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土着怪談 第十六話「温泉街のちんつぁま」(下)


※読み切り時間:5分少々

はじめに

7年前、東北のとある地方の温泉街で民俗調査を行っていた筆者。
温泉街で一番古い旅館「旅館絹衣(きぬい)」で調査を行っていたところ、明治時代の地方新聞の切り取りを見つける。
その内容は、明治初期に旅館絹衣の開湯に際して掘削作業を行った折、お湯とともに「謎の龍骨」が出てきたことを報道する記事であった。
詳しく話を聞こうと筆者が旅館絹衣の4代目女将、つなゐさんに問いかけようとすると、つなゐさんに食堂を呼ばれ、昔の話を聞くことになる。


温泉街のちんつぁま

「俺が、小学生のときの話だから、もう60年以上も前の話だべな。」

つなゐさんはそういうと、淹れてきたお茶を啜りながら話し始めた。

つなゐさんが小学生に上がるころ、日本は当時太平洋戦争終結後で食糧難に見舞われていた。
幸い、田舎の方は農作物を耕作していたこともあり、都会に比べれば幾分か食べ物に困る事は少なかった。
とはいえ、腹が満たされていたわけではなく、いつも近所の川で魚を釣ったり近くの山に生えている山菜、里山に自生するキノコなどを採集しながら日々の食事を補給していた。

そんな食料難に直面していた中でも、村人が唯一欠かさず熱心に食料を補給している場所があった。

龍骨が奉納されている(とされる)、「熊野神社」への供え物である。

村の人々は、特に食料が乏しかった戦時中でも決して供え物を欠かさなかったという。

龍骨が祀られているとされる熊野神社は、町の中央に走る峡谷の中腹部、崖の大きな洞窟にある。
神社までは崖に沿って作られた急な石段を下りる道一本である。

集落の大人たちからは危険であるため、絶対に近寄ってはならない。ときつく言い付けられていた。

あくる年の夏、その年は近年に類を見ない雨不足により、農作物の出来が良くなかった。
梅雨に雨が降らなかったため、川も水量不足で魚が思うように獲れず、山菜も収穫があまりなかった。
子どもたちは日夜腹を空かせながら、学校へ行き来する日々が続いた。

そんな中でも、神社の本殿前には毎日供え物が置かれているのをみて、つなゐさんをはじめとする村の子供たちは指をくわえて腹を鳴らせていた。

夏も中旬に差し掛かったある日、つなゐさんは友達3人と学校帰りにいつも通り峡谷に差し掛かる橋を渡っていた。
つなゐさんとその友達は、いつもこの峡谷にかかる橋から、神社の供え物を見るのが日課だった。

橋を渡り始めると、友達の1人のトモコが言った。

「きんな(昨日)は瓜の漬物だったから、今日もおんなじだべや。」

もう一人の友達キヨコも頷いた。

「んだんだ、ちげぇねえべや。最近はよっぱら食う物ねぇがらなぁ。」

そんな話をしながら、橋を渡り終える手前でいつものように神社を覗く。
つなゐさんもじっと神社を見つめた。
黒い、丸いなにかが供えられている…。

「あれ、じゅうねん団子じゃねぇのけ。」

キヨコが言うと、んだな。とトモコも答えた。

思わずつなゐさんの喉が鳴る。
じゅうねん団子(※)はつなゐさんの大好物だった。

※じゅうねん団子→「じゅうねん」はえごまの方言。えごまと味噌、酒、砂糖などを混ぜ合わせて甘辛くした味噌を潰した米の団子に塗り、囲炉裏で焼いて香り出しした郷土料理。

今年はあまり米の収穫高も良くなく、じゅうねんも採れなかったと親が言っていたから、ありったけの材料でこしらえたのだろうと、子どものつなゐさんにもすぐに分かった。
もちろん、神社には行ってはいけない事も分かっている。

ただ、今年に入ってから続く食糧難の苦しさに、つなゐさんは思わず心の声が漏れてしまっていた。

食いっちぃな(食べたいな)….。下さ降りっちまぁか…。

そうぽつりとつぶやいた後、我に返りしまった、と慌てて口を抑えた。
真面目な友達二人は、神社に行けない事も良く理解しているはずで、こんな卑しいことを口にする自分を、情けないと思っただろう、と反省した。

しかし、友達2人の反応は意外なものだった。

「つなゐちゃんの言う通りだなし。おれも腹へっちまった。」
「じゅうねん団子なんて、今年まだ一口も食ってねえがらなぁ。おれも食いっちぃ..。」

そういう二人も口元が緩み、口の端からよだれが垂れていた。

友達の一人、キヨコが言った。
「こそっと、言ってちょこっとだけつまんでみっぺや。」

我に戻ったつなゐさんは反対した。
「キヨコちゃん、ダメだべ。怒られっちまぁ。」

しかしもう一人のトモコもキヨコに加勢した。
「つなゐちゃん、だっておれ達今年に入ってから一口も食ってねぇべや。なに、ちょっとつまむだけならカラスにつっつかっちゃ(突っつかれた)と思って、誰も分かんねぇべや。今ならみんな畑田んぼに行ってっから、ちょこっとだけ、な?」

