森葉芦日(もり・はるひ)
夏が来る。いつまでもオンラインゲームで惰性の時間を過ごしていて良いのか、そんなことも考えるのを辞めていた。考えることを辞めると人生は停滞するのかと思っていたけれど、どうにも違うらしい。 小さな選択がいつか大きな結果を生む。バタフライ効果ってやつらしい。 まさか、とは思うけれど人生は選択の連続だ。少し間違えた。選択しているという意識のないまま人生は連続する。 だから僕は一人の少女との出会いで、ゲームコントローラーではなくペンを握り小説家になることになった。
『明日の世界より』という小惑星で起こる不思議な出来事や日常。
「えと、僕の頬に当たってる、この拳は何?」 「だーかーらー、聞いてなかったのかよ」 「うん、ごめん」 夕方になると、最近行くのを辞めた塾のことを考えしまう。 勉…
ーーういっす、今日仕事終わり飲みいかん?この間の不倫上司の愚痴きいてほしい、これが笑えるから、おっとっとオチは取っとかないとね 僕は来たメッセージに返信をした。…
「どうしてサトルさんはじいちゃんを刺したんですか?」 僕は逃げる前にどうしても聞いておきたかった。 ある程度の予想は立っている。 遠くから幾重にもサイレンの音が聞…
ーーこれタチバナに渡してくれ と言ってじいちゃんの畑で取れた野菜を預かると、じいちゃんは軽トラに乗った。 最後に僕に向かってじいちゃんは 『全うしろ』と言った。…
ふり返れば、立ち込める入道雲と支配的な山々が、夏と共に遠ざかっていくように思えた。 何もなければもう少し、いられた場所。 居場所のように思えた空間と関係性。 そう…
昨日はじいちゃんに助けられた。 「おい、お前ら黙ってそんなとこで何やってるんだ、今日はもう寝ろ」 とあの時に入ってきてくれなかったら、どうなっていただろう。 自…
「なんか久し振りに大勢の人と話したなぁ」 アジサイが枕を抱きながら、布団の上で横になっている。 「僕もそうかも、何年ぶりだか覚えてもいないや、棚の奥にしまってあ…
家のなかが、大学生の活気で賑わう。 昨日まではじいちゃんとアジサイと僕の3人で過ごしていたから、言い方は悪いけれど、急な異物感。 異物感はやはり言い方が悪い。 け…
「暑い……」 「多分、街はもっと暑いよ、猛暑日だね」 「ねぇ、あの露天風呂に水を溜めて水浴びしない?」 「僕、水着ないよ」 「私も、ダメだぁ」 ペタッと畳に伸び…
ーーお、泣き止んできたな、ほらもう一本やるからよ、外で煙草でも吸ってきな、男泣きのあとは、そういう儀式が必要なんだよ 僕はゲンジさんの言葉に押されて外に出た。 …
ビーチサンダルと電話をしてから1週間、もしかしたら2週間は経過したかもしれない。 電話こそしないけれど、毎日何かしらのメッセージが送られてきて、僕は夏のカゲロウ…
ーーおい、大丈夫か? ーーどうした今、連絡とれないのか? ーー取れないなら一言、言ってくれ ーーおい ーーまじめに ーー頼むよ ーーおい ーーいい加減にしろって ーー何…
星が見えた。 山は夜になるとやはり冷える。 両肩がひんやりと熱を失う。 僕は肩までお湯に沈めた。 砂を蹴るような足音。 「よう、湯加減はどうだ」 「最高です、あり…
「おいしい!」 アジサイが控えめにだけれどもきっぱりと叫んだ。 ゲンジさんは炊飯器で炊いてあった米でおにぎりを握ってくれた。 具のないシンプルな塩結び。 この米は…
