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小説《魂の織りなす旅路》

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光たちからのメッセージ小説。魂とは?時間とは?自分とは?人生におけるタイミングや波、脳と魂の差異。少年は己の時間を止めた。目覚めた胎児が生まれ出づる。不毛の地に現れた僕は何者なの…
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2023年4月の記事一覧

連載小説 魂の織りなす旅路#20/差異⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#20/差異⑴

【差異⑴】

 誰もが差異を抱えて生きている。差異を抱えたまま人と繋がり、差異を抱えたまま己の人生を選択する。
 私にとって、そうした差異から距離を置く時間はとても大切で、いつも穏やかで静かな場所を探している気がする。たとえば、この喫茶店のこの片隅の席。店内には穏やかな曲調のクラシックが抑えた音量で流れていて、空いているときは自分だけの時間に身を浸すことができる。

 カランコロン。喫茶店のドアが

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連載小説 魂の織りなす旅路#21/差異⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#21/差異⑵

【差異⑵】

 商店街から人気のないひっそりとした横道に入ると、ブルブルブルッとバッグの中のスマホが震えた。スマホを開くと画面上部に「今から会えないかな?」の文字。彩夏(あやか)だ。

 私  いいよ

 彩夏 相談にのってもらいたいことがあって

 彩夏 ゆっくりうちで話したいの

 私  了解!

 彩夏 大学の正門に着いたらLINEして

 私  はーい

 彩夏は大学近くのアパートで、一人

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連載小説 魂の織りなす旅路#22/差異⑶

連載小説 魂の織りなす旅路#22/差異⑶

【差異⑶】

 冴羽さんはご夫婦ともに陶芸家の、父の知り合いだ。昨年末に、彩夏と2人で冴羽さん宅に泊めてもらい、陶芸の基本的な技法を体験した。

 「陶芸家にならないかっていうの。なんかね、お母さんまでその気になっちゃって。」

 陶芸体験のとき、冴羽さんご夫婦が彩夏のセンスの良さに目を見張っていたことを思い出す。デザイン関係の仕事をしている彩夏の母親は、娘に美術系の才能を見出してもらえたことが嬉

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連載小説 魂の織りなす旅路#23/差異⑷

連載小説 魂の織りなす旅路#23/差異⑷

【差異⑷】

 「ところで、陶芸家ってどうやってなるのかな? 冴羽さんの弟子になるとか?」

 「冴羽さんの家の近くに県立の陶芸学校があるんだけど、お母さんには私たちが面倒見るからって、そこに通うことを勧めてくれているの。」

 「そこまで言ってくれているんだ。すごいね。」

 「そうなんだけど。あまりにもスムーズに話が進むから、ホントにいいのかなって、逆に不安になるんだよね。」

 そう言うと、

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連載小説 魂の織りなす旅路#24/差異⑸

連載小説 魂の織りなす旅路#24/差異⑸

【差異⑸】

 「難しいっていうのはね、私には何が現実的で、何が現実的じゃないのかがよくわからないからなの。私にとっての未来って、どんな未来も現実的ではないんだよね。」

 「どんな未来も?」

 「うん。現実的ってなんか漠然とした言葉だよね。だって、これから先何が起こるかなんて、誰にもわからないんだもの。お金の価値、社会の常識、自然環境、科学技術、自分を取り巻いているあらゆるものは、その時々に応

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連載小説 魂の織りなす旅路#25/差異⑹

連載小説 魂の織りなす旅路#25/差異⑹

【差異⑹】

 「変化を否定して生きるより、変化という波に乗りながら生きる。」

 噛み締めるように、低い声で呟いた彩夏の境界線が揺らぐ。ほんの一瞬、その揺らいだ境界線の隙間からほのかな煌めきが見えたとき、ふふふっと彩夏が肩を震わせながら笑った。

 「まったく。私ったら何を怖がっていたのかな。安定というマヤカシに自分が見えなくなっていたみたい。この私がどこかの企業の社員だなんて笑っちゃうよね。

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連載小説 魂の織りなす旅路#26/魂⑴

連載小説 魂の織りなす旅路#26/魂⑴

【魂⑴】

 老人は閉じていた瞼を静かに開き、その何も映し得ない瞳で妻を見た。今日の風は柔らかいねと妻が言う。今日の風は柔らかいねと、老人は頭の中で何度も何度も反芻する。そして、居間のソファーから立ち上がると縁側に向かった。
 縁側の籐椅子に腰を掛け、水音に耳を傾ける。竹筒から水鉢へと流れ落ちる水の音。この家を購入したときに、妻の希望で置いた水鉢だ。
 2人でこの籐椅子に座り、この水音をBGMによ

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連載小説 魂の織りなす旅路#27/魂⑵

連載小説 魂の織りなす旅路#27/魂⑵

【魂⑵】

 清々しい空気を身に纏った妻は、いつも朗らかでおおらかだった。そんな妻が、なぜ陰鬱な性格の自分を選んだのか。老人は、妻と交わしたあの日の会話に沈潜した。

 「あなたは差異がとても小さいから、一緒にいて心地がいいの。」

 「差異が小さい?」

 「うん。言葉にするとしたら、脳と魂の差異ってところかな。魂だなんて変に思うでしょ。でもね、何かの宗教とかいうんじゃなくて、私はそう感じている

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