友達2人に言い寄られたつなゐさんも折れて、結局3人で神社へ行くことになった。
橋を渡り終えるとすぐに、右手に空き地が広がり、その脇から石段につながる。

急な石段を踏み外さないよう、苔むした石段を一歩一歩ずつ降りていく。
やがて神社の前に出ると、香ばしいじゅうねんの匂いが鼻をぬけた。

思わず3人は供え物に飛びつき、なんとすべて平らげてしまった。

食べ終わった後に、3人は頭を悩ませたが、結局カラスの仕業にしようということで皿をひっくり返してその場を後にした。

その晩、供え物を食べた事がばれるのではないかとひやひやしながら夕飯を食べたものの、特にお咎めもなく、安心して床についた。

翌日、朝早くからドタバタと家を駆けまわる足音で目が覚めた。
何事かと、玄関まで向かうと町長と青年会長、そして両親が真剣な表情で何かを話している。
聞き耳を立てて様子をうかがうと、町長が息を切らしながら話した。

「やっぱし、パイプもポンプも見てきたけども、どこも壊っちねぇ。」

父が青ざめながら、頭を抱えた。
したらば、お湯出ねくなっちまったって事か….。まいったな、これからどうすっぺや…。

母がつなゐさんの気配を感じたのか、つなゐさんの方を振り返る。

途端、母の絶叫が家じゅうにこだました。

いやぁぁぁぁ、つなゐ、その顔、なじょしただ….(どうしたの)。

その場にいた父や町長、青年会長もつなゐの顔を見てぎょっとする。

玄関にあった物見鏡をのぞき込み、つなゐ自身も絶叫した。

両頬に、縦のミミズ腫れが張り巡らされていた。

騒ぎで奥の部屋にいた祖父が出てきて、つなゐの顔を見るなり

「おめ、ちんつぁまの供え物食ったべや?このおんつぁ(馬鹿者)!早ぐ謝りさ行け!!」

と怒鳴った。

つなゐは泣きながら、事の経緯を全て話した後、両親と急いでキヨコとトモコのもとへ向かった。

キヨコとトモコの顔の状態もつなゐと全く同様であった。

3人は町長はじめ青年会長や両親などにこっぴどく叱られたあと、大急ぎでじゅうねん団子を作り直して、神社に向かった。
神社でひっくり返した皿を元通りにし、じゅうねん団子を載せなおした後、呼んでおいたタヨサマ(※)に祈祷を上げてもらった。

※タヨサマ:東北地方の各地で活躍していたシャーマン(呪術師)。恐山のイタコや四国のいざなぎ流の太夫に近い。

祈祷をはじめて30分、ひたすら社殿の中で3人はひれ伏していると、ぽつぽつと雨が降り出した。

雨はやがて激しくなり、雷鳴がとどろいた。
その場の全員が恐れおののき、3人は今にも泣きだしそうになった。

必死に心の中で謝り続けながら一心に願ってから30分、通り雨のように雨はやみ、社殿に光が差し込んできた。

タヨサマは振り返ると、

あと、はぁ(もう)、悪さすんでねぇぞ。

と言い残し、社殿を後にした。

つなゐさんが顔を上げると、社殿の中の祠に、柵が張り巡らされた大きな箱が置かれていた。
その中には、見たこともない大きな牙と眼窟が特徴的な頭の骨が見え隠れしていた。

3人と町長、両親もすぐにその場を後にし、その日は各々の家に帰った。

翌日、目を覚ますと嘘のようにミミズ腫れは無くなり、温泉も問題なく出るようになっていたという。



ここまで話し終えると、つなゐさんは湯呑のお茶を啜りながら、

「傷のあと、顔さ残らねくてよがった。」

と言い、笑った。

その年は、その後雨も降るようになり、食糧難も改善されたという。

一つ気がかりだった質問を恐る恐るしてみた。

「んで、結局龍骨は、まだあそこの神社にあるんですか?」

私が聞くと、つなゐさんは首を横にふり答えた。

「今のちんつぁまには、もうねぇ。40年前ぐれぇに大雨降って、鉄砲水(※)で昔のちんつぁまも、骨もみんな流されっちまった。今のちんつぁまは、40年前に新しく山の上に建てたやつだから、ねぇ。」

※鉄砲水:山の方で大雨が降ったりしたときに、下流の方でいきなり水かさが増し、まるで鉄砲のようにいきなり増水して水害を引き起こす事。

ブルルル…。
玄関から着信音が鳴り響く。

つなゐさんは席を立つと、

「あんなの、おっかねくて、見たら小便むぐしっちまぁぞ(漏らしてしまうぞ)?」

と笑いながら言い残し、玄関へ小走りで向かった。

ちなみにあとから聞いた話では、今でも神社には欠かさず毎日、供え物をしているらしい。
温泉街にある宿の主人たちも世代交代で、若い人たちが増え、煩雑な作業のお供えは誰もやろうとせず、つなゐさんが毎日行っているとか。

つなゐさんがいなくなったら、この街の温泉も止まってしまうかもな…。
私が危惧しても、周囲の人にまともに取り合ってもらえるとも当然思わないので、この話は胸の内にしまっておく。

大雨で流された龍骨も、眠っていたところを発掘されて、約百数十年にわたり集落の人々に信仰されていたが、いい加減自分の住処である大河に帰りたくなったのかもしれない。

深緑に染まる川を、橋の上から眺めながら、この深淵から龍神が人々を見守っているのかもしれないと、そんな気がしてならなかった。



※文中に出てきた「ちんつぁま」であるが、おそらく「鎮守様」が訛ったものであろう。「鎮守様」とは、その土地に古くからある神社の事である。

(4,007文字)

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