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アンラッキー・クローバー(SS No.65)

 四つ葉のクローバーといえば幸運の象徴だが、それが五つ葉となると一転、悪い意味を持ってしまう。なんでも五枚目の葉に悪魔が宿っていて、四つ葉の幸運を阻害すると考えられるらしい。
 小学生のころに得た知識が、まさか高校生の今、役に立つことになるとは思わなかった。

 放課後清掃で憧れの種田くんと同じグループに割り当たったのは、確かに幸運なのだと思う。
 彼とわたしは同じクラスというだけで、普段はほとんど接点がない。ただ一度、種田くんが貧血で倒れたわたしをおんぶして、保健室に運んでくれただけだ。(その優しさに落とされたわけだけど)
 その種田くんと、体育館裏で2人きりなんて。

 でも、いざそのときになると、わたしは途端に無口になってしまった。怖くなったのだ。
 もし、種田くんのデリケートな部分に踏み込んでしまったら、あるいは、わたしの容姿や喋り方に、嫌われる要素があったら……そんなことがぐるぐる、頭を巡るばかりで。
 少しでも距離を縮めたいのに、時間だけが虚しく過ぎていく。

 五つ葉のクローバーを見つけたのはそんなとき。
 ふと、しゃがんだ足元を見ると、摘んでくれとでも言わんばかりに、他を押し退けて生えていた。
 それで、冒頭の話に戻るわけだ。
 あのころはファンタジー小説にどハマりしていて、わたしも魔女になって、魔法で人助けしたいなんて考えてたっけ。若かったなぁ…

 今のわたしが魔法を手に入れたなら、間違いなく自分のために使うだろう。
 種田くんの心の中を読み取って、彼の気に入る女の子に変身したい。不安要素はひとひらも残さず取り除いて、幸運なまま結ばれたい。
 そんな我儘を嘲笑うように、五つ葉は風に揺れていた。

 「大丈夫?草野さん」
 頭上に影がさす。振り仰ぐと、種田くんが気遣わしげな顔で横に立っていた。
 「具合でも悪いの?」
 溜め息を聞かれていたらしい。彼は本当に他人のことをよく気にかけている。
 わたしは素直に、五つ葉のジンクスに話をした。本当の悩みはもちろん伏せて。
 これで彼の目には、わたしが「雑草の葉っぱの枚数如きで大袈裟に落ち込むイタい女」と映っただろうが、まあ、片思いがバレるよりはいい。
 一人納得していると、種田くんが口を開いた。

 「じゃあさ、そのクローバー、俺にちょうだいよ」
 こちらに向かって手のひらを差し出す。
 「お守りにしたいんだ」
 キョトンとしていると、種田くんは少し笑って、わけを話してくれた。

 種田くんは、バスケ部に所属している。
 バスケを始めたのは小学校低学年のころで、お兄さんの試合を観たのがきっかけだった。手に吸いつくみたいに、器用にボールを操る選手たちが、とてもかっこよく見えたのだそうだ。
 さっそくチームに入り、練習に打ち込んだ。
 でも現実は無情なもので、種田くんは未だにスタメンの5人には入れていない。彼はベンチを温めながら、絶対にその座を掴み取ってやると、闘志を燃やしている。
 「だから、俺にとって5は、特別な数字なんだ」
 真剣な眼差しでそう言った。

 ーーわたしは、ベンチに座る種田くんを想像した。コーチに指名された瞬間、彼はちらりと客席を見る。
 そこにいるのは黒マント姿のわたし。視線に応えるように先端に五つ葉のついた杖を振る。
「さあ頑張って。あなたに戦士の勇気を授けたわ」
 種田くんは頷き、コートに足を踏み出すーー

 五つ葉のクローバーは、種田くんの手にしっかりと握られた。
 「草野さん、今度、試合観にきてよ」
 「え、いいの!?」
 「もちろん」
 ーーそういえば、五つ葉のクローバーにはもう一つ、ジンクスがあって。
 人に渡すと、自分にも幸福が訪れる、という話。

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