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【老人ホームと親のお金の管理】子供は権利がない事実【トラブルを未然に防ぐ】

この記事は5,876文字あります。
親を老人ホームに入れてしまえば介護のカタが付くかというと、なかなかそういう訳には行きません。
特に金銭の管理においては様々な問題が生じる事が多いので、今回はそれをわかりやすく説明する試みです。


子に親のお金を管理する権利はない

原則として、子供は相続しない限り、親の資産を管理する権限が法的にありません。
親と子供は法的に独立した個人であり、成人は自己の金銭や財産について自己決定権を持ちます。
親の金銭管理に介入するためには、財産管理委任契約や家族信託、任意後見人になるなど、自らが親と法的効力がある契約を取り交わし、本人を代理する権限が必要ですが、親の目の黒いうちは「お金の話」はセンシティブであり、なかなか踏み込んでできないのが一般的ではないでしょうか。

本人を代理する権限がなく代わりに預金引き出しなどの代理行為をすることを「無権代理」といい、権限なく代理人として行為する人を「無権代理人」といいます。
そして、無権代理行為は民法上、原則無効となります。

成年後見制度

成年後見制度の概要ですが、任意後見制度の場合は、公証人役場での手続きが必要であったり、後見登記がされたりと、社会的信用が得られます。
法定後見制度においては、家庭裁判所の審判によって後見人が選任されるため、法的効力としては最強です。
成年後見の申立てができる人は、本人、配偶者、4親等内の親族(4親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)、成年後見人等、任意後見人、任意後見受任者、成年後見監督人等、検察官、市町村長(法律上の一定の条件を満たしている場合)に限られます。

成年後見業務をビジネスとして一部の行政書士や民間企業、福祉系NPO等が請け負っていますが、裁判所提出書類(成年後見開始申立書・相続放棄申立書など)の作成を司法書士や弁護士以外が行う行為は違法行為(弁護士法72条、司法書士法73条違反)です。
これには判例も多くあるため、「サポート」や「代行」といった表現に惑わされないように注意が必要です。
「行政書士などの法律専門職の者が成年後見人等となり」とPRしている事もありますが、成年後見人は裁判所が選任すれば家族等の一般人でもなることができます。
また、家庭裁判所が専門職後見人として認めているのは弁護士、司法書士、社会福祉士だけで、ここに行政書士は含まれていません。

当たり前ですが、成年後見制度は本人の資産を守る「業務」のため、報酬の支払いが必要となります。
最高裁が最近行った調査では、平均で年間33万円という結果でした。

無報酬で引き受けている大半は親族ですが、成年後見のニーズがある特定の法人(老人ホームを運営するような介護事業者)のお抱えになればストックビジネスになるため、ボリュームディスカウントをしたり、何人かに1人は無報酬で成年後見を引き受けてくれるビジネスライクな成年後見人もいます

一般的に成年後見人の報酬は管理する流動資産(預貯金と現金)の合計によって変動しますが、被後見人が所有する不動産の売却には通常業務以外の手間が増えるため、付加報酬(ボーナス)が発生します。
そのため、必要が無いのに付加報酬を得るために売却する後見人もいるので注意が必要です。

身寄がいない人・お金が無い人

老人ホームで受け入れる前提として、介護保険法・障害自立支援法(障害者総合支援法)においては、原則として、自らの意思に基づき、具体的には事業者との間で役務の提供を受ける(=サービスを「買う」)ために必要となる契約を締結する必要があります。
当社では、契約する意思能力が無い人、お金が無い人、身寄りがいない人等を受け入れるために、都道府県社会福祉協議会または指定都市社会福祉協議会が実施主体となっている日常生活自立支援事業や、市町村長による成年後見申し立て等の制度を活用しています。

日常生活自立支援事業の概要については厚労省のHPをご覧ください。

日常生活自立支援事業は地域の社会福祉協議会によって独自のネーミングがあり、大阪府の場合は「あんしんサポート事業」といいます。
地域によって若干異なりますが、料金は非常にリーズナブルです。
しかし、申込者のウェイティング(順番待ち)が非常に多く、市によっては数年待ちという現状です。

・訪問による金銭管理サービス利用料:1回900円
 ※市民税非課税の場合は1回600円
・預かりサービス利用料:年間3,000円(月250円)
・生活保護受給者:利用料免除