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。 ただ眠りは浅かった。 僕の全神経が緊張を知らせる。 納屋の扉が開く音がした。 細い朝陽が太くなっていく。 「誰だ」 扉の先で…
クラクションで目が覚めた。 運転手が慣れた手つきでハンドルを大きく回しているように見える。 ここはどこで自分は一体だれなのか、と考えた。 あと一歩で僕という存在の…
2023年11月3日 17:14
「えと、僕の頬に当たってる、この拳は何?」「だーかーらー、聞いてなかったのかよ」「うん、ごめん」夕方になると、最近行くのを辞めた塾のことを考えしまう。勉強も手についていない。「インタビューパンチマンだよ」「ああ、そんな話してたね」そうそう、最近、僕らが住む辺鄙な街で世間を賑わせている連続事件の話だった。てっちゃんは、テレビのリポーターみたいに背筋をシャンとして、僕にエ
2024年7月22日 16:24
ーーういっす、今日仕事終わり飲みいかん?この間の不倫上司の愚痴きいてほしい、これが笑えるから、おっとっとオチは取っとかないとね僕は来たメッセージに返信をした。ーーごめん、今日さ、遠出しているからまた来週のどこかで空いてる?ぜひともその話は聞いとかないだしね、温めておいてもらえるとありがたいなすぐに返信がきた。昔からリョートのレスポンスは早い。仕事もできるに違いない。ーーあたりま
2024年7月22日 15:59
「どうしてサトルさんはじいちゃんを刺したんですか?」僕は逃げる前にどうしても聞いておきたかった。ある程度の予想は立っている。遠くから幾重にもサイレンの音が聞こえてきた。「サトルさんはゲンジさんにお二人の行先をしつこく聞いていたんですが、ゲンジさんは絶対に口を割らなくて、そしたらゲンジさんが逆上して、包丁で……」僕の考えた通りだ。「僕が目の前にいたら、きっとサトルさんを殺してまし
2024年7月22日 15:36
ーーこれタチバナに渡してくれと言ってじいちゃんの畑で取れた野菜を預かると、じいちゃんは軽トラに乗った。最後に僕に向かってじいちゃんは『全うしろ』と言った。僕は何も言わず、頷いた。じいちゃんは満足そうにも寂しそうにも笑って車を出した。二回、別れのクラクションが鳴ったあとで、テールランプは遠ざかっていった。蒸し暑さと寂しさが音となって木霊しているように思えた。僕とアジサイは
2024年7月22日 15:26
ふり返れば、立ち込める入道雲と支配的な山々が、夏と共に遠ざかっていくように思えた。何もなければもう少し、いられた場所。居場所のように思えた空間と関係性。そういったものが、糸がほぐれてみるみる形を失っていく服のように思えた。僕らの乗った車が走れば走るほど、糸は伸びて、やがて失われる。いつか、ここで過ごした日々が、霞のように消えていってしまうような気がした。もしあの場にビーチサンダル
2024年7月22日 14:53
昨日はじいちゃんに助けられた。「おい、お前ら黙ってそんなとこで何やってるんだ、今日はもう寝ろ」とあの時に入ってきてくれなかったら、どうなっていただろう。自室に戻ったあとも、ビーチサンダルから鬼のような連投でメッセージが届いた。ーーうそつきやろうがーーお前らぜったいセックスしでんだろうーーくそ野郎がーー明日時間作れ、いや、今から来いーーおい、無視すんなーーお前の部屋どこだ?
