見出し画像

story 太陽の街

サシヤは自分の肌が
少しずつ小麦色になっていくのを
心地よく眺めていた
今朝収穫した果物と野菜は
朝食の前に市場へ並べた
遠くに教会の鐘が鳴る音がする
せっかく街へ来た
今日はもう少し街を見て回ろうか
それとも家へ帰ろうか…
サシヤは
街道から少し離れた
畑へ続く道を登った
小高い草原へ出ると
木陰から
眼下に伸びる街道と
街並みが見渡せる
海岸に面した街は
どうやって人が住み着いたのだろと
思うような山肌の傾斜地に
家々が互いに支え合うように
ひしめきあって並んでいた
窓から窓へ洗濯物が伸び
ベランダや戸口からは
細い階段や路地が
迷路のように続いている
サシヤは
この街が好きだった
ひとが行き交い
どこかから
笑い声や話し声が聞こえてくる
猫が屋根伝いに歩き
海鳥が沖の方へ飛んで行くのを
サシヤは心ゆくまでながめた
日がな一日こうしていても
飽きなかった
街道を
沢山の積荷を積んだ幌馬車が
いくつもいくつも
通っていく
太陽の通り道
年に一度
太陽の通り道が
街道と重なる
サシヤの街は
日差しを受けて輝く
海面のように賑わった
サシヤは
山の少し開けたところで
畑を作っている
果樹
野菜
どれも大切な
食糧だった
太陽の光が届く季節の間に
次の太陽の季節が来るまでの 
作物を育てた
水は山の頂きから
傾斜を少しずつ曲がりくねりながら
畑や街へと流れていき
やがて海へと注いだ
畑から上の山へ
サシヤは登ったことがなかった
古い教会があったことだけは
聞いていた
その話しを聞くと
サシヤはいつも
なぜか懐かしい気持ちになった
この道を…
草原の向こうに
古い道がある
教会が街へ移ってから
誰も通らなくなった古い道
サシヤは惹かれるように
その道を歩き出した
使われなくなってから
もうずいぶん経つというのに
草はきれいに刈られ
踏み固められている
足を進めるごとに
樹々が分かれ
道が開かれていった
サシヤは一瞬
白い光を見たような気がした
目を開けると
木造の古い建物が
青い峰を背中に佇んでいた
少し色のはげた白い縁取りの窓に
太陽の光が輝いている
教会…
サシヤは突然
この場所で生まれて
洗礼を受け
祈りを捧げてきた
日々のことを思いだした
作物を育てる太陽の光と
大地を潤す山の清らかな水に感謝して
人々は暮らしてきた
私はこの教会に
仕えていた…
サシヤが知っている街は
何度か争いのあった後に
建て直されてきた街だった
その前のことは
祖父や祖母から聞いた
昔話だった
教会の扉は
固く閉まっていたが
礼拝堂の小さな椅子の
ぬくもりを
サシヤは覚えていた
本棚に並ぶ古の物語も
太陽の街
私の生まれた街
サシヤの頬に
傾きかけた太陽の光が差した
そろそろ戻らないと
サシヤは教会から離れ
来た道へ戻った
振り返ると
道はなく
ただ
樹々の枝が茂る
草むらがあった



ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。