大阪市北区の「あんしんサポート事業」利用料

身寄りがいない場合や、成年後見の報酬を支払う事が困難な生活保護受給者等でも、市町村長は、65歳以上の高齢者又は知的障がい者、精神障がい者について、「その福祉を図るために特に必要があると認めるとき」は、家庭裁判所に対して後見開始等の審判の申立てを行うことができます。
2親等以内の親族の有無を確認し、無い場合、又は有る場合でも支援しない場合を市町村長が申し立てを行う例とされていますが、親族がいても適切な保護がなされていない場合や、身体的・経済的に虐待を受けているような場合には、保護の必要性が強く働きますので、市町村長が申立てをすることは、保護を受ける本人に対する行政の責務の一部といえます。
各自治体に身寄りがないなどで成年後見の申立てができない場合の相談窓口が設けられており、大阪市の場合は地域の保健福祉センターがそれを担っています。

財産管理委任契約

この契約は当事者間の合意で成立するため、特別な手続きを行わずとも契約を締結することができます。
手軽に利用できるのが大きなメリットですが、第三者機関を経由せずとも契約締結ができてしまうという意味で、社会的信用という観点では成年後見制度に劣後します。
一定の財産管理における手続きが代行可能となりますが、金融機関の多くは財産管理委任契約を結んでいたとしても対応してもらえません。
そのため、財産管理委任契約を結ぶことを想定している場合は、委任者(親)の口座がある金融機関で「財産管理委任契約での窓口対応の可否」について事前に確認が必要です。
また、不動産の売却などの手続きに関しては、その不動産の所有者(委任者である親)に売却の意思があるかどうかを確認する必要性があることから、不動産の管理はできても財産管理委任契約の受任者(子)の判断だけで売却することはできません。
このように、一定の法律行為に関しては財産管理委任契約を結んでいても受任者が代行できない点には注意が必要です。

親が認知症を発症した場合

認知症を発症すると、財産管理委任契約など「本人が自主的に判断できるときのみできる契約」はできなくなります。
不動産の売買契約を結んだ場合も、認知症や精神疾患などの病気で「意思能力」がない人の契約は無効です。
軽度な認知症の場合は家族信託の契約ができるケースもありますが、通常は認知症が発症した後に使える対応策は成年後見制度のうち法定後見のみです。

親が認知症になってしまったとしても、それを理由に子世代が銀行のお金を管理したり、親所有の不動産を売却したりといったことはできません。
老人ホームの近隣に住む子供が、「親のために一肌脱ごう」とお金を管理しようとしても、銀行にとっては「子といえども利用者本人以外の人」でしかありません。
本人でも、法的効力を有する正式な代理人でもない人に、利用者の預貯金を引き渡すのはできないという考えからです。
家族であったとしても、先に述べた通り無権代理行為は民法上、原則無効となります。

また、親が認知症の確定診断が下された場合など、判断力が低下していると認められると、口座自体が凍結されてしまう可能性もあります。
核家族化が進んだ日本において、介護や支援が必要となった主な原因としては、「認知症」が最も多くなり、その原因が基で親を老人ホームに入居させるケースも多いため、「認知症の親のお金を引き出したい」という子世代の相談が増加しました。
2021年には、一般社団法人全国銀行協会が、高齢の顧客や子世代などの代理人と金融取引を行う際のポイントや、金融取引の代理等に関する考え方をまとめた指針を出しています。

このガイドラインでは、無権代理人についての対応を次のようにまとめています。

▼親族等による無権代理取引は、本人の認知判断能力が低下した場合かつ成年後見制度を利用していない(できない)場合において行う、極めて限定的な対応である。
成年後見制度の利用を求めることが基本であり、成年後見人等が指定された後は、成年後見人等以外の親族等からの払出し(振込)依頼には応じず、成年後見人等からの払出し(振込)依頼を求めることが基本である。 
▼本人が認知判断能力を喪失していることを確認する方法としては、本人との面談、診断書の提出、本人の担当医からのヒアリング等に加え、診断書がない場合についても、複数行員による本人面談実施や医療介護費の内容等のエビデンスを確認することなどが考えられる。
対面での対応が難しい場合には、非対面ツールの活用等も想定される。 
▼認知判断能力を喪失する以前であれば本人が支払っていたであろう本人の 医療費等の支払い手続きを親族等が代わりにする行為など、本人の利益に 適合することが明らかである場合に限り、依頼に応じることが考えられる。

