見出し画像

story マルルの贈り物

「ね、お母さん。」
そう何度も言いながら
マルルはお母さんのスカートのすそに
からまってクルクル回っています。
外は雪が降って一面真っ白です。
ストーブでスープを煮込む
お母さんのそばでマルルは
「もうすぐお父さんが帰って来るんだ。
ぼくに手紙をくれたんだ。
ね、お母さん。ね、お母さん。」
そう言ってマルルは
また何度も何度も
お母さんのスカートのすそに
からまってクルクル回りました。

マルルが7歳の誕生日に
お父さんは戦争に行きました。
--- ぼくやお母さんを守るために
遠くの国のひとと戦うんだって。
ぼくは遠くの国のひとを知らないし
会ったこともない。
歩いても走っても簡単に行けないくらい
遠いところにある国なんだって。
でも…
そんなところにお父さんひとりぼっちで行くなんて心配だよ。
ぼくもいっしょに行くって言ったら
お前はここにいないといけないって
お父さんは言ったんだ。
お母さんがさみしくならないように
ぼくはここにいてお父さんが帰ってくるのを待っていなきゃいけなんだ。
そしてお父さんは
ぼくに誕生日の贈り物をくれたんだ。
お父さんの大切な小刀を。---

--- お父さんは木の彫刻がとても上手なんだ。
かわいい野うさぎやキツネ
森の動物たちや空を飛ぶ鳥たちも
とても上手につくるんだ。
ぼくがもっと小さい頃
お父さんみたいな小刀が欲しいって言ったら
まだ早いって。
ぼくがもう少し大きくなったら
お前のために小刀を贈るよって
お父さんは言ってくれたんだ
そしたらたくさんたくさん
動物や鳥の彫り方を教えてくれるって。
だけど…。---

--- お父さんが戦争に行く日の朝
ぼくはお父さんがずっとずっと遠くに行って帰って来なくなってしまいそうで
ちゃんといってらっしゃいって言えなかった。
だから早く早く帰って来てほしい。
早く早くお父さんに会いたい。
そしたらおかえりなさいって言うんだ。
誕生日の贈り物なんていらない。
お父さんが帰って来てくれたらそれでいいんだ。
そしたらお父さんとお母さんと
それからぼくと
みんなでいっしょにごはんを食べるんだ。---

「ね、お母さん。
みんなでごはんを食べよう。
ぼくそれが一番いいな。
ね、お母さん。」
その時外で大きな音がして空気がドンと震えました。
ガラス窓は割れ、壊れた壁やカーテンに火の粉が移り始めました。
大きな音がなるたびに家は崩れて、勢いよく燃え出した火が黒い煙をあげながらマルルたち飲み込んでいきます。

戦争は突然やってきて
マルルのお父さんを戦場に連れて行きました。
お父さんの帰りを待っていたお母さんとマルルも
戦争の炎の中に巻き込まれていったのです。
マルルはお母さんに抱かれたまま
壊れていく家の下敷きになりました。
小さな手にお誕生日おめでとうと書かれた手紙を握りしめて。

「マルル、朝ごはんに遅れるよ。」
耳元で声がしました。
ぼんやりする頭でマルルはゆっくりと目を開きました。
となりのベットのこはもう着替えを済ませています。
マルルは今孤児院で暮らしていたのです。
ちょうど一年前のあの日、壊れた家から助け出されたのはマルルだけでした。
そして今日はマルルがひとりぼっちになってから初めてのお誕生日の朝でした。
カーテンの隙間から外を見ると、辺りは一面真っ白でした。
マルルがお父さんを見送ったあの日のように。
マルルはあれから一言も話しをしていません。
となりのこが呼びかけても、ただ真っ白な外の景色を見つめていました。

ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。