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てのひらの物語

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物語を綴るように、体験を通したエッセイ。
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#この街がすき

霧の朝に

霧の朝に

霧雨にしっとりと濡れながら

白く煙る景色の中に佇んでいると

夢の中に迷いこんでしまったような

ぼんやりとした心持ちになってくる

港の方では何度も霧笛が鳴っている

その音に誘われるかのように

靄に包まれ歩いてゆくと

このままどこか知らない世界へ

吸い込まれてしまうような気がする

こんな霧の朝に

自分と同じ姿をしたもう一人の自分

ドッペルゲンガーに

会ってしまうのかもしれない

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人生劇場〜街の片隅で

人生劇場〜街の片隅で

先日越して来たばかりの地区は、パン屋やチョコレート屋、小さなカフェやパブ、様々な国の家庭料理レストランなどが軒を連ね、適度に街の喧騒を感じさせるが、大通りから一歩入ると静かで、緩やかな坂を登ってゆくと石畳沿いに百年以上も前に建てられたクラシックなアパートメントが立ち並び、坂を登りきった一角に私たちの住居がある。
若かりし頃パリが好きだった夫に言わせると "モンマルトルみたいな" 古き良き下町風情の

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わたしの海

わたしの海

私は山に囲まれた片田舎で生まれ育ち、そこは海のない町だった。
子供の頃に海水浴へ行った事も片手で数えられる程で、だからずっと私にとって海は身近ではなかった。
上京してからは、鎌倉や江ノ島など湘南へは年に1回くらいは訪れていたと思う。行ったあと暫くは海の近くに住むのもいいなと夢想したが、日々の忙しない暮らしの中でそのうち忘れてしまい、結局、都心の便利な沿線にある駅からもそう遠くない住居に住み、そこそ

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霧の中に見えてくるもの

霧の中に見えてくるもの

朝起きると、海の方から霧笛の音が聞こえる。
ああ、霧か…
そんな時はカーテンを開けなくとも、窓の外には煙るように白く濃い霧が、辺り一面たちこめている情景が目に浮かぶ。

私が住む場所は周りをぐるりと海に囲まれた島(と言っても街はすぐそこで、短い運河橋で繋がっているので島を意識することはあまりないが)なので、一年を通して霧がよく発生する。
霧の日は、海上を航行する船同士が衝突しないように、何度も霧笛

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