【一般社団法人全国銀行協会】金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化する考え方

相続放棄の注意点

亡くなった親に借金がある等の理由で相続放棄を希望する場合、亡くなったことに気づいてから3か月以内という法的ルールがありますが、親と疎遠であった場合等においては、資産や借金の実態が不明な事もあるでしょう。
相続の承認又は放棄の期間伸長の申立を行い、その事情を家庭裁判所が認めれば、追加で最大3ヶ月程度伸ばす事が可能です。
気をつける点として、申立書類に不備があり却下された場合、修整して再申請するまでに3ヶ月の期間が過ぎたらアウトです。そのため、伸長の依頼はある程度余裕を持って行う必要があります。

期間伸長の申立をする場合は別として、通常は一番最初に「相続放棄するか、しないか」を決めてください。
親の葬儀が終わり、役所への死亡届等の手続きが終わる前に「相続放棄するか、しないか」を決める必要があります。
相続放棄する際は、故人の遺産に手を付ける事はご法度のため、公共料金の名義変更もアウト、クレジットカードの解約もアウト、遺品整理は完全にアウトです。
安易に上記の変更や解約してから相続放棄をすると、裁判所からすれば「名義変更したので単純承認しましたよね?遺産に手を付けましたよね?」と相続放棄は却下されます。
また、相続放棄後に役所から「亡くなった親の過払い保険料を返金する銀行口座教えて欲しい」という通知が来たりする事もありますが、これに手をつけてもアウトです。

死亡した親が老人ホームに入居していた場合、その老人ホームがどのような契約方法なのか注意が必要です。
利用権方式の場合、入居者が死亡するとその時点で契約は消滅しますが、賃貸借契約の場合は借主が死亡しても終了せず、賃借人たる地位は相続の対象となるため居室の解約はアウトです。

親と同居している場合において、公共料金の支払いが親名義になっているときは、名義変更は後にして口座振替不能からの払込票(コンビニ払い等)の発行に切り替えた上で、自分のお金から払うなど、細心の注意が必要です。些細なことで相続放棄ができなくなり、親の借金を抱えるハメになるので、下手に自分でやらずに弁護士や司法書士などの専門家に相談する事をおすすめします。

保険の注意点

生命保険金は相続財産ではないため、相続放棄をしても受け取ることができます。
しかし、相続放棄した場合、生命保険金の非課税(500万円×法定相続人の数)は適用を受けられなくなってしまいます。
相続放棄をしても、受け取った生命保険金は非課税枠の計算には含めます。

実家の方で親が亡くなった場合、火災保険に注意が必要です。
親が住んでいた実家を相続する事があるかもしれませんが、それが「空き家」の場合は「一般的には住宅と認められない」ため、万が一火災が発生した場合には通常の火災保険では保険適用されず、相続して所有者となった子供が莫大な賠償責任を負う可能性が生じます。
また、空き家の場合、何度もニュースになっている通学路のブロック塀倒壊事故や、建物が老朽化して崩れたり、庭の木が折れたりして誰かが負傷しても個人賠償責任保険が適用されないため、同じように保険を検討する場合は倉庫等が加入する施設賠償責任保険に切り替える必要があります。
どこまでが補償の対象となるかは保険会社の契約約款によるので、ちゃんと自分が理解できるまで内容を確認することをおすすめします。

最後に

成年後見制度は決して万能なものではありません。
「未婚で子供がいない高齢者」の兄弟が法定後見人になろうとしても、その兄弟も高齢であれば長期的な成年後見業務に不安があるため、家庭裁判所の審判でNGになるケースもあります。

また、手術などをはじめとする医療行為を行う場合、患者本人の同意があれば、刑法35条における正当業務となり、手術等の傷害行為に違法性がないとされるため、必ず患者本人から医療同意のサイン(自署による署名)を得る必要があります。
本人に意思決定能力が無い場合、家族や親族が成年後見人であればその立場で医療同意は有効ですが、家族や親族以外の成年後見人には医療同意の権限は付与されていません
医療同意は基本的に本人のみが行える一身専属権です。
認知症等により本人から医療同意が得られない場合、誰から同意を得れば良いのか明確に定めた法律は現行では存在せず、家族以外の成年後見人が医療機関からの求めに応じて同意した場合でも、法律の裏付けがある同意とはなりません。
そのため、疎遠だったりして後見を放棄している家族が、医療同意のために遠方から無理やり駆り出されてしまう事もあります。
ますます超高齢化が進む日本において、早急に法制度の整備が必要なテーマではないでしょうか。

まとめ

法的に権利を有する専門家に正当な対価を支払って相談することが、「自分の身を守る」事に繋がります。
インターネットで簡単に手に入る情報を鵜呑みにせず、時間もお金も損をしない人生を過ごしましょう。

投げ銭大歓迎です!