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2022年12月の記事一覧

story 海で生まれたサリュウ

story 海で生まれたサリュウ

南の海でうまれたサリュウは
潮に乗って旅に出た
小魚の群れと遊び
人間の乗る船を運び
大きなクジラと共に歌った
心が満たされるような
楽しい時間だった
南の海で生まれたサリュウは
冷たい海でこぐまと出会った
白いこぐまは陸から離れ
氷の上で泣いていた
サリュウは静かに身体を寄せて
こぐまの乗る氷の板を
陸にそっと押してやった
早くおかえり
お母さんが待ってるよ
南の海で生まれたサリュウは
生まれた

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story 灰色の街で

story 灰色の街で

煙草の煙が
壊れた屋根の隙間から差す
日差しの中を昇っていく
静かに吸っては
吐き出されていく
その煙は
ハシユ(ズレたもの)という
男の呼吸だった
虚なまま
男はただ
煙草を吸っては吐き
気だるそうな煙を
くゆらせている
ズレたものとは
よく言ったものだ
属するものもない
ここにいることさえ
誰が気に止めようか
薄暗い路地の
冷たい風が
心地よかった
心地よい?
オレはまだ
心地よさを感じるのか

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story あるヘビのはなし

story あるヘビのはなし

おい、ここは俺の縄張りだぞ
藪に住むヘビは
蝶が舞って来たのをみて
低い声をあげた
生まれた時からここに住んでいる
ここはおれだけの場所だ
ヘビの住む藪は
近くに沢が流れ
湿り気と日陰のある
居心地の良い場所だった
カエルが来ても
ネズミが来ても
キツネが来ても…
どんなやつも
おれの藪には入らせない
ヘビは
黒い軀をくねらせて
スルスルと藪の中を這って回った
ところがある夏
藪の近くを流れる沢が

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story A Lone Wolf

story A Lone Wolf

森に一匹の狼が住んでいる
日のある内は木陰に休み
闇が森を包む頃
そっと水辺で喉を濡らした
狼は自分を
木の影と同じだと思っていた
何を思う必要も無い
影は黙ってそこにいる
静けさだけが
あればいい
それ以外のものは
どれも余計なことだった
この静寂が
私なのだ
世界の外にいて
静かに世界を見ている
私はこの木の影と同じなのだ
孤高の狼
誰と交わることもなく
ただ静寂を愛した
耳に届く風の音も

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story マルルの贈り物

story マルルの贈り物

「ね、お母さん。」
そう何度も言いながら
マルルはお母さんのスカートのすそに
からまってクルクル回っています。
外は雪が降って一面真っ白です。
ストーブでスープを煮込む
お母さんのそばでマルルは
「もうすぐお父さんが帰って来るんだ。
ぼくに手紙をくれたんだ。
ね、お母さん。ね、お母さん。」
そう言ってマルルは
また何度も何度も
お母さんのスカートのすそに
からまってクルクル回りました。

マルルが

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story 月夜〜後編〜

story 月夜〜後編〜

これが観音様だよ
朧げな記憶の彼方で
母が言う
ふくよかな頬に
細い目をした木彫りの像は
泣いているのか
笑っているのか
幼い左伊には
分からなかった
ただ
母のようだと思った
微かに香の匂いがする
ハッとして左伊は
起き上がろうとしたが
背中に猛烈な痛みが走り
思わず声が漏れた
静かに…
すぐ横で気配がした
気配は左伊に触れた
まだ動いてはいけない…
左伊は耐えつつ気配を追った
声の主が
湿った

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story 小鳥と木

story 小鳥と木

小鳥が一羽
森の大きな木の枝に
ちょこんととまり
羽を休めました

はぁ…
なんでみんな
ボクをいじめるんだ
みんなといっしょに
空を飛んで
水を飲んで
木の実を食べて
歌いたいだけなのに…

小鳥はひとりぼっちで
森の大きな木の枝にとまったまま
遠くをずっと見つめていました

小鳥よ 小鳥
どこからか声がして
小鳥はビクッと
驚きました

わしはお前がとまっている
大きな木じゃよ

小鳥は思わず

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story 太陽の街

story 太陽の街

サシヤは自分の肌が
少しずつ小麦色になっていくのを
心地よく眺めていた
今朝収穫した果物と野菜は
朝食の前に市場へ並べた
遠くに教会の鐘が鳴る音がする
せっかく街へ来た
今日はもう少し街を見て回ろうか
それとも家へ帰ろうか…
サシヤは
街道から少し離れた
畑へ続く道を登った
小高い草原へ出ると
木陰から
眼下に伸びる街道と
街並みが見渡せる
海岸に面した街は
どうやって人が住み着いたのだろと
思う

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story クロ

story クロ

初めてクロを感じたのは
櫻の花が咲く前の
まだ肌寒い
朝だった
それは気配だった
ひょいと現れて
そして消えた
色にすると
薄墨色の
クロだった
それからたまに
私のもとに
現れた
いつも突然
何の前触れも無く
現れて
そして好き勝手に
話して消えた
世の中のこと
出会った人のこと
好きなだけ話すと
いつの間にか
いなくなった
いったいそれが
何なのか
私には分からなかった
何か得体の知れないもの

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story クロ、それから

story クロ、それから

なんだ…
ちゃんと
笑ってるじゃん
私だけか
引きずってたの
なんだ…
ちゃんと
友だちいるじゃん
私だけか
囚われてたの
なんだ…
なんだ…
なんだ…
なんだ…
それでちょうど、目が覚めた
手放しながら
生きていく
確かに過去は
あったけど
手放しながら
生きていく
忘れていいんだ
それでいい
なんだ…
ちゃんと
笑えてる
隠さず生きなよ
こころが言う
今は 今だと
君が言う

story 月夜〜前編〜

story 月夜〜前編〜

左伊という男がいた
隠れ里の者で
間者だった
ある時不覚をとり
深手を負った
身を眩ますことはできたが
山沿いの沢まで逃げて
動けなくなった
これまでか…
骸を残してはならない
里の掟があった
私の骸は
いずれ里の者によって
跡形もなく消えだろう…
左伊はできるなら
自ら姿を消したかった
だが
できなかった
この期に及んで…
遠くなっていく意識の端で
必死に何かを掴もうとしている
左伊は沢の流れに

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story 月夜〜沙耶編〜

story 月夜〜沙耶編〜

薪を割る音がする
薬草摘みから帰ると
沙耶は庵の裏へとまわった
薪は小気味良い音を立てながら
辺りへと転がっていく
野良着が良く似合うている
沙耶が近づくと
左伊は手を止め
汗を拭いた
目当ての薬草は採れたか
左伊が聞くと
沙耶は籠を傾けて見せた
傷はもう良いのか
あまり無理するな
沙耶が言うと
左伊は腕を回して見せた
この通り
沙耶のお陰だ
穏やかに笑う左伊が
沙耶には眩しく感じられた
これだけ

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