蝦春 マキ

小説を書いています。長い話が書けるようになったら本を作って、文学フリマに参加したい。 …

蝦春 マキ

小説を書いています。長い話が書けるようになったら本を作って、文学フリマに参加したい。 140字小説を書いているTwitterも良ければどうぞ!

記事一覧

山の奥の家(SS No.69)

 那由(なゆ)は川のせせらぎを横に聞きながら、自分の背丈ほどもある草むらをかき分けて歩いていた。もう何時間こうしているだろう。キティちゃんの水筒はとっくに空っぽ…

蝦春 マキ
1年前
4

宇宙ウナギ(SS No.68)

 地球上の鰻が絶滅して久しいが、年寄り連中は若い頃に食べた蒲焼の味が忘れられないらしく、大豆でできた「代用ウナギ」にウン万円、ポンと払うというから驚きだ。  奴…

蝦春 マキ
1年前
7

赤い水玉の男(SS No.67)

 小学生くらいのころの記憶だ。  僕はどこかの街の交差点で1人、信号待ちをしていた。季節は冬。周囲の大人たちが枯葉色のコートを着込んで縮こまっていたのをよく覚え…

蝦春 マキ
1年前
8

消した人々(SS No.66)

 男は囲まれている。風船のように膨張した者、下顎のない者、足が妙な方向に曲がった者…ガラス玉のような数百もの瞳が、ペンを走らせる男の手元を眺めている。ちょろちょ…

蝦春 マキ
1年前
3

アンラッキー・クローバー(SS No.65)

 四つ葉のクローバーといえば幸運の象徴だが、それが五つ葉となると一転、悪い意味を持ってしまう。なんでも五枚目の葉に悪魔が宿っていて、四つ葉の幸運を阻害すると考え…

蝦春 マキ
1年前
7

ねじまきタクシー(SS No.64)

 俺の運転する「ねじまきタクシー」は乗車料金をいただかない。その代わり、お客には車のお尻についたゼンマイを回してもらって、戻りきる地点まで走ることになっている。…

蝦春 マキ
1年前
8

音のカンヅメ(SS No.63)

 「クジラの歌声」と書かれた缶詰。プルトップをパカっと開けると、消え入りそうなハミングが溢れ出る。白髪の魔女はそれをテーブルに置き、旋律に耳を傾けた。  素晴ら…

蝦春 マキ
1年前
11

漂う(SS No.62)

 目に痛いほど色鮮やかな熱帯魚が、珊瑚礁の間をかいくぐって、枯草色の魚を追い回しています。  派手な方がオスで地味な方がメスだと、水槽横のパネルに説明がありまし…

蝦春 マキ
1年前
6

ぴえんぴつ(SS No.61/毎週ショートショートnote)

結愛は親友だが、ときどきセンスがわからない。 「ストレス発散しな」とくれた鉛筆だってそう。 毒々しい水玉模様の本体から伸びたバネの先で、瞳を潤ませた丸顔、10円玉大…

蝦春 マキ
2年前
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太鼓を3つ(SS No.60)

これは私の祖父が寝物語によく語ってくれた英雄譚だ。 祖父が先の大戦中に太平洋のとある島に渡った折、島民から語り聞いた民話ということである。 「ラジャーナハ」ー現…

蝦春 マキ
2年前
4

ショートショート王様(SS No.59)

可哀想な農夫は玉座の前ですっかり縮こまっています。 「さあ物語をせよ、つまらなければ打首だぞ」 王様が歌うように言いました。こうして気紛れに誰かを招いて小話をさせ…

蝦春 マキ
2年前
20

動かないボーナス(SS No.58)

黴臭い実家の倉庫。段ボール箱の隙間から何かが転がり落ちた。 ピンク色の棒の先に星のついた、プラスチックの玩具だ。 「これ、父さんの…」懐かしい気持ちで拾い上げた。…

蝦春 マキ
2年前
20

消しゴム顔(SS)

ここは顔相学の権威たる私の相談室。 今日も悩める子羊を迎え入れる。 相談者との間には磨りガラスの仕切りがある。先入観を排しヒアリングに注力するためだ。 尤も私に言…

蝦春 マキ
2年前
12

電車の揺れと羊の群れ(SS)

若い男が1人、電車のシートで涎を垂らして寝こけている。胸には羊のクッション。 珍しい黒い羊である。 恋人の誕生日にと、内緒で用意したものだった。 めったに物を欲し…

蝦春 マキ
2年前
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早起きは3ポイントの得(SS)

課題のレポートを終えると、聡太は早々にソファで眠ってしまった。時刻はまだ23時だ。大学生の就寝時間としては早すぎる。 俺としてはこのあと、ゲームでもしながら酒を…

蝦春 マキ
2年前
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君に贈るランキング(SS)

「元気にしてるかな、5列目の子」 俺は鏡の前の相方に声をかけた。 やつは褌を巻く手も止めず「さぁね」と答えた。 小劇場の風景を思い出すと、必ず彼女の姿もそこにある…

