連載小説 魂の織りなす旅路#27/魂⑵
【魂⑵】
清々しい空気を身に纏った妻は、いつも朗らかでおおらかだった。そんな妻が、なぜ陰鬱な性格の自分を選んだのか。老人は、妻と交わしたあの日の会話に沈潜した。
「あなたは差異がとても小さいから、一緒にいて心地がいいの。」
「差異が小さい?」
「うん。言葉にするとしたら、脳と魂の差異ってところかな。魂だなんて変に思うでしょ。でもね、何かの宗教とかいうんじゃなくて、私はそう感じているって話なの。」
「脳と魂って、どう違うのかな?」
「体って物質でしょ。だから脳も物質。魂は物質ではない、その人の本質って感じかな。脳と魂の思考が離れている人って、私にはとても不安定に見えるの。ブレやすいっていうか、自分の本質とは異なる思考で行動するわけだから不自然だし、無理をしているように見えるの。
裏表があるっていうのとも違うから、なんか上手く表現できないんだけれど、素直じゃない、純粋じゃないって感じかな。」
「僕は、自分を素直だとも純粋な心を持っているとも思えないんだけれど。」
「素直で純粋っていうのはね、本質に対して素直で純粋ってことなの。心はね、物質である脳が生み出すものだと思う。だから、心が素直で純粋っていうのとは違うの。」
「心は物質が生み出すもので、魂はそれとは別の生まれ持ったその人の本質?」
「そうそう。みんな本質を見失って、心に踊らされちゃう。脳に振り回されちゃうんだよね。でも、あなたは振り回されない。ブレない安定感がある。差異が小さいってそういうこと。」
水音が老人の耳をくすぐった。この水音は、いつ、どこで聴いた水音だろう。大学図書館の裏庭で聴いた水音だろうか。この家の縁側で聴いた水音だろうか。妻と2人で聴いた記憶の水音が、今この時の水音と重なり合い、老人は妻の魂を懐かしむ。
今日の風は柔らかいね。
あの空の透けるような青が好き。
今日は本の文字が楽しげに踊っているように見えるの。
あの鳥の鳴き声は悲しげに聞こえるね。
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