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story クロ

初めてクロを感じたのは
櫻の花が咲く前の
まだ肌寒い
朝だった
それは気配だった
ひょいと現れて
そして消えた
色にすると
薄墨色の
クロだった
それからたまに
私のもとに
現れた
いつも突然
何の前触れも無く
現れて
そして好き勝手に
話して消えた
世の中のこと
出会った人のこと
好きなだけ話すと
いつの間にか
いなくなった
いったいそれが
何なのか
私には分からなかった
何か得体の知れないものを
私は引き寄せてしまったのか
それとも向こうが
偶然私を見つけたのか
私は少し
クロを疎ましく思った
そう思いながら
なぜか
可哀想だった
なぜ
そう思うのか
強がっている…
直感的に
感じたことだった
言葉の割に
心が空っぽだった
そしてどこか
少年のようだった
年端も行かない
幼い子どもの姿が
いつも浮かんだ
さみしいのか…
そう思った途端
クロは固くなって
気配を消した
悟られたくない
私に気づかれるのが
怖いのか
それからクロは
現れなくなった
クロがクロであることが
クロの唯一の存在だった
正直になってしまえば…
それがいいのか
私には分からなかった
今もどこかで
クロは
強気な口調を
振り撒いているのだろうか
来たかったら来ればいい
私は何もしてやれない
だけど
場所だけは
残しておいてやってもいい
クロがクロらしく
いられる場所を

ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。