蝦春 マキ
2年前
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山の奥の家(SS No.69)

山の奥の家(SS No.69)

 那由(なゆ)は川のせせらぎを横に聞きながら、自分の背丈ほどもある草むらをかき分けて歩いていた。もう何時間こうしているだろう。キティちゃんの水筒はとっくに空っぽだ。日が傾くにつれ、那由の焦りも大きくなっていた。

 弟が生まれてからというもの、ママはそちらにかかりっきりで、ちっとも那由と遊んでくれなくなった。何につけても「お姉ちゃんなんだから」と我慢させられてばかりで、すっかり嫌気がさしたのだ。だ

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宇宙ウナギ(SS No.68)

宇宙ウナギ(SS No.68)

 地球上の鰻が絶滅して久しいが、年寄り連中は若い頃に食べた蒲焼の味が忘れられないらしく、大豆でできた「代用ウナギ」にウン万円、ポンと払うというから驚きだ。
 奴らが「宇宙ウナギ」を見たら、よだれを垂らして群がってくるだろう。

 「宇宙ウナギ」を見つけたのは、俺が親父から継いだ食品加工会社を倒産させ、借金取りから逃げるために宇宙を放浪するなかで、偶然立ち寄った辺境の星の、池の中だった。
 図鑑でし

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赤い水玉の男(SS No.67)

赤い水玉の男(SS No.67)

 小学生くらいのころの記憶だ。
 僕はどこかの街の交差点で1人、信号待ちをしていた。季節は冬。周囲の大人たちが枯葉色のコートを着込んで縮こまっていたのをよく覚えている。
 だからこそ、数メートル前方の、背の高い男の服装に目を引かれたのだろう。
 彼が着ていたのは白地に赤い水玉の散った、薄手のシャツだった。

 寒くないのかな、と僕は心配になった。背後からビル風が吹きつけてきて、僕の頬を刺していた。

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消した人々(SS No.66)

消した人々(SS No.66)

 男は囲まれている。風船のように膨張した者、下顎のない者、足が妙な方向に曲がった者…ガラス玉のような数百もの瞳が、ペンを走らせる男の手元を眺めている。ちょろちょろと毛の生えた肉塊が言う。
 「あたしの名前覚えてる?」

 数百もの作品を遺した推理小説の大家は、多くのファンに惜しまれ、子や孫に囲まれて、畳の上での大往生であったが、その死顔は、化粧の下から滲み出るほどの苦痛に歪んでいたという。

アンラッキー・クローバー(SS No.65)

アンラッキー・クローバー(SS No.65)

 四つ葉のクローバーといえば幸運の象徴だが、それが五つ葉となると一転、悪い意味を持ってしまう。なんでも五枚目の葉に悪魔が宿っていて、四つ葉の幸運を阻害すると考えられるらしい。
 小学生のころに得た知識が、まさか高校生の今、役に立つことになるとは思わなかった。

 放課後清掃で憧れの種田くんと同じグループに割り当たったのは、確かに幸運なのだと思う。
 彼とわたしは同じクラスというだけで、普段はほとん

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ねじまきタクシー(SS No.64)

ねじまきタクシー(SS No.64)

 俺の運転する「ねじまきタクシー」は乗車料金をいただかない。その代わり、お客には車のお尻についたゼンマイを回してもらって、戻りきる地点まで走ることになっている。

 今日のお客はパチンコ屋の前で拾った。
 垢じみた服の中年男だ。鳥の巣のような頭髪と無精髭に覆われた顔。しかし、よく見ればパーツは整っているから、若い頃はモテたのかもしれない。
 今は苦虫を噛み潰したような表情をしているが。

 ゼンマ

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音のカンヅメ(SS No.63)

音のカンヅメ(SS No.63)

 「クジラの歌声」と書かれた缶詰。プルトップをパカっと開けると、消え入りそうなハミングが溢れ出る。白髪の魔女はそれをテーブルに置き、旋律に耳を傾けた。
 素晴らしい歌声だったが、彼女の険しい顔が和らぐことはなかった。

 昔の彼女は、好奇心旺盛で快活な性格だった。暇さえあれば箒にまたがり、刺激を求めて旅に出た。
 ーーそれがよくなかったのかもしれない。
 いつしか地上はただの庭となり、何を見ても心

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漂う(SS No.62)

漂う(SS No.62)

 目に痛いほど色鮮やかな熱帯魚が、珊瑚礁の間をかいくぐって、枯草色の魚を追い回しています。
 派手な方がオスで地味な方がメスだと、水槽横のパネルに説明がありました。

 ぼろぼろになるまで追い回され、疲れたメスは、仕方なく、といった感じでオスを受け入れまあたます。
 ことが済んでしまえばオスはーー心なしかすっきりしたような顔でーーメスの元を去っていくのでした。

