蝦春 マキ

小説を書いています。長い話が書けるようになったら本を作って、文学フリマに参加したい。 …

蝦春 マキ

小説を書いています。長い話が書けるようになったら本を作って、文学フリマに参加したい。 140字小説を書いているTwitterも良ければどうぞ!

最近の記事

山の奥の家(SS No.69)

 那由(なゆ)は川のせせらぎを横に聞きながら、自分の背丈ほどもある草むらをかき分けて歩いていた。もう何時間こうしているだろう。キティちゃんの水筒はとっくに空っぽだ。日が傾くにつれ、那由の焦りも大きくなっていた。  弟が生まれてからというもの、ママはそちらにかかりっきりで、ちっとも那由と遊んでくれなくなった。何につけても「お姉ちゃんなんだから」と我慢させられてばかりで、すっかり嫌気がさしたのだ。だから、ちょっとだけ心配させるつもりで、ママには黙って家の裏の山に登った。  2、

    • 宇宙ウナギ(SS No.68)

       地球上の鰻が絶滅して久しいが、年寄り連中は若い頃に食べた蒲焼の味が忘れられないらしく、大豆でできた「代用ウナギ」にウン万円、ポンと払うというから驚きだ。  奴らが「宇宙ウナギ」を見たら、よだれを垂らして群がってくるだろう。  「宇宙ウナギ」を見つけたのは、俺が親父から継いだ食品加工会社を倒産させ、借金取りから逃げるために宇宙を放浪するなかで、偶然立ち寄った辺境の星の、池の中だった。  図鑑でしか見たことのない鰻を目の当たりにして、俺は心が踊った。こいつを地球に持ち帰れば、

      • 赤い水玉の男(SS No.67)

         小学生くらいのころの記憶だ。  僕はどこかの街の交差点で1人、信号待ちをしていた。季節は冬。周囲の大人たちが枯葉色のコートを着込んで縮こまっていたのをよく覚えている。  だからこそ、数メートル前方の、背の高い男の服装に目を引かれたのだろう。  彼が着ていたのは白地に赤い水玉の散った、薄手のシャツだった。  寒くないのかな、と僕は心配になった。背後からビル風が吹きつけてきて、僕の頬を刺していた。  しかし男は文字通り、動じない。僕の頭髪はくしゃくしゃに掻き乱されていたが、彼

        • 消した人々(SS No.66)

           男は囲まれている。風船のように膨張した者、下顎のない者、足が妙な方向に曲がった者…ガラス玉のような数百もの瞳が、ペンを走らせる男の手元を眺めている。ちょろちょろと毛の生えた肉塊が言う。  「あたしの名前覚えてる?」  数百もの作品を遺した推理小説の大家は、多くのファンに惜しまれ、子や孫に囲まれて、畳の上での大往生であったが、その死顔は、化粧の下から滲み出るほどの苦痛に歪んでいたという。

        山の奥の家(SS No.69)

          アンラッキー・クローバー(SS No.65)

           四つ葉のクローバーといえば幸運の象徴だが、それが五つ葉となると一転、悪い意味を持ってしまう。なんでも五枚目の葉に悪魔が宿っていて、四つ葉の幸運を阻害すると考えられるらしい。  小学生のころに得た知識が、まさか高校生の今、役に立つことになるとは思わなかった。  放課後清掃で憧れの種田くんと同じグループに割り当たったのは、確かに幸運なのだと思う。  彼とわたしは同じクラスというだけで、普段はほとんど接点がない。ただ一度、種田くんが貧血で倒れたわたしをおんぶして、保健室に運んで

          アンラッキー・クローバー(SS No.65)

          ねじまきタクシー(SS No.64)

           俺の運転する「ねじまきタクシー」は乗車料金をいただかない。その代わり、お客には車のお尻についたゼンマイを回してもらって、戻りきる地点まで走ることになっている。  今日のお客はパチンコ屋の前で拾った。  垢じみた服の中年男だ。鳥の巣のような頭髪と無精髭に覆われた顔。しかし、よく見ればパーツは整っているから、若い頃はモテたのかもしれない。  今は苦虫を噛み潰したような表情をしているが。  ゼンマイを巻き、男は車に乗り込んだ。  「クソ、負け取り返したときにやめときゃよかった

          ねじまきタクシー(SS No.64)

          音のカンヅメ(SS No.63)

           「クジラの歌声」と書かれた缶詰。プルトップをパカっと開けると、消え入りそうなハミングが溢れ出る。白髪の魔女はそれをテーブルに置き、旋律に耳を傾けた。  素晴らしい歌声だったが、彼女の険しい顔が和らぐことはなかった。  昔の彼女は、好奇心旺盛で快活な性格だった。暇さえあれば箒にまたがり、刺激を求めて旅に出た。  ーーそれがよくなかったのかもしれない。  いつしか地上はただの庭となり、何を見ても心が動かなくなってしまった。  ここ最近の魔女は、別人のように家に引きこもって日々

          音のカンヅメ(SS No.63)

          漂う(SS No.62)

           目に痛いほど色鮮やかな熱帯魚が、珊瑚礁の間をかいくぐって、枯草色の魚を追い回しています。  派手な方がオスで地味な方がメスだと、水槽横のパネルに説明がありました。  ぼろぼろになるまで追い回され、疲れたメスは、仕方なく、といった感じでオスを受け入れまあたます。  ことが済んでしまえばオスはーー心なしかすっきりしたような顔でーーメスの元を去っていくのでした。  こんな気持ちのときでなければ、貴重な生態を観察できた、と少しお得に感じていたのかもしれません。私には、疲れきって

          漂う(SS No.62)

          ぴえんぴつ(SS No.61/毎週ショートショートnote)