2024年7月22日 14:39
「なんか久し振りに大勢の人と話したなぁ」アジサイが枕を抱きながら、布団の上で横になっている。「僕もそうかも、何年ぶりだか覚えてもいないや、棚の奥にしまってあった、いつかの記念で買っておいたマグカップみたいな感じかも」「出た出た」「結構仲良くなった?」「うん、みんなお姉さんって感じで話しやすかったよ、でも」とアジサイは続ける。「どこの学校か、とかお父さんは何しているのか、
2024年7月22日 14:32
家のなかが、大学生の活気で賑わう。昨日まではじいちゃんとアジサイと僕の3人で過ごしていたから、言い方は悪いけれど、急な異物感。異物感はやはり言い方が悪い。けれど、それ以外の表現方法が見当たらない。大学生は各々、大きなリュックサックとボストンバッグやキャリーケースなどを居間に置いて、じいちゃんの説明を受けている。あまり話を聞く気がないのか、じいちゃんが話しているというのに、横の大学生と話
2024年7月22日 14:26
「暑い……」「多分、街はもっと暑いよ、猛暑日だね」「ねぇ、あの露天風呂に水を溜めて水浴びしない?」「僕、水着ないよ」「私も、ダメだぁ」ペタッと畳に伸びるアジサイ。「扇風機があるじゃない」「扇風機があっても、これだけ暑ければ、送られてくる風も暑いじゃん」最近のアジサイは、眠っている時に以前よりもうなされることが多くなった。けれど、反比例するように起きているアジサイは
2024年7月22日 14:12
ーーお、泣き止んできたな、ほらもう一本やるからよ、外で煙草でも吸ってきな、男泣きのあとは、そういう儀式が必要なんだよ僕はゲンジさんの言葉に押されて外に出た。相変わらず、人工的に作られた町になりかけてなれなかった人気もないけれどしっかりと整備されたこの場所から見る森は、張りぼてのように見えた。僕はツネさんからもらった煙草に火を点けて、煙をはく。胸の中ヘドロが全て、煙となって出て、細く宙に
2024年7月22日 14:01
ビーチサンダルと電話をしてから1週間、もしかしたら2週間は経過したかもしれない。電話こそしないけれど、毎日何かしらのメッセージが送られてきて、僕は夏のカゲロウのようにじりじりと内臓を焼かれているような気がした。ーー手は繋いだのか。ーー抱き合ったか、そういう意味じゃねえけどよ。ーーキスはしたのか。ーーおっぱい揉んだのかーーまんこ見たか。ーーお前のは触らせたのかーーセックスしたのか
2024年7月22日 13:26
ーーおい、大丈夫か?ーーどうした今、連絡とれないのか?ーー取れないなら一言、言ってくれーーおいーーまじめにーー頼むよーーおいーーいい加減にしろってーー何やってんだよーー今何やってんだ?ゲンジさんに起こされてスマホの充電を確認した時だった。ビーチサンダルから大量のメッセージと20件くらいの着信通知が来ていて、寝ぼけていた僕の頭はちょっとした違和感で覚醒した。一体全体なんだ
2024年7月22日 13:18
星が見えた。山は夜になるとやはり冷える。両肩がひんやりと熱を失う。僕は肩までお湯に沈めた。砂を蹴るような足音。「よう、湯加減はどうだ」「最高です、ありがとうございます」「違うだろう」「あ」またやってしまった。僕は改めて言いなおす。「最高だよ、久しぶりにお湯につかった気分、それに露天風呂なんてそれこそいつぶりだろう」「そうか、それならよかった、なかなか乙なものだろ
2024年7月22日 11:45
「おいしい!」アジサイが控えめにだけれどもきっぱりと叫んだ。ゲンジさんは炊飯器で炊いてあった米でおにぎりを握ってくれた。具のないシンプルな塩結び。この米は近所のーーとは言っても車で10分以上はかかるところにいるーー米農家から貰ったものだと言っていた。塩結びでも十分なのに、お湯を沸かして即席の味噌汁、それからゲンジさんの畑で取れたキュウリの塩漬け。失礼だが一見質素に見えるそれらが
2024年7月22日 11:36
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ただ眠りは浅かった。僕の全神経が緊張を知らせる。納屋の扉が開く音がした。細い朝陽が太くなっていく。「誰だ」扉の先で誰かがそういった。目を開くことができず、扉を直視できない。うっすらと目を開けてみても、逆行であることも相まって声の主の姿を捉えることはできなかった。しまった、まだ誰かが使用していた納屋だったと僕は思った。もちろん、その可能
2024年7月22日 11:17
クラクションで目が覚めた。運転手が慣れた手つきでハンドルを大きく回しているように見える。ここはどこで自分は一体だれなのか、と考えた。あと一歩で僕という存在の自我は何者かの介入によってバラバラにされてしまうところだった。つまり、それほど深い眠りの底に横たわっていたというわけ。一つ一つ思い出す。自分の名前がツリバリで肩にもたれかかった新しい温もりはアジサイで、僕らは警察に追われていた。