連載小説 魂の織りなす旅路#25/差異⑹
【差異⑹】
「変化を否定して生きるより、変化という波に乗りながら生きる。」
噛み締めるように、低い声で呟いた彩夏の境界線が揺らぐ。ほんの一瞬、その揺らいだ境界線の隙間からほのかな煌めきが見えたとき、ふふふっと彩夏が肩を震わせながら笑った。
「まったく。私ったら何を怖がっていたのかな。安定というマヤカシに自分が見えなくなっていたみたい。この私がどこかの企業の社員だなんて笑っちゃうよね。 」
「ふふっ。 ね、私には想像できないよ。」
彩夏は目を細めると、右の口角を上げた。
「ほんと、自分が上司や同僚に囲まれて仕事をしているところなんて、想像つかないよ。ただでさえ周りに合わせるのが苦手なんだから。」
「今の彩夏の現実は、陶芸をやってみたいと思っていること、周りがそのために動いてくれていること、それから、周りと折り合いをつけるのが苦手だってことだね。」
私たちは顔を見合わせると、大笑いした。ひとしきり笑うと、部屋の中がしんと静まり返る。私はその静寂に、そうっと丁寧に言葉を紡いだ。
「どんな未来も現実ではない。これね、未来に振り回されないように、私が心に留めている言葉なの。今を生きるためにね。」
私の顔をじっと見据えた彩夏の目に、力が宿る。
「私ね、ありもしない未来に侵食された今を生きるなんて、そんなの耐えられない。本当の今を生きたい。それなら今やりたいことをやる、だね。」
彩夏は晴れ晴れとした表情で、大きな伸びをした。
「耀に相談してよかった。」
彩夏の差異がさらに小さくなる。揺らぐ彩夏の境界線から漏れ始めた、ちらちらと瞬く魂の波動に、私はそっと指先で優しく触れた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?