          結愛は親友だが、ときどきセンスがわからない。 「ストレス発散しな」とくれた鉛筆だってそう。 毒々しい水玉模様の本体から伸びたバネの先で、瞳を潤ませた丸顔、10円玉大の「ぴえん」が揺れる。 ストレス、と聞いて思い当たるのは、彼氏の諒馬だ。 思い起こせば、結愛に会うたび愚痴を聞かせてしまっていたと反省する。 デートに10分遅刻してきた、誕生日忘れられてた、他の女子と喋ってた……口にするまでもないモヤモヤを込め、小憎らしい顔を弾く。びよんびよんとのたうちまわるのを見ると、確かに

          ぴえんぴつ(SS No.61/毎週ショートショートnote)

          太鼓を3つ(SS No.60)

          これは私の祖父が寝物語によく語ってくれた英雄譚だ。 祖父が先の大戦中に太平洋のとある島に渡った折、島民から語り聞いた民話ということである。 「ラジャーナハ」ー現地語で「白い靴」を意味する言葉ーという名の青年は、島の子供たちにお馴染みの英雄である。この他にもさまざまな類話を聞いたが、以下が最もポピュラーな型とのこと。 先日祖父が亡くなり、ふと幼い頃の記憶が甦ったので、以下に書き留めておこうと思う。 *** ラジャーナハはラクダに乗って、砂漠を旅していた。 ふと見ると、目

          太鼓を3つ(SS No.60)

          ショートショート王様(SS No.59)

          可哀想な農夫は玉座の前ですっかり縮こまっています。 「さあ物語をせよ、つまらなければ打首だぞ」 王様が歌うように言いました。こうして気紛れに誰かを招いて小話をさせるのが、王様の趣味でした。 農夫は覚悟を決め、訥々と語り始めました。 主人公はこの国の始祖たる男神。 戦火に国乱れるとき、神は民草を救うべく鷲の姿で地上に舞い降り、鋭い鉤爪で敵兵を八つ裂きにするのです。 勇猛な物語に王様は心を躍らせました。 農夫が不意に口を噤みました。王様は訳を尋ねます。 「家で病に伏せる女房が

          ショートショート王様(SS No.59)

          動かないボーナス(SS No.58)

          黴臭い実家の倉庫。段ボール箱の隙間から何かが転がり落ちた。 ピンク色の棒の先に星のついた、プラスチックの玩具だ。 「これ、父さんの…」懐かしい気持ちで拾い上げた。 仕事人間だった父は、私が起きている時間に家にいることは殆ど無かった。 珍しく顔を合わせても私の話には空返事。疲れ切っていたのだろう。 私は幼い子供なりに気を遣い、父との会話を減らしていった。 綺麗な薄桃色の包みは、なんでもない日の朝、枕元に置かれていた。 半信半疑で解く。眠気が吹っ飛んだ。 私が夢中だったアニメ

          動かないボーナス(SS No.58)

          消しゴム顔(SS)

          ここは顔相学の権威たる私の相談室。 今日も悩める子羊を迎え入れる。 相談者との間には磨りガラスの仕切りがある。先入観を排しヒアリングに注力するためだ。 尤も私に言わせれば、千の言葉より一つの黒子の方が雄弁に人を語るのだが。 「では、悩みをお聞かせください」 ガラスの向こうで影が頷いた。梵鐘のような声が響く。 「僕は保育士なのですが、子供たちを怖がらせてしまうのです。この顔のせいで」 話してみると、何かと考え込む性格らしい。常に眉根を寄せているのだろう。口下手なのも恐さ

          消しゴム顔(SS)

          電車の揺れと羊の群れ(SS)

          若い男が1人、電車のシートで涎を垂らして寝こけている。胸には羊のクッション。 珍しい黒い羊である。 恋人の誕生日にと、内緒で用意したものだった。 めったに物を欲しがらない女が、小さな雑貨屋で千円足らずの羊に目を輝かせていたのだ。どうしても彼女のものにしてやりたいと思った。 電車の揺れと羊毛の肌触りが、彼を夢へと誘う。 牧草地だった。わた雲のような羊たちが散らばって、ゆったりと草を喰んでいる。 彼は、隣にいた一頭の純白の毛に顔を埋めた。羊は知らん顔で口をもぐもぐしている。

          電車の揺れと羊の群れ(SS)

          早起きは3ポイントの得(SS)

          課題のレポートを終えると、聡太は早々にソファで眠ってしまった。時刻はまだ23時だ。大学生の就寝時間としては早すぎる。 俺としてはこのあと、ゲームでもしながら酒を呑み、サークルの愚痴でも言い合うつもりだったんだけど。 仕方なく、なるべく音を立てないようにシャワーを浴びて、日付が変わらないうちにベッドに入った。 翌朝、俺は眩い光に起こされた。まだ日も登らないのに部屋の電気がついているのだ。 どうやら聡太のしわざらしい。パジャマのままソファに寝転がり、スマホをいじっている。 「

          早起きは3ポイントの得(SS)

          君に贈るランキング(SS)

          「元気にしてるかな、5列目の子」 俺は鏡の前の相方に声をかけた。 やつは褌を巻く手も止めず「さぁね」と答えた。 小劇場の風景を思い出すと、必ず彼女の姿もそこにある。決まって舞台から5列目の席で俺達の漫才を熱心に見ていた、あの子。 思えば漫才なんて、しばらくしていない。 事務所の方針で俺達は「ヨゴレ芸人」になったのだ。 特にボケの相方は、熱湯風呂から女優の楽屋訪問まで、過激な仕事をやらされてきた。 夢見たテレビスターになれたのに、俺はあの頃に焦がれていた。 「おめでとう

          君に贈るランキング(SS)