 こんな気持ちのときでなければ、貴

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ぴえんぴつ(SS No.61/毎週ショートショートnote)

結愛は親友だが、ときどきセンスがわからない。
「ストレス発散しな」とくれた鉛筆だってそう。
毒々しい水玉模様の本体から伸びたバネの先で、瞳を潤ませた丸顔、10円玉大の「ぴえん」が揺れる。

ストレス、と聞いて思い当たるのは、彼氏の諒馬だ。
思い起こせば、結愛に会うたび愚痴を聞かせてしまっていたと反省する。

デートに10分遅刻してきた、誕生日忘れられてた、他の女子と喋ってた……口にするまでもないモ

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太鼓を3つ(SS No.60)

太鼓を3つ(SS No.60)

これは私の祖父が寝物語によく語ってくれた英雄譚だ。
祖父が先の大戦中に太平洋のとある島に渡った折、島民から語り聞いた民話ということである。

「ラジャーナハ」ー現地語で「白い靴」を意味する言葉ーという名の青年は、島の子供たちにお馴染みの英雄である。この他にもさまざまな類話を聞いたが、以下が最もポピュラーな型とのこと。

先日祖父が亡くなり、ふと幼い頃の記憶が甦ったので、以下に書き留めておこうと思う

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ショートショート王様(SS No.59)

ショートショート王様(SS No.59)

可哀想な農夫は玉座の前ですっかり縮こまっています。
「さあ物語をせよ、つまらなければ打首だぞ」
王様が歌うように言いました。こうして気紛れに誰かを招いて小話をさせるのが、王様の趣味でした。
農夫は覚悟を決め、訥々と語り始めました。

主人公はこの国の始祖たる男神。
戦火に国乱れるとき、神は民草を救うべく鷲の姿で地上に舞い降り、鋭い鉤爪で敵兵を八つ裂きにするのです。
勇猛な物語に王様は心を躍らせまし

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動かないボーナス(SS No.58)

動かないボーナス(SS No.58)

黴臭い実家の倉庫。段ボール箱の隙間から何かが転がり落ちた。
ピンク色の棒の先に星のついた、プラスチックの玩具だ。
「これ、父さんの…」懐かしい気持ちで拾い上げた。

仕事人間だった父は、私が起きている時間に家にいることは殆ど無かった。
珍しく顔を合わせても私の話には空返事。疲れ切っていたのだろう。
私は幼い子供なりに気を遣い、父との会話を減らしていった。

綺麗な薄桃色の包みは、なんでもない日の朝

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消しゴム顔(SS)

消しゴム顔(SS)

ここは顔相学の権威たる私の相談室。
今日も悩める子羊を迎え入れる。

相談者との間には磨りガラスの仕切りがある。先入観を排しヒアリングに注力するためだ。
尤も私に言わせれば、千の言葉より一つの黒子の方が雄弁に人を語るのだが。

「では、悩みをお聞かせください」
ガラスの向こうで影が頷いた。梵鐘のような声が響く。

「僕は保育士なのですが、子供たちを怖がらせてしまうのです。この顔のせいで」

話して

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電車の揺れと羊の群れ(SS)

電車の揺れと羊の群れ(SS)

若い男が1人、電車のシートで涎を垂らして寝こけている。胸には羊のクッション。
珍しい黒い羊である。

恋人の誕生日にと、内緒で用意したものだった。
めったに物を欲しがらない女が、小さな雑貨屋で千円足らずの羊に目を輝かせていたのだ。どうしても彼女のものにしてやりたいと思った。

電車の揺れと羊毛の肌触りが、彼を夢へと誘う。

牧草地だった。わた雲のような羊たちが散らばって、ゆったりと草を喰んでいる。

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早起きは3ポイントの得(SS)

早起きは3ポイントの得(SS)

課題のレポートを終えると、聡太は早々にソファで眠ってしまった。時刻はまだ23時だ。大学生の就寝時間としては早すぎる。
俺としてはこのあと、ゲームでもしながら酒を呑み、サークルの愚痴でも言い合うつもりだったんだけど。
仕方なく、なるべく音を立てないようにシャワーを浴びて、日付が変わらないうちにベッドに入った。

翌朝、俺は眩い光に起こされた。まだ日も登らないのに部屋の電気がついているのだ。
どうやら

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君に贈るランキング(SS)

君に贈るランキング(SS)

「元気にしてるかな、5列目の子」
俺は鏡の前の相方に声をかけた。
やつは褌を巻く手も止めず「さぁね」と答えた。

小劇場の風景を思い出すと、必ず彼女の姿もそこにある。決まって舞台から5列目の席で俺達の漫才を熱心に見ていた、あの子。

思えば漫才なんて、しばらくしていない。
事務所の方針で俺達は「ヨゴレ芸人」になったのだ。
特にボケの相方は、熱湯風呂から女優の楽屋訪問まで、過激な仕事をやらされてきた

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