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story 海で生まれたサリュウ

南の海でうまれたサリュウは
潮に乗って旅に出た
小魚の群れと遊び
人間の乗る船を運び
大きなクジラと共に歌った
心が満たされるような
楽しい時間だった
南の海で生まれたサリュウは
冷たい海でこぐまと出会った
白いこぐまは陸から離れ
氷の上で泣いていた
サリュウは静かに身体を寄せて
こぐまの乗る氷の板を
陸にそっと押してやった
早くおかえり
お母さんが待ってるよ
南の海で生まれたサリュウは
生まれた海の
淡い光りを思い出し
恋しくなって
ゆっくり大きく輪を描きながら
潮に乗って帰って行った
それからサリュウは
百年生きた
そして何度か旅をした
小さな小島が顔を出し
海鳥が戯れるのを見た
それからサリュウは
千年生きた
大地が揺れて
海辺の街が
大きな波に呑まれるのをみた
その夜サリュウは
胸が痛んで眠れなかった
その後もサリュウは
万年生きた
もうずいぶんと旅をした
そしてたくさんのことを
この目で見た
もうずいぶんと…
サリュウは泳ぐのをやめると
海面へ顔を出した
波間の向こうに
浜辺が見える
サリュウは
潮から離れると
そっと浜辺に身を寄せた
静かな漁村の
静かな浜辺
幾人かの子どもらが
波打ち際で遊んでいる
笑い声が心地よかった
サリュウは
子どもらの足元までくると
白い泡になって
裾を濡らして
静かに消えた
ちょうどその時
南の海で
サリュウによく似た
海の子が
潮のながれに戯れて
大海原へ旅に出た
淡い光を受けながら
まだ見ぬ遠い
大海原へ

ことばはこころ。枝先の葉や花は移り変わってゆくけれど、その幹は空へ向かい、その根は大地に深く伸びてゆく。水が巡り風が吹く。陰と光の中で様々ないのちが共に生き始める。移ろいと安らぎのことばの世界。その記録。