えるかも分からないのに
恋わずにいられましょうか。
(いや、恋わずにはいられません。)
(『万葉集』第二巻 140番 / 柿本人麻呂)
古に ありけむ人も 我がごとか
妹に恋ひつつ 寐ねかてずけむ
昔から恋する人たちも私と同じように、
愛しい人に恋い焦がれて、なかなか眠りに
つくことができなかったのだろうか。
(『万葉集』第四巻 497番 / 柿本人麻呂)
黒髪に 白髪交じり 老ゆるまで
かかる恋には いまだ逢はなくに
黒髪に白髪が混じるまで老いたこの日まで、
これほどの恋には未だに出会ったことはありません。
(『万葉集』第四巻 563番 / 坂上郎女)
我れのみや かく恋すらむ かきつはた
丹つらふ妹は いかにかあるらむ
こんなに恋い焦がれているのは
私の方だけだろうか。
かきつばたのように美しい赤みを帯びた顔の
あの子はどう思っているのだろうか。
(『万葉集』第十巻 夏 1986番 / 作者不詳)
②愛おしい
笹の葉に はだれ降り覆ひ 消なばかも
忘れむと言へば まして思ほゆ
「笹の葉にうっすらと積もっている雪が
消えてゆくように、私が消えられたら、
あなたのことを忘れられるのに」
と彼女に言われると、ますます愛おしく思える。
(『万葉集』第十巻 冬 2337番 / 作者不詳)
み吉野の 玉松が枝は はしきかも
君が御言を 持ちて通はく
吉野の松の枝はいとおしいことよ。
あなたのお言葉を持って
ここまで通ってくるなんて。
(『万葉集』第二巻 113番 / 額田王)
我が背子が 形見の衣 妻どひに
我が身は離けじ 言とはずとも
あなたの形見の着物は、私への愛の証として
わが身から離さずにいましょう。
なにも物を言ってはくれなくとも。
(『万葉集』第四巻 637番 / 作者不詳)
③恋心を隠し切れない
浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど
あまりてなどか 人の恋しき
浅茅の生えた寂しく忍ぶ小野の篠原のように、
あなたへの想いを耐え忍んではいますが、
もう忍びきることは出来ません。
どうしてこんなにもあなたが恋しいのでしょうか。
(『百人一首』39番 / 参議等)
わたしの命よ、絶えることなら早く絶えてしまえ。
このまま生きながらえていると、
耐え忍んでいるわたしの心も弱くなってしまい、
秘めている想いが人に知られてしまいそうだから。
(『百人一首』89番 / 式子内親王)
しのぶれど 色に出でにけり 我が恋は
物や思ふと 人の問ふまで
人に知られまいと、恋しい想いを隠していたけれど、
とうとう隠し切れずに顔色に出てしまったことだ。
何か物思いをしているのではと、人が尋ねるほどまでに。
(『百人一首』40番 / 平兼盛)
恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり
人しれずこそ 思ひそめしか
「わたしが恋をしている」という噂が、もう
世間の人たちの間には広まってしまったようだ。
人には知られないよう、
密かに思いはじめたばかりなのに。
(『百人一首』41番 / 壬生忠見)
春山の 馬酔木の花の 悪しからぬ
君にはしゑや 寄そるともよし
春山の馬酔木の花のように素敵なあなたとなら、
(関係があると)噂されてもかまいません。
(『万葉集』第十巻 春 1926番 / 作者不詳)
④恋心を隠す
臥いまろび 恋ひは死ぬとも いちしろく
色には出でじ 朝顔の花
転げ回って身悶えし、恋焦がれて死のうとも、
その想いをはっきりと顔色に出したりはしません。
朝顔の花のように。
(『万葉集』第十巻 夏 2274番 / 作者不詳)
幸せ
幸せを噛み締める。
①幸せ
君がため 惜しからざりし いのちさへ
長くもがなと 思ひけるかな
あなたに逢うためなら捨てても惜しくはないと
思っていた私の命ですが、
こうしてあなたとお逢いできた今では、
いつまでも生きていたいと思うようになりました。
(『百人一首』50番 / 藤原義孝)
忘れじの ゆく末までは かたければ
今日をかぎりの いのちともがな
「いつまでも忘れない」というあなたの言葉が、
遠い未来まで変わらないということはないのでしょう。
だからいっそのこと、その言葉を聞いた今日を限りに、
私の命が尽きてしまえばいいのに。
(『百人一首』54番 / 儀同三司母)
誓い
「自分の想い」への誓い。
運命を信じる。
①自分の想いを誓う
鴨鳥の 遊ぶこの池に 木の葉落ちて
浮きたる心 我が思はなくに
鴨が遊ぶこの池に木の葉が落ちて浮かぶような、
そんな浮ついた心で
あなたに恋しているわけではありません。
(『万葉集』第四巻 711番 / 丹波大女娘子)
この世には 人言繁し 来む世にも
逢はむ我が背子 今ならずとも
この世では人の噂が激しいものです。
来世こそお逢いしましょう、あなた。
今ではなくとも。
(『万葉集』第四巻 541番 / 高田女王)
②忘れない
ありま山 ゐなの笹原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはする
有馬山のふもとにある猪名の笹原に風が吹くと、
笹の葉がそよそよと音を立てます。
そうです、その音のように、どうして
あなたのことを忘れたりするものでしょうか。
(いや、決して忘れません。)
(『百人一首』58番 / 大弐三位)
大名児を 彼方野辺に 刈る草の
束の間も 我れ忘れめや
大名児が遠くの野辺で草を刈って束にしている。
その草束のように、ほんの束の間も
私はあなたのことを忘れたりはしない。
(『万葉集』第二巻 110番 / 日並皇子)
君が家に 我が住坂の 家道をも
我れは忘れじ 命死なずは
あなたの家に私が住むという名の
住坂の家への道も、忘れたりはしません。
命が尽きぬ限りは。
(『万葉集』第四巻 504番 / 柿本人麻呂妻)
我が命の 全けむ限り 忘れめや
いや日に異には 思ひ増すとも
私の命がある限り、あなたのことは忘れません。
日に日に想いが増すことはあったとしても。
(『万葉集』第四巻 595番 / 笠郎女)
③あなたを信じる
赤駒の 越ゆる馬柵の 標結ひし
妹が心は 疑ひもなし
赤駒が飛び越える馬小屋の柵を
しっかりと結んでおくように、
固く約束し合ったあなたの心に
疑いなどあろうはずがない。
(『万葉集』第四巻 530番 / 聖武天皇)
④運命を信じる
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に あわむとぞ思ふ
川の流れが早いので、岩にせき止められた急流が
時にはふたつに分かれてもまたひとつになるように、私たちの間も、
(今はたとえ人にせき止められていようとも)
後にはきっと結ばれるものと思っています。
(『百人一首』77番 / 崇徳院)
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