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てのひらの物語

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物語を綴るように、体験を通したエッセイ。
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#エッセイ

人生劇場〜街の片隅で

人生劇場〜街の片隅で

先日越して来たばかりの地区は、パン屋やチョコレート屋、小さなカフェやパブ、様々な国の家庭料理レストランなどが軒を連ね、適度に街の喧騒を感じさせるが、大通りから一歩入ると静かで、緩やかな坂を登ってゆくと石畳沿いに百年以上も前に建てられたクラシックなアパートメントが立ち並び、坂を登りきった一角に私たちの住居がある。
若かりし頃パリが好きだった夫に言わせると "モンマルトルみたいな" 古き良き下町風情の

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霧の中に見えてくるもの

霧の中に見えてくるもの

朝起きると、海の方から霧笛の音が聞こえる。
ああ、霧か…
そんな時はカーテンを開けなくとも、窓の外には煙るように白く濃い霧が、辺り一面たちこめている情景が目に浮かぶ。

私が住む場所は周りをぐるりと海に囲まれた島(と言っても街はすぐそこで、短い運河橋で繋がっているので島を意識することはあまりないが)なので、一年を通して霧がよく発生する。
霧の日は、海上を航行する船同士が衝突しないように、何度も霧笛

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短夜 〜みじかよ

短夜 〜みじかよ

8月が終わる。
この国はすでに初秋で、白夜から徐々に日の入りも早くなってきた。

私の住む街では、8月の最後の夜に花火が打ち上げられる。

この国で花火を見られることは滅多にない。花火はいつでも何処でもやっていいわけではないからだ。
とくに打ち上げ花火は、大晦日のカウントダウンの時など限られた日だけで、場所も水辺の近くと決められている。

8月の終わりに打ち上げられる、この花火は、いったい何のため

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猫になったんだよ僕は

猫になったんだよ僕は

また来たよ!
今朝もまた息子が布団の中に潜り込んで来る。
息子はいつも夜は自分の部屋のベッドで一人で寝ているけれど、隙あらば私と夫のベッドに潜り込んで来る。
私たち夫婦の寝室には二つのベッドをくっ付けて置いているので、正確には息子はいつも私の方のベッドへやって来る。

一年前まで、私の隣は愛猫の定位置だった。しじまは絶対に夜は私のベッドでしか寝なくて、猫可愛がりしていた夫は悔しがっていた。そりゃそ

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