小説『日向と日陰』
昼夜を問わず眠り続けることが、私はよくある。
ステージで上手く活躍できなかった時や、
激しいレッスンで、心と体をすり減らした時や、
心なき声を浴びせられた時。
どんなに追い詰められても、眠っているときだけは、自分がひとりであることを実感できて、安らぐのだ。家に帰って、羽毛布団の中に潜っていると、まるで自分の体がすっぽりと大きな麻袋の中に詰められているような気分になって、このまま誰かに海に沈めてほしくなる。
世界は全て日陰と日向でできている。
沢山の人の注目を集める華々しい舞台が日向で、
泥臭く地味な努力を続けるのが日陰。
それを、人それぞれの周期で繰り返していく。
私も当然その両方に立っているんだけど、
でも、その周期がこの世界は短すぎる。
毎日のようにカメラに前に立たされて結果を求められ
一方で単調かつ激しいレッスンも毎日続く。
決してゴールのない、我慢比べのマラソンだった。
その激しいアップダウンに追いつけるほど、図太い心は私にはない。なぜって、ステージの上でスポットライトを浴びている時の私も、ベッドの上で死や絶望と馴れあっている私も、全て真実なのだから。
少なくとも、上手く誤魔化して
笑顔を振りまき続けられるような人間ではなかった。
夜空を仰ぐ。
外し忘れた1dayのコンタクトのせいで、目が痛い。
レースカーテンの隙間から、透き通るような闇夜がこぼれていた。
体を起こし、ベッドに腰掛ける。
フローリングに暖かい足を下ろすと、
自分の体温がまだあることを再確認する。
いっそ、この闇に溶け込んで
何もかもこの世に置きざりにできればいいのに。
そう思いながら、私はまた麻袋に包まる。
明け方5時。
もう少ししたら、いつものように
全てが輝いている美しい世界が私を起こしに来る。
私は、何かを庇うように自分の腕で自分の頭を何度も優しく撫でた。
ああ、愛してるよ。
誰かに愛でられることが使命の、醜い私よ、
でも、本当に死ぬ勇気もない、美しい私よ。
[完]